NHK版『大奥(Season2)』感想:大河として語られる現在の日本

(C)NHK

『大奥』映像化の第6弾です。

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作品情報

2004〜21年に『MELODY』で連載されたよしながふみの同名漫画を原作としたドラマ。謎の疫病が蔓延する架空の江戸時代を舞台にしたSF時代劇であり、2023年1~3月にSeason1が放送された。完結編であるSeason2では、10代将軍・徳川家治の治世から江戸幕府の終焉までが描かれる。

原作: よしながふみ『大奥』
出演: 鈴木杏 / 玉置玲央 / 中村蒼 / 古川雄大 / 愛希れいか / 岸井ゆきの ほか
演出: 大原拓 / 末永創 / 川野秀昭 / 木村隆文
脚本: 森下佳子
放送期間: 2023/10/03 – 12/12
話数: 11話

あらすじ

―この国から赤面を駆逐してほしい―
8代将軍・徳川吉宗の死よりおよそ20年後。彼女の遺志を引き継いだ若き医師たちは、理不尽な権力・悪にも抗いながら謎の疫病『赤面疱瘡』撲滅の道を地道に切り拓いていく。その結果、男子の数は増え始め、ついには150年ぶりに男将軍が誕生するまでの世へと紡がれていった。しかし、世の舵を男が取るようになってから、世は再び乱れ始め、女将軍が復活していく。そして―開国、攘夷、大政奉還、江戸城無血開城-と時代は大きく突き進んでいき、徳川という時代の幕引き、ついには“大奥”の終焉を迎えていくのであった。

大奥 – NHKより引用
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レビュー

このレビューはNHK版『大奥(Season2)』をはじめとした、歴代『大奥』映像化作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

遂に描かれる「大奥」の終焉

若い男子のみに感染する奇病「赤面疱瘡」の蔓延により男女の役割が逆転した、架空の江戸時代を舞台にした歴史SF『大奥』。『西洋骨董洋菓子店』や『きのう何食べた?』などの作品を世に送り出す漫画家・よしながふみさんの代表作の一つと言えます。

江戸城の最深部に作られた「大奥」には、将軍に仕える数多の使用人が住んでいた。そこで繰り広げられる様々な人間ドラマは、鎖国とともに幕を開け、江戸幕府の終焉によって幕を閉じる。単行本19巻にわたり描かれた壮大なドラマは、大河ドラマに引けを取らない骨太な物語です。

2004年から『MELODY』で連載され、2021年に完結を迎えた同作。短編作品の印象が強いよしながさんでは珍しい長期連載であり、連載中には初期エピソードの実写映画化・ドラマ化がTBS主導で行われました。

完結後の2023年、NHK「ドラマ10」枠での実写ドラマが製作されます。1~3月に放送されたSeason1は、3代将軍・徳川家光から9代将軍・家重までのエピソードが語られました。妥協のない世界観の構築や原作からの巧みな脚色からは、製作陣の作品への愛が見受けられました。

その続編として、10月からSeason2が放送されます。単行本では平賀源内が登場する8巻終盤から12巻の「医療編」と、13巻から最終19巻の「幕末編」にあたるストーリー。今作も漫画の構成に倣い、二部構成になっています。

Season1の企画段階から既に、原作ラストまで実写化することが念頭に置かれていました。そしてSeason2は、この間にNetflixで配信されたアニメ版を含め、初めて映像化される部分にあたります。

本作で着目すべき点と言えば、大河ドラマに代表される時代劇のプロフェッショナル・NHKならではの美術でしょう。登場人物が身につける、一人ひとりの個性が反映された着物の美しさには目を奪われます。放送時期に開催された衣装展に多くの人が訪れるのも納得です。

劇中で象徴的に登場する大奥の御鈴廊下をはじめ、江戸城が再現されたセット。あるいはSeason1よりも不自然さが緩和され、リアリティが増した赤面疱瘡の特殊メイク(※1)。映像の端々から感じ取れる美術スタッフの妥協を許さない姿勢には驚かされました。

※1:2023/11/14放送『100カメ』参照

加えてSeason1に引き続き、近年多くの映画やドラマに携わるインティマシー・コーディネーターの浅田智穂さんが参加しています。センシティブな演出を多く含む物語だからこそ、必要不可欠な存在に考えられます。

元から高い人気を誇る漫画の実写化、またNHKの名に恥じない時代劇を作り上げようとする熱意と、現代的な映像作りの手法を取り入れる柔軟さには頭が上がりません。

ハマり役ばかりのキャスティング

時は、10代将軍・家治の御世。老中の田沼意次は、赤面疱瘡の撲滅を願う8代将軍・吉宗の遺志を継ぎ、蘭学者として大奥に入った青沼や本草学者の平賀源内と共に、治療法の解明に奔走していた。やがて注射により軽症の赤面疱瘡を他人に感染させ、免疫をつけさせる「人痘」に辿り着く。

