『鎌倉殿の13人』感想:八百年前のバトルロワイアル

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全員悪人。そして全員善人。

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作品情報

2022年に放送されたNHK大河ドラマ第61作。平安末期から鎌倉前期を舞台に、鎌倉幕府での権力争いに巻き込まれ、武士の頂点に上り詰めたニ代執権・北条義時の生涯を描き出す。小栗旬が主人公を演じ、『新選組!』や『真田丸』を手掛けた三谷幸喜が脚本を執筆する。

出演: 小栗旬 / 新垣結衣 / 菅田将暉 / 小池栄子 / 坂口健太郎 / 大泉洋 ほか
演出: 吉田照幸 ほか
脚本: 三谷幸喜
放送期間: 2022/01/09 – 12/18
話数: 48話

あらすじ

平家隆盛の世、北条義時は伊豆の弱小豪族の次男坊に過ぎなかった。だが流罪人・源頼朝と姉・政子の結婚をきっかけに、運命の歯車は回り始める。
1180年、頼朝は関東武士団を結集し平家に反旗を翻した。北条一門はこの無謀な大博打に乗った。頼朝第一の側近となった義時は決死の政治工作を行い、遂には平家一門を打ち破る。
幕府を開き将軍となった頼朝。だがその絶頂のとき、彼は謎の死を遂げた。偉大な父を超えようともがき苦しむ二代将軍・頼家。“飾り”に徹して命をつなごうとする三代将軍・実朝。将軍の首は義時と御家人たちの間のパワーゲームの中で挿げ替えられていく。
義時は、二人の将軍の叔父として懸命に幕府の舵を取る。源氏の正統が途絶えたとき、北条氏は幕府の頂点にいた。都では後鳥羽上皇が義時討伐の兵を挙げる。武家政権の命運を賭け、義時は最後の決戦に挑んだ──。

番組紹介 | NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」より引用
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レビュー

このレビューは『鎌倉殿の13人』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

史実を繋ぐ想像

「三谷幸喜が贈る予測不能エンターテインメント」と銘打たれた今作の舞台は、鎌倉幕府黎明期。昨年放送の『青天を衝け』で扱った幕末や、戦国時代と比べて広く知られていません。当時は通貨の概念も無く、人々は神仏を重んじ、夢のお告げや呪いを信じていたファンタジックな時代でした。

主人公の北条義時についても、あまり創作の題材にならないため、歴史好きでなければ名前しか知らないような人物でしょう。そのため昨年初めて大河ドラマに触れた私だけでなく、多くの視聴者にとって本作は、「予測不能」だったと思われます。

ストーリーは当時を克明に記録した歴史書『吾妻鏡』を基にしており、脚本を務める三谷さんは「もうこれが原作のつもりで書いてます。ここに書いてあることに沿って物語をつくり、書かれていない部分に関しては想像を働かせる」と語っています(※1)。

※1:特集 インタビュー 脚本・三谷幸喜さんインタビュー ~鎌倉時代には、“予想外のおもしろさ”が秘められている~ | NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」より引用

およそ800年前にあたるこの時代は、不透明な史実も少なくありません。時代考証を担当した坂井孝一教授によると、「小説のようなもの」と言われるほど、『吾妻鏡』自体に誇張や脚色がされているのだそう。

『鎌倉殿の13人』いよいよ最終回…「三谷脚本」は史実とどう折りあったか 時代考証に聞く<上>
【読売新聞】編集委員 丸山淳一 主人公の北条義時を小栗旬さんが演じたNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が、12月18日放送の第48話で最終回を迎える。伊豆の小豪族の次男に過ぎなかった義時が、源頼朝の側近となり、し烈な権力闘争に巻き込

そうした部分のドラマに関しては、『愚管抄』や『源平盛衰記』など他の文献のエピソードが取り入れられています。さらに最新の学説を積極的に採用しつつ、従来の通説への配慮もしています。歴史好きな三谷さんと、時代考証をはじめとした考証陣の丁寧な仕事ぶりが伺えました。

例えば新垣結衣さん演じる八重は、歴史的には謎が多い人物。源頼朝と別れた伊東祐親の娘・八重姫がモデルですが、そこに他の人物や学説を巧みに組み合わせて、一人の人間として描いています。

