映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』感想:再現と脚色を極めたシリーズ集大成

(C)2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会 (C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

また年末に会えることを願って。

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作品情報

荒木飛呂彦による漫画『ジョジョの奇妙な冒険』から派生した同名作品の実写映画化。特殊な能力を持つ漫画家・岸辺露伴が、「最も黒い絵」に導かれてルーヴル美術館に赴く。2020年から放送されているNHKドラマ『岸辺露伴は動かない』シリーズのキャスト・スタッフが続投する。

原作: 荒木飛呂彦『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』
出演: 高橋一生 / 飯豊まりえ / 長尾謙杜 / 安藤政信 / 木村文乃 ほか
監督: 渡辺一貴
脚本: 小林靖子
公開: 2023/05/26
上映時間: 118分

あらすじ

特殊能力を持つ、漫画家・岸辺露伴は、青年時代に淡い思いを抱いた女性から
この世で「最も黒い絵」の噂を聞く。
それは最も黒く、そしてこの世で最も邪悪な絵だった。
時は経ち、新作執筆の過程で、その絵がルーヴル美術館に所蔵されていることを知った露伴は
取材とかつての微かな慕情のためにフランスを訪れる。
しかし、不思議なことに美術館職員すら「黒い絵」の存在を知らず、
データベースでヒットした保管場所は、今はもう使われていないはずの地下倉庫「Z-13倉庫」だった。
そこで露伴は「黒い絵」が引き起こす恐ろしい出来事に対峙することとなる…。

ABOUT THE MOVIE – 映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』公式サイトより引用
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レビュー

このレビューは映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』をはじめとした、漫画およびドラマ『岸辺露伴は動かない』シリーズのネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

ファンたちが再現した世界観

1986年から現在まで続く漫画『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズ。荒木飛呂彦さんによる累計発行部数1億2千万部のベストセラーであり、国内外に多くのファンを抱える長寿作品です。読んだことはなくてもタイトルだけ知っている人は多いでしょう。

『岸辺露伴は動かない』は、シリーズの人気キャラ・岸辺露伴を主人公とする派生作品。ネタ探しに余念がない人気漫画家の彼が様々な事件に遭遇する、という見聞録的な一話完結型のストーリーです。不定期に新作が発表され、単行本は現在2巻まで刊行されています。

2020年に製作された同作の実写ドラマは、肉弾戦ではなく心理戦である原作の特性を活かしつつ、不気味な世界観を見事に再現しました。原作ファンからも好評を集めており、漫画実写化の成功例と言えます。第3期まで製作され、現在Amazon Prime Videoなどで配信されています。

このドラマ化が成功した要因は、原作を愛するキャストとスタッフによって、最大限の熱量で再現と脚色が行われた点にあると考えられます。

主人公・露伴は、ジョジョの大ファンであり、中でも露伴が好きという高橋一生さんが演じています。自己中心的で、クセの強い性格の持ち主である露伴。20代の若者だった原作に比べ、より成熟した大人に設定されています。

加えて高橋さん演じる露伴からは、『カルテット』(2017)の家森に似た偏屈っぷりを感じます。ただし露伴の核となる部分はしっかりと押さえているので、漫画やアニメ版と見た目や声色が異なるものの「露伴以外の何者でもない」と思わざるを得ません。

ドラマの演出を担当するのは、これまたジョジョの大ファンである渡辺一貴さん。ファンならではの解像度で、露伴が行う手指の準備体操や「ジョジョ立ち」と呼ばれるポージング、字幕における独特な言葉遣いにいたるまで、原作の様々な「お約束」がもれなく再現されていました。

ここで着目すべきは、ドラマ化にあたって的確に取捨選択を行っている点。ジョジョといえば、唯一無二の擬音やカラフルな色彩。そうした実写に不向きな「ジョジョっぽさ」は排除しているため、漫画の世界観とは一線を画す『世にも奇妙な物語』のような怪異譚に仕上がっていました。

日常と怪奇が隣合わせにある世界観。その構築にあたっては、衣装・ヘアメイク・小道具を統括する「人物デザイン監修」と呼ばれる柘植伊佐夫さんの仕事も大きいと思われます。荒木さんのセンスを実写に落とし込んだ衣装デザインは、各話の大きな魅力と言えます。

漫画とは対照的にモノトーンを意識した衣装は、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』(2017)のようなコスプレ感とは程遠く、日常に自然に溶け込んでいます。渡辺さんの「江戸川乱歩作品的な一種の「気持ち悪さ」を孕んだ世界観にしたい」という意向を反映したのだそう(※1)。