当初は向かい風だった青沼が、徐々に仲間を増やしながら赤面疱瘡に立ち向かっていく姿はアツい。中でも、はつらつとした空気の読めない源内を演じる鈴木杏さんの好演が印象的でした。それと同時に、源内の史実を設定に巧みに組み込んだ、原作の凄さを改めて実感させられました。

人痘の実施が開始されるものの、間もなくして田沼の政治に異を唱える者達の策略により、青沼は死罪。他の男もみな大奥を追放されてしまう。大奥を追われた黒木良順が大雨の中で慟哭する場面の迫力は凄まじく、劇画的なシーンに仕上がっていました。

田沼反対派を代表するのが、祖母の吉宗を尊敬する松平定信。吉宗に似せた質素な装いが、演じる安達祐実さんと、Season1で吉宗を演じた冨永愛さんの容姿的な対比を際立たせていました。

家治の死後、人痘接種を受けたことで男将軍・家斉が誕生する。中村蒼さんが頼りない家斉を再現しており、気の抜けた表情で御鈴廊下を歩く場面が特に見どころです。家斉の正室・茂姫を演じる蓮佛美沙子さんの演技も良く、息子を失った後の狂乱ぶりは恐ろしかったです。

既存の権威や体制を守ろうとする勢力との戦いの中、男女間の断絶が浮き彫りになる「医療編」。その象徴こそ、原作でも「鬼畜の所業」と恐れられるサイコパス殺人鬼・一橋治済に思われます。

異常なまでに淡々な表情や言動によって、彼女のサイコパス性を表現していた原作。対照的に今作の治済は、後半になるにつれ、その狂気性が直接的に表に出るようになります。仲間由紀恵さんがこれまでにない程の怪演をしており、観ていて本気で身がすくみました。

治済が失脚すると、老中・阿部正弘の時代、すなわち「幕末編」へと移り変わる。正弘は芳町で陰間をしていた瀧山をスカウトし、彼と共に将軍を支えていく。瀧内公美さんが演じる正弘が実に可愛らしく、劇中の人物が好きになるのも頷ける愛嬌が感じられました。

後の13代将軍・家定は、幼少期から父・家慶に性的虐待を受けてきた。高嶋政伸さんが彼の畜生ぶりを全身で体現していました。そんな家定の苦悩と成長から始まる幕末編は、徳川家をはじめ日本が重んじてきた家督体制の「呪い」的な側面を浮かび上がらせていきます。

亡き家定の跡を継いだ14代将軍・家茂。彼女の元に孝明天皇の妹・和宮が嫁ぐ「公武合体」は、よく知られる歴史上の出来事でしょう。しかしこの『大奥』で降嫁してきたのは、男装して弟になりすました和宮の姉だった。

ドラマの終盤は、和宮の成長譚と言えます。これまで自己中心的に行動してきた彼女が、最終的に徳川を背負う覚悟を持つようになる。そんな複雑な役柄を、岸井ゆきのさんが微妙な表情の変化で見事に演じ分けていました。家茂役の志田彩良さんとの掛け合いも観ていて楽しかったです。

若くして亡くなった家茂の跡を継ぎ、一橋慶喜が将軍職に就く。ただし彼には『青天を衝け』(2021)で描かれたようなヒロイックな面は無く、誰にも慕われない姿が実にみすぼらしい。瀧山や胤篤と対照的なキャラに設定されており、大東駿介さんが醸し出す存在感も素晴らしかったです。

そして忘れてはならないのが、家定の御台所・胤篤。お万の方の再来とも称される彼を、福士蒼汰さんが一人二役で演じています。Season1から続く壮大な物語をこのキャスティングで締めているからこそ、最終話の感動がさらに増しているように考えられます。

本作には瀧山役の古川雄大さんや家定役の愛希れいかさんといった舞台俳優陣や、西郷隆盛を演じたネプチューンの原田泰造さん、加えてNetflix版でお万の方に声を当てた宮野真守さんなどの声優陣も出演しています。こうした幅広い業種からの起用も、大河ドラマ的なポイントと思いました。

このように端役にいたるまで、本当にキャスティングが絶妙。それだけでなくハマり役が多く、観た後も印象に残るキャラクターばかりです。大御所から新進気鋭の若手まで、とにかく最高でした。

放送尺に合わせた丁寧な脚色

先にも挙げたキャスト6人が一同に会したのが、2023年11月30日に開催されたファンミーティング。そこで複数のキャストが言及していたのが、脚本の上手さです。

『大奥2』仲間由紀恵の狂気シーンにキャスト一同ガクブル「恐ろしすぎて衝撃的」「本当にすごかった」
ニュース| NHKドラマ10『「大奥」Season2 幕末編』(毎週火曜 後10:00)のファンミーティングが30日、東京・NHKホールで開催され、古川雄大(瀧山役)、愛希れいか(徳川家定役)、瀧内公美(阿部正弘役)、岸井ゆきの(和宮役)、...