実際に何が起きたのか完全に明らかではないからこそ、その空白にドラマが生まれる。「もしかしたら」と当時に想像をめぐらせられるところも、時代劇の面白さの一つであることが、作品を通して分かりました。

人間性溢れるホームドラマ

喜劇作家として知られる三谷さんが手掛ける今作は、ユーモアを交えたホームドラマが序盤に繰り広げられます。のんびりほんわかした北条家の物語が、明るくコミカルに展開されます。特に小池栄子さんと大泉洋さんの掛け合いは、ホームコメディそのものでした。

個人的に三谷作品に抱いていた「笑わせにいっている」感が、今回は少なかったように思います。これは演出家や俳優たちによる絶妙なバランス感によるものでしょうし、視聴中に気持ちが冷めることはありませんでした。

このドラマの特徴として、物語の本筋とは関係ない場面で、各キャラの人間らしいダメな部分が描かれます。北条政子に見せる大江広元の表情であったり、北条泰時の酒癖の悪さであったり。そういった細やかな描写一つ一つが、遠い時代、遠い世界の彼らに親近感を抱かせます。

登場人物は、現代的な日本語で会話をします。史実とはかけ離れた言葉遣いでしょうが、視聴者に近い言語感覚によって彼らを身近に感じられました。

作中の女性は、今までの三谷作品とは一線を画し、大人びた印象を受けました。北条家の女性陣は政治に深く関与し、言葉に影響力を持っているため、男性のみが政治を行うというイメージを壊しています。悪女には悪女の理由があると理解できるよう、多面的で立体的に描かれていました。

「とにかく女性のスタッフの意見を聞くことを心がけた」と、三谷さんは言います(※2)。八重と政子の和解や、頼朝の妾・亀から政子への激励など、対立していた女性同士が最終的に連帯する様子は、現代的なオチのつけ方だと感じました。

※2:特集 インタビュー 脚本・三谷幸喜さんインタビュー ~不思議な因縁にインスピレーションを受けて~ | NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」より引用

歌舞伎俳優をはじめ、ミュージカル俳優、ダンサー、声優、芸人にいたるまで、様々な出自の方々がキャスティングされている本作。その出自のバラバラさが、坂東武者たちの荒々しい雰囲気を生み出していました。

また『新・平家物語』(1972)で義時を演じた西田敏行さんと、『草燃える』(1979)で義時を演じた松平健さんが起用されています。源氏の謀略により殺された上総広常役の佐藤浩市さんと、源氏を滅ぼす僧侶・公暁役の寛一郎さん。こういった文脈や関係性が見えるキャスティングは、意図的と思わざるを得ません。

過去2作の三谷大河で重要なポジションを担っていた山本耕史さんは、義時の親友・三浦義村を演じています。周囲に真意を明かさない彼は、他の御家人たちが次々と退場する中、のらりくらりと生き延びていきます。異質な存在であるとともに、非常に魅力的なキャラでした。

ホームコメディからヤクザものへ

伊豆の弱小豪族の次男坊・北条義時と、流罪人・源頼朝の出会いから物語は幕を開ける。北条家はやがて源平合戦に関わっていく。しかしそれまでの話は、前フリに過ぎません。中盤以降、身内同士で殺し合うバトルロワイアルに転じていきます。

その転換点となったのが、第15回「足固めの儀式」。頼朝に仕える有力な御家人の一人・上総広常は、頼朝により謀反人に仕立て上げられて無念の死を遂げる。『愚管抄』には「12月22日、広常は梶原景時の不意打ちにより誅殺された」くらいの記述しか残っておらず、歴史的には謎に包まれた事件です。

今作はこの出来事を、頼朝が自らの権力を絶対的なものにし、義時が大きく成長するきっかけに位置づけました。御家人たちの前で粛清する場面の迫力は、本当に凄まじかったです。その後、広常が一所懸命に文筆を稽古していた人間味溢れるシーンが流れ、感情がぐちゃぐちゃになりました。

これ以降、鎌倉は恐怖によって支配され、登場人物が退場するスピードは増していきます。この描き方からも分かるように本作は、源頼朝と源義経の兄弟を「嫌なヤツ」として描いています。

