映画『日本沈没(1973)』感想:好景気に突き付ける一抹の不安

(C)1973 東宝

様々な媒体での内容の違いを楽しむ面でも必見な大作。

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作品情報

1973年に発表された小松左京による同名SF小説を原作とした実写映画。次々と発生する異常な自然災害の果てに、日本列島が沈んでいくさまを描く。多くの黒澤明作品に参加経験がある森谷司郎と橋本忍が、それぞれ監督・脚本を担当する。

原作: 小松左京
出演: 小林桂樹 / 丹波哲郎 / 藤岡弘 / いしだあゆみ ほか
監督: 森谷司郎
脚本: 橋本忍
公開: 1973/12/29
上映時間: 143分

あらすじ

小笠原諸島のとある島が突如として姿を消した。小野寺の操縦する潜水艇に乗って調査に向かった田所博士は、海底に重大な異変が起きているのを発見し、近いうちに日本が海底に沈むという恐るべき予測にたどり着く。やがて、日本各地で大地震や火山の噴火が起こりはじめ……。

日本沈没(1973) : 作品情報 – 映画.comより引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

アイデンティティの揺らぎ

SF小説界の巨匠・小松左京による長編小説を原作とした本作。日本列島が海に沈むという衝撃のストーリーは、たちまちベストセラーとなりました。翌年の日本推理作家協会賞や星雲賞日本長編部門を受賞しており、高い評価を得ています。

実写映画やテレビドラマ、ラジオドラマ、アニメといったように、現在にいたるまで幾度となくメディアミックスが行われ続けている『日本沈没』。今作は最初の映像化プロジェクトであり、小説の発表前から企画が進んでいたそう。後続と比較すると、元の小説に近い内容となっています。

小笠原諸島近くにある、名もなき無人島が海底に沈んだ。地球物理学者・田所雄介や潜水艇の操艇者・小野寺俊夫が、実地調査に赴く場面から物語は始まる。この現象は日本列島の沈没の予兆であると田所博士は予言しつつも、周囲の多くはそこまで危機感は抱いていなかった。

やがて富士山が噴火し、東京で巨大地震が発生する。異常な自然災害の連続により、博士の予言は段々と現実味を帯びていく。沈没までのタイムリミットはおよそ10ヶ月。時の総理大臣である山本を中心に、世界各国に対して日本からの移民の受け入れを呼びかけるなどして、国民の移動計画が進められていく。

人間の力では抵抗するができない自然現象の発生に対して、人間はどういった選択をするのか。日本人が日本人としてのアイデンティティを失い、流浪の民になったとき、どういった行動をとるのか。この物語はいくつかの主人公に焦点を当て、それぞれの選択と行動を描いています。

このストーリーは日本という特殊な国を舞台にしているからこそ、映える話でもあります。

大陸に属するヨーロッパやアジアの諸国は、他の国々と地続きになっています。その場合、同じ土地にあっても、長い歴史の中で国境や公用語が変わるのはよくあること。そのためそういった土地に住む民族のアイデンティティは、国自体というよりは、(例えば)発する言語や信仰する宗教によって形作られる場合が多いように考えられます。

約300万年前に誕生した日本列島。そこに作られた島国が日本です。飛行機や船の技術が発達する以前は、大陸との行き来が容易にできませんでした。地理的な要因もあいまって、独自の言語、独自の文化が発展してきました。ゆえに他国よりも「日本人」と「外国人」の違いが明確になっています。

日本人のアイデンティティにとって重要な部分を占めていた国そのものが崩壊し、本当に消滅するまでが悲劇的に描かれます。未曾有の危機を前にして、我先に海外へ脱出する者もいれば、人々の避難を援助したうえで脱出する者もいる。あるいは列島に残り、日本と共に散る者も出てくる。ある種の思考実験みたいな話なのです。

圧巻の特撮と演技

東宝が5億円もの製作費を投じて作られた今作。劇場に人が集まりやすい正月に公開する超大作として企画されていました。費用の大きさに比例するように、撮影もかなり大がかりです。