※1:「岸辺露伴」の衣裳はどのようにして生まれたのか、デザイナー 柘植伊佐夫の“ファッション的ではない”思考回路より引用

それでいて露伴のトレードマークであるギザギザのヘアバンドは黒色に変更して残すなど、漫画のデザインを踏襲している箇所もあります。

このように漫画的であり実写的でもある世界観が絶妙なバランスで成立したのは、原作ファンの視点があるからにほかなりません。

原作をリスペクトした脚色

脚本を務めるのは、『犬神家の一族』(2023)も記憶に新しい小林靖子さん。アニメ『ジョジョの奇妙な冒険』のシリーズ構成として、10年以上ジョジョに携わっている脚本家ならではの作品理解や、原作に対するリスペクトが物語から伝わってきます。

このドラマは単行本に収録されている話だけでなく、ジョジョ本編のエピソードや短編小説集『岸辺露伴は叫ばない』、まだ単行本化していない『JOJO magazine』描き下ろしエピソードを原作に使用しています。

そういった元々は独立した各エピソードが、一つの連続ドラマとして自然に繋がっていきます。第1期はDNAにまつわる話、第2期は別荘地の村に潜む怪異の話、そして第3期は四つ辻を巡る伝承の話。いずれも呪いや祟りといった、日本古来の信仰や風俗を基にした怪現象が描かれます。

連続ドラマにする、また現実寄りの世界観にするにあたって脚色が必要になる中、「荒木先生の世界観の“おかしみ”を大事にすることはもちろんなのですが、警察が出てきたり、生々しく現実味のある描写は出さないようにしています」と、小林さんは語ります(※2)。

※2:実写「岸辺露伴」に警察が登場しないワケ 脚本・小林靖子が守りたいルール|シネマトゥデイより引用

完全なリアルではなく、本当っぽく描く。これこそ露伴の言う「リアリティー」です。高橋さん曰く「たとえ虚構においても、どれだけ虚構を人に納得させることが出来るかっていう力が、リアリティー」(※3)。こうした迫真性ゆえに、現実と非現実の間にいるような感覚を視聴者にもたらすのでしょう。

※3:2023/05/20放送『フィルメンタリー』参照

様々ある脚色の代表的なものとして、「スタンド」という名称の不使用が挙げられます。人間を本に変える露伴の能力「ヘブンズ・ドアー」は、漫画では数ある特殊能力のうちの一つ。しかしドラマでは、彼以外にスタンド使いは現れず、能力の由来などは詳しく描かれません。

すなわちこのドラマは、スタンド使いではない一般人の視点から見たジョジョ。飯豊まりえさん演じる露伴の担当編集・泉京香は、そんなシリーズを象徴する存在です。第1期時点では「富豪村」のみに登場するキャラでしたが、ドラマでは露伴と並ぶメインキャラに位置づけられています。

人間嫌いな露伴にしつこく付きまとい、彼を事件に巻き込んだり、ときに事件を解決に導いたりする。大抵の事に動じない強さと鈍感力を持ち合わせる彼女は、非能力者ながら、襲い掛かってくる数々の怪異を物ともしない。

神経質な露伴と、天真爛漫な泉。ホームズとワトソンのような凸凹コンビの掛け合いは作品の大きな魅力であり、露伴が泉を家から締め出す毎話の「お約束」は特に面白い。回を重ねるごとに二人のバディ感は増しており、二人の会話シーンは明らかに小林さんのペンが進んでいるのが感じ取れます。

こうした原作の魅力を汲み取った改変により、ジョジョ未見の人もすんなりと世界に入り込めるだけでなく、ファンにとっても納得度の高い出来に完成したのでしょう。

ルーヴルの唯一無二の絵力

第3期ラストで泉が示唆していた通り、今回の映画では、実際にルーヴル美術館へ行く。原作となる『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は、ルーヴル美術館とフランスの出版社・フュチュロポリス社が発足させた「BD(バンド・デシネ)プロジェクト」の第5弾として、2009年に発表されました。

ジョジョ初のフルカラー作品である同作は、2010年にフランスで、その翌年に日本で発売されました。日本の漫画家がバンド・デシネの単行本を刊行するのは異例の出来事。原作者の荒木さんが海外でも人気のあるアーティストだからこそ実現した企画だと考えられます。

第1期を製作している段階で、同作を映像化したいと渡辺さんは思っていたのだそう。プロデューサーの井手陽子さんは、「まずはODSでと考えていましたが打ち合わせを重ねる中で、劇場版にチャレンジしようということになっていきました」と語ります(※4)。