頼朝の異母弟にして、平家滅亡の立役者として知られる義経。菅田将暉さん演じる彼は、目つきが悪くガラも悪い。戦好きで女好き。サイコバスな面もあり、第8回の兎を狩るシーンに顕著に表れていました。同時にその異常性は、人にはない発想で戦いを勝ち抜く説得力にも繋がっています。

しかしながら菅田さん自身の愛嬌も持ち合わせているため、兄の頼朝から認められたいという欲求に感情移入させられました。すれ違いに次ぐすれ違いの果てに、慕っていた兄によって討たれた最期は切なすぎます。

『水曜どうでしょう』のイメージが先行されてしまいがちな大泉洋さんですが、『騙し絵の牙』(2021)をはじめ、シリアスな芝居に長けている方でもあります。大泉さんに当て書きされた頼朝は、女好きで人間臭く、繊細さや愛嬌がある天性の人たらしでした。

その一方、ずっと孤独だった彼の抱えていた寂しさや恐れが、第25回「天が望んだ男」でフォーカスされました。脳梗塞と言われる彼の最期の静けさは、その寂しさを象徴しているようで、単なる悪人の死に際とは違う味わいがありました。

輝かしい退場劇

さて頼朝が退場すると、作品の空気は一気に変わります。彼の死後に発足した家臣団は、ドロドロとした権力闘争を繰り広げていきます。策略渦巻く中、疑心暗鬼になった御家人たちが殺し合う。坂東の「平和」を維持するために、誅殺に次ぐ誅殺が行われます。

このドラマは放送開始前に『サザエさん』に喩えられていましたが、蓋を開ければ『仁義なき戦い』でした。喜劇と悲劇は表裏一体、とはよく言うもの。窮地に追い込まれた人間を、笑い交じりに描けば喜劇に、重々しく描けば悲劇になるのです。

三谷幸喜「最高の大河ドラマにします」 『鎌倉殿の13人』小栗旬が“ダークーヒーロー”北条義時に
2022年NHK大河ドラマのタイトルが『鎌倉殿の13人』に決定し、主演を小栗旬、脚本を三谷幸喜が務めることが発表された。 NHK大河ドラマ第61作目となる本作の舞台は、平安時代後期から鎌倉時代初期。義兄でもある鎌倉幕府初代将軍・源頼朝にすべ...

今まで仲良く過ごした家族が強大な権力を手にし、その関係性に亀裂が生じていきます。物語後半は毎話ごとに誰かが退場するため、毎週ハラハラしながら観ていました。その勢いを維持したまま終盤まで駆け抜けたので、最後まで集中力が途切れませんでした。

そして退場する一人ひとりに感情移入してしまうのは、序盤からしっかり魅力的に描かれているからこそ。上述した3人の最期にも共通していることですが、退場する登場人物は唐突に株を上げたり、人間味あるエピソードが挟まれたりします。いわゆる退場フラグです。

オリジナルキャラである殺し屋・善児も、その一人。梶原善さんに当て書きされた善児が、人殺しの機械のように飄々と殺していく様子は恐ろしかったです。そんな彼が愛情を抱いた場面をわざわざ描いた後の、残酷な死に際を用意しており、観ていて本当に辛かった。

阿野全成や源頼家、畠山重忠、和田義盛、源仲章。他にも挙げればキリがないほど、どのキャラクターの最期も印象に残るものばかり。今作では普通であれば焦点の当たらない敗者が輝いており、それぞれのキャストに見せ場が設けられていると思いました。

中でも特筆すべきは、終盤の主人公と言える源実朝。他のキャラの退場とは異なり、鶴岡八幡宮での実朝暗殺劇は時間をかけて描かれました。本作において彼は、性的マイノリティに設定されています。こういった現代的なテーマを作中に含ませられるのも、時代劇を作り続ける意義の一つに思います。

彼は周囲からの世継ぎへの期待や、自身のセクシャリティに葛藤していました。演じた柿澤勇人さんによる、実朝の特異性を見事に体現した芝居が素晴らしかったです。第39回「穏やかな一日」で、寡黙な彼が自身の悩みを初めて吐露するシーンには泣かされました。