過去の映像化においても、Netflix配信のアニメは忠実に作っていたり、TBSドラマ『大奥〜誕生[有功・家光篇]』(2012)はオリジナル要素を足していたり、原作との距離感は様々でした。そんな中で今作は、約11巻に及ぶ膨大なストーリーを、放送尺に合わせて大幅に脚色しています。

脚本を執筆したのは、『おんな城主 直虎』(2017)などを手掛けた森下佳子さん。彼女曰く、『大奥』には「登場人物のそれぞれのバックボーン、ここに至るまでの来し方が、それこそスピンオフが成立するレベルで設定されて」いるのだが、今回はメインストーリーを優先し、その多くをカットしたのだそう(※2)。

※2:ドラマ10「大奥」“放送尺ちょうど”を目指す、筋肉質な脚本作り/脚本家・森下佳子|NHK広報局より引用

個人的には、田沼意次の娘の殺害と、その知らせを聞いた市井の人々の反応がカットされていたのが残念でした。他にも源内に関係する鰻のエピソードや、勝海舟を中心とした政治ドラマなど、今回の実写化で観てみたかった話はいくつもあります。しかし自らも『大奥』ファンである森下さんも、おそらく同じ気持ちでしょう。

何より本作が素晴らしいのが、大胆に話を切り詰めているにもかかわらず、物語の根幹はブレていない点。原作の重要な要素のみを丁寧に汲み取りつつ、ときにはドラマ独自の台詞を採用することで、元のメッセージをさらに強めているのです。

第14話の治済の台詞「大体男など、女の力がなければこの世に生まれ出ることもできぬ、出来損ないではないか!出てきたら出てきたで、働きもできず子を産むこともできず、できることと言ったら乱暴と種付けだけ!そんなクズを盛大に増やして、どうしろと言うのじゃ!」は、その最たる例です。

それに加え、群像劇としての側面が後退していたSeason1に比べ、主要登場人物があまり削られていないSeason2には、しっかりと群像劇っぽさが感じられました。その反面、ドラマオリジナルの展開は抑えめで、スピーディーに話が運んでいくので、ダイジェスト感があるのも否めません。

とはいえ限られた時間の中で原作を再構築し、魅力的なドラマに仕上げた手際は見事です。数ある漫画実写の中でも、類を見ないほどの完成度と言っても過言ではないでしょう。懐中時計ではなく、御鈴廊下で大奥の歴史を遡っていく演出も感動的でした。

だからこそ、大河ドラマ枠で映像化してほしかった、という想いも捨てきれません。当然ながら、すぐには実現しないと思います。しかしいつの日か、4代将軍・家綱、6代将軍・家宣、7代将軍・家継といったエピソードを飛ばさずに作られた、大河ドラマ『大奥』を見てみたいものです。

人種やジェンダーをはじめ、現代の日本にも通ずる様々な問題を内包する『大奥』。現実社会の写し鏡となっている「男女逆転」設定は、フランス映画『軽い男じゃないのよ』(2018)にも似ています。

物語終盤、大政奉還を経て大奥の終焉へと話が収束していく中、江戸城開城に向けた勝と西郷の話し合いが行われます。この場面こそ、シリーズ全体のクライマックス。マチズモの象徴とも言える西郷の台詞が、現実で耳にする言葉と重なり辛かったです。

シリーズを通して『大奥』では、色々な愛のかたちが描かれてきました。Season2では特に、男性と女性が性別を越えて協力する姿が、とても美しく印象に残りました。終盤は家茂と和宮のシスターフッドな展開になるのもアツかったです。

徳川を背負う和宮が、西郷に向けて放つ言葉。そして劇中ラストで、胤篤から大奥の歴史を教わる人物。これらが語られる最終話にいたるまで、原作のメッセージを視聴者に届けたい、という製作陣の想いと、作品への愛とリスペクトが感じられました。

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最後に

後世に語り継ぐべき傑作ドラマ。原作漫画と合わせて、ぜひ観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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