映画『騙し絵の牙』感想:面白さの追求が生んだ破壊と再構築

(C)2020「騙し絵の牙」製作委員会

予告だけで判断しちゃダメ。
出版界の課題をエンターテインメントに落とし込んだ傑作。

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作品情報

2016年に『ダ・ヴィンチ』で連載された塩田武士による同名小説の映像化。出版不況に苦しむ大手出版社で生き残るために奔走する男の物語。原作の主人公のモデルである大泉洋が主演を務める。監督・脚本は『桐島、部活やめるってよ』で知られる吉田大八。

原作: 塩田武士
出演: 大泉洋 / 松岡茉優 / 宮沢氷魚 / 池田エライザ / 佐藤浩市 ほか
監督: 吉田大八
脚本: 楠野一郎 / 吉田大八
公開: 2021/03/26
上映時間: 113分

あらすじ

大手出版社「薫風社」に激震走る!かねてからの出版不況に加えて創業一族の社長が急逝、次期社長を巡って権力争いが勃発。専務・東松(佐藤浩市)が進める大改革で、お荷物雑誌「トリニティ」の変わり者編集長・速水(大泉洋)は、無理難題を押し付けられ廃刊のピンチに立たされる…。速水は、新人編集者・高野(松岡茉優)と共に、イケメン作家、大御所作家、人気モデルを軽妙なトークで口説きながら、ライバル誌、同僚、会社上層部など次々と現れるクセモノたちとスリリングな攻防を繰り広げていく。嘘、裏切り、リーク、告発――クセモノたちの陰謀が渦巻く中、速水の生き残りをかけた“大逆転”の奇策とは!?

ストーリー|映画『騙し絵の牙』 公式サイトより引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

膨大な情報をまとめるテンポの良さ

新聞記者としての経験を持つ作家の塩田武士さんが、4年にわたって徹底取材した出版業界の裏側が描かれた『騙し絵の牙』。同じ塩田さん原作で、2020年に映像化もされた『罪の声』では、新聞社が舞台となっていました。今作では大手出版社・薫風社を舞台に、パワーゲームが繰り広げられます。

薫風社の社長・伊庭喜之助が亡くなる場面から物語は始まります。大規模に執り行われる社長の葬式。同日に行われた大御所作家のパーティー。どちらも大勢の人が集まった「密」を感じられ、失われたあの日々の暮らしを想起しました。

主人公・速水輝は、軽快なトークで飄々と大御所に歩み寄ります。彼を制するのは、木村佳乃さん演じる堅物な編集長の江波。ここの二人の会話ひとつで、それぞれのパーソナリティの違いが分かる演出が素晴らしい。

電子書籍や他のコンテンツの台頭により、大きな岐路に立たされている出版業界。薫風社も出版不況の煽りを受けて、文芸誌「小説薫風」は月刊から隔月刊へと縮小し、カルチャー雑誌「トリニティ」は廃刊の危機を迎えていました。

旅行、グルメ、エンタメといった比較的反響が大きい企画をルーティーン化するだけで、マンネリになっていたトリニティ。その表紙のデザインだけで「これは売れないな」と観客にも分からせる美術が秀逸です。編集長に就いた速水は、さっそく大胆な企画を次々と打ち出します。

一つ目の企画は、小説薫風で掲載していた小説「忍びの本懐」のコミカライズ。これは社内で「聖域」と呼ばれる小説薫風から作家を引き抜くことになります。速水は巧みな話術と戦略を駆使して、この無理難題を成功させます。小説の漫画化という企画自体も、現代的で「その手があったか」と唸らされました。

続いては、池田エライザさん演じる人気モデル・城島咲による連載。彼女の隠れた趣味と才能を見つけ出した速水のアプローチが功を結び、トリニティは話題を集めました。

他の編集者たちも各々がやりたかった企画を実現していきます。新人編集者・高野恵の企画は、小説薫風の新人賞で、その前衛さゆえに落選してしまった小説の掲載。これにもGOを出し、二の槍、三の槍と言わんばかりに改革を仕掛けていく編集長。その姿勢と発想力には舌を巻きました。

このように冒頭から続く登場人物や情報量の多さに圧倒させられます。しかしながらキャラクターはしっかり描き分けられており、編集のテンポの良さによるスピード感があるため、混乱せずに見始めることができます。

監督と脚本を務めたのは、『紙の月』(2014)や『美しい星』(2017)などこれまでも小説原作ものを多く手掛けてきた吉田大八さん。そんな監督のフィロモグラフィの中でも、ひときわエンタメ色が強いこの作品。

今回映像化するにあたって、原作のエピソードを大胆に取捨選択しています。原作とは異なり速水のパーソナルな部分がほとんど語られないことで、彼自身が謎に包まれているように感じられるのが映画版の特徴と言えます。