※4:『岸辺露伴』はどのように「ルーヴル」へ行ったのか。プロデューサーが語る制作秘話| FINDERS|あなたのシゴトに、新たな視点を。より引用

とはいえ2020年当時、海外ロケは決して現実的ではありませんでした。ですが内容的に、ルーヴル美術館での撮影に必然性があるので、海外ロケは絶対条件と言えます。

コロナ禍において交渉は難航しながらも、原作がルーヴル側の企画であり、現地スタッフから認知されていたのも手伝い、撮影許可を得られたのだそう。予算面では円安の影響が懸念される中、コロナの制限が緩和されたため、無事にロケが敢行されました。

映画冒頭、露伴が自身の過去に想いを馳せている様子が映し出されます。彼の横顔をアップで撮ったカットが、とても絵画的で美しい。「第9の芸術」としてルーヴルに出展された原作は、構図や絵柄、色彩が重視されています。そうした映像的な迫力を、映画でも意識しているように感じられました。

古今東西の美術品が集う美の殿堂・ルーヴル美術館には、他のロケーションでは表現できないビジュアルの迫力があります。そんな唯一無二の場所で撮影しているからこそ、映画館で今作を観れば、歴史的な建築や美術を大画面で堪能できます。

また第1期から引き続き担当している、菊地成孔さんと新音楽制作工房による音楽が素晴らしい。作品世界の不気味さを際立たせる、ミステリアスでロマンティックな劇伴。今回はその音楽が荘厳な映像美と融合することで、輪をかけてリッチな映像に仕上がっています。

映画ならでの演出の特徴として、蜘蛛が全編に散りばめられています。絵画に溶け込んだ呪いの比喩と思われる蜘蛛が、ダークな雰囲気を増幅させています。総じて原作のサスペンスホラー要素が最大限に引き出されている映像でした。

漫画から大胆に改変した実写化

この映画のストーリーは、大まかに4つのパートで構成されています。

一つ目は、現代日本が舞台のパート。立ち寄った故買屋をきっかけに、過去に教わった「黒い絵」の存在を思い出した露伴は、モリス・ルグランという画家の真っ黒な絵をオークションで競り落とす。しかしその絵はルーヴルにあった「黒い絵」を模写したものだった。

このパートと並行して、露伴の青年期が語られます。彼の祖母の家には、謎の女性・奈々瀬が下宿していた。ミステリアスで妖艶な彼女に対して淡い恋心を抱いていた露伴だったが、ルーヴルにある「黒い絵」の存在を言い残し、姿を消してしまう。

そして次は、露伴と泉がルーヴル美術館を訪れるパート。「黒い絵」が収蔵されているZ-13倉庫に向かうと、ルーヴルの調査員・辰巳隆之介が、贋作を作成するアトリエとしてその場所を使っていた事実が明らかに。辰巳はそれらと本物をすり替え、数々の名画を盗み出していた。

実物の「黒い絵」を目にした後、辰巳や同行していた消防士たちが苦しみ始める。本人や先祖の罪や後悔に襲われていたのだ。先祖の幻覚に襲われる露伴は、自身に「ヘブンズ・ドアー」を使用して記憶を消し、自身を操ることで、何とか美術館から生還する。

最後は、露伴の先祖である奈々瀬と「黒い絵」の作者・山村仁左右衛門が生きた江戸時代のパート。芸術を追求する彼は、漆黒の顔料を求めて御神木を切り落としたため処刑されてしまう。露伴が奈々瀬に「僕にとって必要な過去」と感謝を告げると、彼女の怨霊は消失した。

元々は全123ページの漫画でありながら、およそ2時間の長編映画のボリュームになっています。特に序盤の現代日本パートと終盤の江戸時代パートは、ほとんどオリジナルの展開でした。

「今回は露伴が生まれるはるか昔の話も大きく関わるのですが、終盤に描かれる過去の話を膨らませてほしい」ことと、「悪人を、ちゃんと悪人として描くこと」といった、二つのリクエストを荒木さんから受けた、と小林さんは明かしています(※5)。

※5:岸辺露伴 ルーヴルへ行く:「ジョジョ」シリーズに携わり10年 脚本・小林靖子 作り手として「一定の距離を置く」 – MANTANWEB(まんたんウェブ)より引用

ビジュアルのアート性が強く、話の内容は単なるホラーだった原作と比べ、より重層的で勧善懲悪な物語に改変されている本作。それでいて倉庫でのバトルを終盤に設定せず、その後に種明かしとして江戸時代パートを付け加えており、一本の映画として奇妙な構成をとっています。

