映画『トラペジウム』感想:青春アイドルの光と陰

(C)2024「トラペジウム」製作委員会

「他人の話聞こうとせずに 自分の答えを押し付けた」

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作品情報

2016~18年に雑誌『ダ・ヴィンチ』で連載された高山一実の同名小説をアニメ化。アイドルになる夢に取り憑かれた女子高生が、3人の美少女を仲間にしながらアイドルを目指す。CloverWorksがアニメーション制作を務め、原作者自ら脚本や音楽を監修した。

原作: 高山一実『トラペジウム』
出演: 結川あさき / 羊宮妃那 / 上田麗奈 / 相川遥花 ほか
監督: 篠原正寛
脚本: 柿原優子
公開: 2024/05/10
上映時間: 94分

あらすじ

「はじめてアイドルを見たとき思ったの。人間って光るんだって。」
夢に取り憑かれた少女・東ゆう。
アイドルになるための計画を進める中で、ゆうは様々な困難にめぐり逢う。
東西南北の“輝く星たち”を仲間にしたゆうが、高校生活をかけて追いかけた夢の結末とは――

映画『トラペジウム』公式サイトより引用
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レビュー

このレビューは映画『トラペジウム』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

光り輝くアイドルを夢見て

いまや説明不要の知名度を誇るアイドルグループ・乃木坂46。結成時から在籍した1期生の一人で、2021年に卒業した高山一実さんは、当時からバラエティ番組など幅広く活躍していました。その傍らで2016年からは、雑誌『ダ・ヴィンチ』で小説を連載していました。

現役アイドルとして活動していた高山さんが執筆した『トラペジウム』は、アイドルを夢見る高校生の物語。自身の境遇とも重なる主人公を描いた同作は、単行本発行部数約30万部のヒットを達成し、アニメ映画化の企画が立ち上がりました。

『うる星やつら』(2022-)のシリーズ構成や『薬屋のひとりごと』(2023-24)のシナリオ統括を務める柿原優子さんが脚本を執筆し、映画初監督の篠原正寛さんが監督を務めた今作。加えて高山さんも脚本や音楽に関わっており、映画はそんな原作者のクレジットから幕を開けます。

その後まもなくして、オープニング映像が流れます。曲を手掛けたのは、音楽プロジェクト・MAISONdes。VTuberの星街すいせいをボーカルに迎えたアップテンポな曲と、カット割りを多用したテレビアニメ的な演出により、一気に引き込まれました。

物語の舞台は、千葉県館山市をモデルにした「城州」。城州東高校1年生・東ゆうは、城州内の3つの高校に赴く。聖南テネリタス女学院2年生・華鳥蘭子を皮切りに、西テクノ工業高等専門学校2年生・大河くるみ、城州北高校1年生・亀井美嘉、という各校の美少女と仲良くなる。

一緒に行動するようになった4人は、友人グループ「東西南北」として親交を深めていく。ただし、ゆうの言動の裏には、東西南北の美少女を集めてアイドルグループを結成する野望があった。初対面の蘭子を「南さん」と呼ぶ彼女は、『千と千尋の神隠し』(2001)の湯婆婆のような傲慢さがありました。

アイドルになりたいゆうは、全てを自分の夢のために利用する。好感度アップのためにボランティア活動に参加し、テレビ取材を狙っては観光客のガイドボランティアを手伝う。その先々で彼女は、計画通りにならずに機嫌を悪くしており、そのさまが表情豊かに表現されていました。

ガイドボランティアの取材で出会ったAD・古賀萌香に依頼され、テレビ番組のレギュラーが決定。すると4人の名は世に広まっていき、「東西南北」としてアイドルデビューする企画が始動する。

テレビ番組きっかけのアイドルは、おニャン子クラブやモーニング娘。といった一世を風靡したグループを連想させます。劇中の番組名は『めちゃ×2フライデー』でしたが、現在に当てはめると、かなり毛色は違うものの『水曜日のダウンタウン』の企画が近いでしょうか。

制作を務めるのは、『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』(2023)を含めた『SPY×FAMILY』シリーズをはじめ、人気作を次々と手掛けるCloverWorks。そのため何気ない場面でも作画のクオリティが高い。りおさんによるキャラクターデザインも可愛らしく、観ていて幸せな気持ちになります。

4人が劇中で最も輝いていたのが、東西南北のパフォーマンスシーン。『ラブライブ!』(2013)に代表されるアイドルアニメ特有のぬるぬると動くダンスシーンでした。光り輝く彼女たちの姿を目の当たりにすれば、アイドルに対するゆうの憧れに共感できる人も少なくないでしょう。

積み重ねの先にある「崩壊」

序盤から既に明らかなように、ゆうは夢のために一直線に突き進む。やがて彼女の前に、他の3人との温度差という問題が立ちはだかる。ゆう以外は元からアイドルを目指すつもりがないので当然だが、苛立ちを覚えた彼女は練習不足などを注意するようになる。

本作には印象的なアングルがいくつも登場します。鯛焼き屋の看板がある代々木駅前の交差点や、4人が反射する電車の窓、そして高台の公園。何度も繰り返されるこれらのカットの丁寧な積み重ねが、彼女らを取り巻く雰囲気の不穏さを持続させつつ、徐々に増大させていました。