ゴッドファーザー・北条義時

実の父である北条時政を鎌倉から追い出した義時は、二代執権となり政治を取り仕切る。冷酷無比な政治家となった彼ですが、若かりし頃は純粋無垢な青年であり、政治に興味がなかった片田舎の豪族の次男坊に過ぎませんでした。

三谷さんは参考にした作品の一つに『ゴッドファーザー』を挙げています。つまり義時は、アル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネ。二人の背景を比較すると、確かに一致する点も多く、演出面にも反映されていると考えられます。

志半ばで亡くなった兄・北条宗時の理想を心に留めながら、頼朝に付き従っていた義時。当初は頼朝の非道な行いに物申していたが、その絶対的な権力に抗えなくなっていく。全ては、北条と鎌倉を守るため。義時は頼朝亡き後、彼のように非情な決断を下していきます。

脚本に関しても、歴史書に義時の記述がない出来事の中でも、義時を登場させています。例えば今作で描かれる曾我兄弟の仇討ちには、裏で彼が一枚噛んでいました。様々な人々と出会い、色々なものを吸収した義時は、徐々に考え方を変化させていきます。

彼は一つの出来事をきっかけにダークサイドになるのではなく、段階を踏みながら変貌を遂げていきます。ここが一年間という長さで語られる大河ドラマならではの見どころに思われます。個人的には、全成が亡くなり比企一族と対決するあたりで、闇が光を上回ったように感じられました。

顔つきや表情を変えるだけで、義時の一生を演じ切る小栗旬さんの凄さは言うまでもありません。若い頃は感情を表に出したり、目が動いていたりしましたが、小栗さんは途中からそれをしなくなります。目が死んでいくさまは絶品でした。

義時の変化のグラデーションは、演出面でも見受けられます。第1回時点で若草色だった衣装は、年を重ねるごとに徐々に濃い緑に変わっていき、時政を追放した後に真っ黒になります。照明に関しても、小栗さんの目に光を入れなくすることで、意図的に表情に影を作り出しています。

幕引きの妙

多くの人物が退場したのちに物語は、北条家の話に収束していきます。承久の乱の前に行われた演説では、義時を守るために北条家が団結し、御家人たちの協力を仰ぎます。「その恩は山よりも高く、海よりも深い」で知られる文章を読むと思いきや、政子は自分の言葉で御家人を鼓舞しました。その演説の説得力は凄かった。

この展開にいたるまで全編を通して、「尼将軍」と呼ばれる政子が、悪女としてではなく政治の実権を握っていく流れになっています。本作の政子は、最後まで田舎娘ならではの純粋な部分を持ち続けていたことが伺えました。

彼女の演説を聴いた義時は号泣します。泰時に同じ道を辿らせないために、ダークな部分は全て自分が請け負う責任感。あるいは、いつ誰に自分が殺されてもおかしくないという怯え。彼の涙からは、そんな感情を想起させます。と同時に、他の登場人物と同様に退場フラグがたちました。

そして「報いの時」と題された最終回の冒頭には、『どうする家康』の主人公・徳川家康が出てきます。彼の登場のさせ方も単なるサプライズにとどまっていません。『吾妻鏡』を絡ませて、どのように政子や義時が後世に伝承されているのかを描いており、非常に見事な場面でした。

本編中で政子と義時も、自分たちがどのように後世に名を残しているのだろう、と笑い交じり会話していました。北条家のホームドラマだった今作は、この二人の掛け合いで幕を引きます。義時が息を引き取ると同時に、「完」の文字が出る。とても品のいい演出に感じました。

義時に対する政子の行動は、「これ以上、もう人を殺めるのはやめなさい」という考え方もできるし、「頼家の死に対しての責任をとれ」とも考えられます。三谷さん自身の中にもその答えはない、のだそう(※4)。最後まで考える余地を残しつつ、観た後に独特な感情を抱かせる物語を作り出した方々に拍手を送りたいです。

※4:2022/12/19放送『山崎怜奈の誰かに話したかったこと。』参照

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最後に

マフィア映画やノワール映画が好きな人にこそ観ていただきたい。そんな稀有な大河ドラマでした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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