大胆にアレンジが加えられているものの、話の展開には違和感がありません。その理由としては、ドラマ3期分の積み重ねが挙げられるでしょう。シリーズのファンには、上述してきたドラマ独自の世界観や魅力が既に根付いているのです。

物語の結末で、露伴は自分のルーツにたどり着く。いわば自分自身にどのように向き合っていくのか、が作品のテーマになっています。さらにそれは日本古来の血脈の話、ひいてはジョジョ全体のテーマでもある血族の話へと帰着していく。原作を意識した見事な脚色です。

無事に日本へ帰ってきた露伴と泉。最後にタイトル回収を行って、本編を締めたのも綺麗な幕引きでした。

テレビドラマの延長にある映画化

漫画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の実写化であると同時に、ドラマ『岸辺露伴は動かない』の映画化でもあるこの作品には、テレビシリーズで定番の描写が随所に盛り込まれています。

露伴が訪れる故買屋の店員を演じるのは、中村まことさんと増田朋弥さん。各期ごとに露伴の「やられ役」を演じてきたお二方が、映画でも見事なやられっぷりを披露していました。序盤にある「お約束」的なキャラ紹介や能力説明により、シリーズ初見でも理解しやすいつくりになっています。

人物ごとに装丁が異なる「ヘブンズ・ドアー」や手指の準備体操、ジョジョらしさ溢れるフランス語字幕まで、盛り沢山な描写はシリーズのファンには嬉しいでしょう。また映画では、原作表紙のポーズも再現しており、テンションが上がりました。

柘植さんによる衣装は、今回もオシャレ。これまでより内容が重く、黒がテーマのため、ファッションの色味は落ち着いており、それが曇天のパリの雰囲気と合っていました。印象深いのが、普通にかければ面白くなりがちな露伴の丸眼鏡。これを採用した柘植さんも、似合っている高橋さんも凄い。

言わずもがな露伴と泉のやり取りは非常に楽しく、全体的に重めなストーリーの緩衝材となっていました。個人的には、オークションで使用する「パドル」を言い間違える件が最高。恒例となっている露伴邸からの締め出しもあり、面白い掛け合いばかりでした。

ハマり役と言えるシンクロぶりを見せる高橋さんの岸辺露伴。大河ドラマ『おんな城主 直虎』(2017)で組んだ渡辺監督による、俳優を信頼し、俳優に演技を任せる演出の方向性も相まって、圧巻の演技が引き出されていました。

飯豊さんの泉も、抜群の明るさとウザさがあって良かった。強靭なメンタルで怪異を跳ね除けていた泉ですが、今回は初めて彼女の過去に触れられます。父親を幼少期に亡くした彼女と、息子を亡くしたルーヴルの案内人のエマ・野口の抱擁は、今作の救いだと思いました。

青年期の露伴は、なにわ男子の長尾謙杜さんが演じています。自身の生き方を確立する以前であり、人間らしさや未成熟さが垣間見える露伴。純粋で素直な性格が、『パパとムスメの7日間(2022)』などのイメージと重なりました。

奈々瀬を演じるのは、木村文乃さん。艶かしさを醸し出す佇まいや、ミステリアスな表情には吸い込まれそうになりました。『モナ・リザ』と重なるのも頷けます。不安定に見える彼女の行動に、木村さんの演技が説得力を与えていました。

とはいえ「ルーヴルへ行く」と銘打ってはいるものの、なかなかルーヴルに行かない、という印象は抱きました。序盤に長めの回想が挟まるため、話のテンポが悪く感じられるのは否めません。

Z-13倉庫がメインの舞台である原作と比較すると、ルーヴル内の描写は新たに追加されています。しかしながらこの映画は、ルーヴルでのロケが一番の見どころではありません。なのでいわゆる観光映画のような雰囲気を期待していた人からすれば、肩透かしを食らう内容でしょう。

「海外の撮影だからとカットを無駄にたくさん撮っていくようなら、一貴さんでも幻滅しちゃうなと思ったのですが、そういったことはまったくなかった。いままで通りに作り込まれて、いままで通りに、サッと終わっていく」という高橋さんの言葉からも、あくまでテレビシリーズの延長線上にある一本に位置付けられていることが伺えます(※6)。

※6:高橋一生・飯豊まりえのバディがパリへ「ジョジョの黄金の精神はとても勇気づけられるもの」 – ぴあ映画より引用

テレビシリーズで大切にしていた要素を、引き続き表現した本作は、漫画の実写化として、そしてドラマの映画化として完成度の高い作品です。

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最後に

テレビシリーズやジョジョ未見であっても理解できるつくりなので、初見の人にもぜひ観ていただきたいサスペンスホラー。この映画から奇妙な世界観に浸っていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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