大泉洋らしさの投影

主役級の豪華キャストが顔を揃えた今作。彼らの演技も相まって、ポスターに載っている一人ひとりが魅力的なキャラクターに映っている映画でした。

特筆すべきは、高野を演じる松岡茉優さん。吉田監督の代表作『桐島、部活やめるってよ』(2013)にも出演していました。数々の作品で、演じている人物の人柄を見事に表現してきた彼女。高野からは純粋な性格や、本に対する強い想いが伝わってきました。

登場人物全員について書くと長くなってしまうので、印象的だった数人を挙げます。映画初出演となる坪倉由幸さん(我が家)は、トリニティメンバーの中の保守派らしく、腰の重い感じが滲み出ていました。また、小林聡美さん演じる文学評論家は、「いるいる」と思わせるような絶妙なキャラ造形で面白かったです。

彼らを翻弄する速水を演じるのが、大泉洋さん。そもそも原作の時点で、彼に「あてがき」されている本作。普段からドラマやバラエティで、カッコいい部分や面白い部分などいろんな面を見せています。

だからこそ、本当の彼がどういう人なのか分からなくなる感覚になるときがあると思います。ユーモアやコミュニケーション能力に長けていて、世渡り上手で人たらしの速水。しかしながら本心が全く見えません。そういった部分が演者本人とリンクします。

「難しそうで面白そう。」「じゃないと面白くないでしょ。」という台詞からも分かるように、彼は常に「面白さ」を物差しにして行動しています。面白さのためには方法を選ばない強引なやり方で、改革を進めていきます。

彼を良く思わない「小説薫風」サイドの保守派は、彼に対して邪魔や批判をします。ただし登場人物の中に完全な悪役はおらず、全員が会社や出版界の未来を見据えて行動しています。主義主張が異なるために対立が起こっているのです。

映画の予告では「騙し合いバトル」や「全員ウソをついている!」というフレーズが使われています。

この映像から『コンフィデンスマンJP』シリーズ的なコンゲームや、大どんでん返しを連想する人もいるでしょう。ただし本編にはそういった騙し合いの要素はなく、大泉洋さんが騙しまくるワンマンショーのほうが表現として近い印象を受けました。

本編とは関係ないですが、この予告と本編とのギャップが唯一のマイナスポイントではないでしょうか。予告を観て期待していた内容と違ったという意見も目にしますし、「もっとなんとかできなかったのか」というのが私の正直な気持ちです。

時代を見極めて攻め続ける

斜陽と呼ばれるようになって久しい出版業界。個人的には、どんなにIT化が進んでも、紙の本や書店は完全には無くならないと考えています。なんらかの道筋を見出した一定数の書店が、必ず生き残ると思うんですよね。

物語終盤で速水がトリニティを存続させるためにした選択。それはAmazonでデジタル雑誌として販売するというもの。アメリカに行っていた先代社長の息子・惟高と手を組んで、裏で計画を進めていました。惟高と対立しており、途中まで自分を味方だと思わせていた現社長の東松さえも欺いたのです。

トリニティでは、伝説の作家・神座詠一の新作発表を予定していました。しかし高野は会社を辞め、実家である書店を継いだあと、そこで神座の新作を独占的に売り出す約束を本人と交わしていました。

本作は出版する側だけではなく、販売する側、つまり書店が抱いている問題も着実に描かれています。ネット通販の隆盛により、苦戦を強いられている書店。高野の実家である本屋は、子供たちの溜まり場になっており、経営が苦しくなっていたことが節々の描写から伺えます。

実家の本屋が好きだった彼女は、生き残りをかけて神座の新作販売を決行します。この場所でしか手に入らない物を売る書店。モノ自体ではなく、それを包括した体験の需要が増加している現代。リアル書店ならではの付加価値を活かした企画と言えます。

デジタル媒体としての雑誌の販売と、実店舗ならではの付加価値をつけた書籍の販売。どちらが正しいのか、物語上では示されません。もちろん私たち観客にも分かりませんが、挑戦をやめない二人であれば、今後に苦境が訪れても上手く対応することができる気がします。

速水は悔しさから持っていたコーヒーを、地面にぶち負ける。冒頭で高野が焦ってコーヒーをこぼした描写と呼応しています。ラストに彼女に一杯食わされましたが、それでもへこたれず、次の一手を準備する最後の展開にはワクワクしました。

「守っていたらさらに失っていく。」「小さいからこそ攻めていく。」など印象的な言葉を発していた速水。既存のシステムの破壊と再構築を続ける姿は、見習っていきたいと思いました。

あと高野の置かれた環境は、個人的に私自身と重なるところがあったので、共感しっぱなしでした。攻め続ける二人を見ていると、私も積極的に挑戦していこうと思わされました。日々変わり続ける時代に流されることなく、しっかりと時代を見極めて行動していきたいですね。

最後に一言付け加えるとすると、言葉遊びをエンドロールが観ていて楽しいので、そこも注目していただきたいです。

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最後に

本や本屋が好きな人には特におススメ。そうでなくとも何かしら打ち込んでいることがある人には、刺さる作品だと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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