ゆうの怒りが頂点に達するのが、SNSで交際相手が発覚した美嘉がメンバーに謝罪する場面。号泣した彼女は、その日を境に笑顔を見せなくなる。『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』(2015)の一場面を想起させる修羅場でした。

それでもゆうは一人で猛進し、遂にその狂気が爆発する。きっかけは、活動に消極的だったくるみ。元々ネットで有名で、有名人の負の側面を知っていた彼女は、「逃げたい」「解放されたい」と漏らしていた。日を追うごとに表情が曇っていくさまが、直視できないほど辛かったです。

これを過酷にしたのが、『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』(2012)の内容なのかもしれません。とはいえアイドルの精神崩壊が、アニメで描かれたのが新鮮でした。王道のアイドルものとは異なる独特なプロットは、前情報を入れずに観た私にとっては良い裏切りでした。

このように、アイドル業界に身を置いてきた原作者ならではの芸能界描写には、とてもリアリティがあります。また業界の在り方に一石を投じているシーンも所々に見受けられました。

高山さん自身、アイドルに対する夢を抱いてオーディションに挑み、実際にその夢を叶えた方です。ですが作者の人生や性格を、映画の内容と過剰に結びつけるのは、れっきとした誹謗中傷にあたるので注意していただきたい。

ゆうは打算的かつ利己的で、周囲の人間を舞台装置にしか思っていない性格の悪い人物でした。製作陣はかなり自覚的に彼女をエゴイストとして描いていますし、感情移入しにくい、といった意見も理解できます。

他人を踏み台にしてでも絶対にアイドルになる、という彼女の決意は終始揺るぎません。アイドル業界は、こうした並外れた意志や欲望がなければこそ、何かを成し遂げることができない世界のように感じられました。

原作に出てくる「4箇条」などは映画では言及されないものの、夢の実現に向けた戦略を立て、ロードマップを作り込んでいる様子はしっかりと描かれています。またライブで一人だけ生歌だったのも努力の賜物にほかなりません。主人公のひたむきさには人間らしさがありますし、彼女が脇役ではなく主人公だからこその味わいがあるようにも思います。

青春を全肯定するやさしさ

東西南北の関係は決裂し、高校生活をかけた夢が壊れたゆうは、学校でも仕事でも居場所を失っていた。しかし美嘉のもとを訪ねた彼女は、自身が美嘉にとっての「アイドル」だった過去を知る。作りものの好意だったとしても、手を差し伸べられた側にとっては大切な人だったのです。

アイドル映画である今作は、間違いなく青春映画でもあります。打算的な付き合いによって生まれた4人の関係性だが、思い出や友情に偽りはなかった。自分たちの曲をきっかけに再び集まった4人。そこからの伏線回収には涙を禁じ得ませんでした。

さらにラストには、10年後を描いたエピローグも用意されています。会社員のくるみ、世界を飛び回って働く蘭子、2人目の子供を妊娠している美嘉。それぞれ違う生活を送っていながらも、共に過ごした時間は互いに影響を及ぼしており、4人を形作っているのが分かります。

アイドル活動に身を投じた青春の日々は、決して無駄な時間ではない。そんなメッセージが伝わってくる、感動的な終わり方でした。中盤の展開がかなりシリアスだったので、4人とも笑顔で終わったのは良かったです。そして物語のカギを握る曲『方位自身』が余韻に浸らせてくれました。

加えて本作は、夢を持つこと自体の美しさを提示し、実現のための泥臭い努力を肯定してくれます。別のオーディションで結果を出し、アイドルとして成功を果たした10年後のゆう。彼女の姿勢からは、才能の有無ではなく、挑戦し続けることの大切さが感じられました。

この映画は比較的まだ名前が知られていない方をキャスティングした「アイドルアニメ的」な配役がされていますが、映画初出演のゆう役・結川あさきさんの熱演は本当に見事でした。くるみをはじめ、他のメンバーの精神を蝕む無神経さには、非常にイライラさせられました。

くるみ役の羊宮妃那さんや蘭子役の上田麗奈さん、美嘉役の相川遥花さんも素晴らしく、アイドル活動をする美少女としての実在感が凄かったです。ゆうの計画に協力する工藤真司や、アイドル事務所の社長など脇役のキャラも良く、個人的には久保ユリカさん演じる関西弁AD・古賀の明るさが最高でした。

総じて完全な悪人が存在しない「やさしい世界」のため、同じくアイドル業界を題材にした『【推しの子】』とは対照的に、心穏やかに最後まで観終えられました。

とはいえ主人公を許せるか、許せないかによって、評価が割れる内容なのは確か。一回道を間違えた人間を許せないタイプの人には向いていないでしょう。

しかしながらそれと同時に、鑑賞後に誰かと語りたくなる、そうさせる力を持っている映画でもあります。アニメーションや演技のクオリティが高いだけでなく、メッセージ性も感じられる心に刺さる作品でした。

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最後に

賛否が分かれる主人公や内容ではありますが、自分がどちら側に転ぶのかを確かめるためにも、ぜひ観ていただきたい怪作です。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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