全編を通して印象強いのが、人数の多さ。中盤で巨大地震が発生した際、皇居に殺到した避難民と門前に立ちふさがる機動隊が衝突します。このシーンは数百人のエキストラを動員しており、状況の切迫さが現実味をもって伝わってきました。

噴火する富士山を背に懸命に逃げる人々や、海路を使って国外への脱走を試みる人々なども登場しました。こういった場面でもエキストラを惜しみなく起用していたり、何艘もの船を使っていたり、撮影の規模の大きさが見て取れます。

本作はSF映画としてだけでなく特撮映画としても高く評価されています。特技監督を務める中野昭慶さんの指揮のもと、ミニチュアセットで組まれた東京の崩壊が表現されます。実際の火を使った当時ならではの特撮技術には引き込まれました。

中でも特筆すべきは、雪崩のように島が崩れ落ちる映像。特撮だからこその怖さや迫力が画面に表れていました。火山が噴火し、周囲がドロドロなのも恐怖を増幅させています。

また東京大震災をきっかけにして起きるディザスター描写は、かなりえげつない。家屋に下敷きになって逃げ遅れる人や、黒焦げになった人など容赦ない描写も見受けられ、物語の悲壮感をより強めています。

出演している俳優陣も豪華。群像劇を元にしているため、3人の人物がそれぞれ主人公的に語られます。まずは映画界のスター・丹波哲郎さんが演じる山本総理。宮内庁の中に避難民を入れるよう「命令」する姿からは、国を背負って立つ覚悟が伺えます。

二人目は小林桂樹さん演じる田所博士。日本列島の沈没を予言した彼ですが、最後まで日本からは離れず、国と一緒に心中することを決意します。

三人目は潜水艇「わだつみ」の漕艇者の小野寺。『仮面ライダー』(1971-73)の主役も記憶に新しかった藤岡弘さんが演じています。「逃げるんだ、みんな逃げるんだ」という心の中の叫びが印象に残ります。

三人の共通点として挙げられるのは、最初から最後まで脂が乗り切った濃ゆい演技と、力強い目力です。非常事態だけあって常に高血圧な登場人物たちですが、その様子はまさに国の行く末を憂い、尽力する姿そのもの。現代ではなかなか見られないような圧倒的な演技だと思いました。

なんとか生き残った小野寺と、彼の結婚相手だった玲子が別々の場所にいるところがラストに映し出されます。離ればなれになっても、地球のどこかでまた会えるかもしれない。といった微かな希望を示唆した結末と捉えられます。

1970年代という時代性

この作品は、2021年の今から遡ること48年も前に製作されました。第二次大戦終戦後の焼け野原から、目まぐるしい速度で復興を遂げていた当時。1964年の東京オリンピックを経た東京は、本編の台詞通り「世界で一番繁栄している都市」になったと言っても過言ではない状況にありました。

今作のオープニングに映し出される光景に、当時の繁栄ぶりが集約されています。急激な人口増加により、通勤時はホームに、夏休みはビーチやお祭りに沢山の人が溢れていた。競馬・野球・麻雀といった娯楽の発展は、平和な世界の訪れを感じさせます。1カット目に映る東海道新幹線の開通は、復興の象徴とも言えます。

実際の生活の様子を捉えたこのオープニング映像を観るだけで、戦後20年余りで、この国がいかに急成長を遂げたかが分かります。

おそらく製作側の意図としては、何気ない日常を冒頭に映すことで、後の出来事の悲惨さを強調したかったのでしょう。もちろんその役割は感じられますが、半世紀後に生きる観客にとっては、少し違った印象を与えます。

現在にいたるまで日本が経験した50年は、決して上り坂だけではありませんでした。バブル崩壊や少子高齢化、度重なる震災、新型コロナウイルスの流行。現代社会の雰囲気を踏まえてオープニングを観ると、当時の景気の良さが浮き彫りになってきます。

本作は自然災害の恐怖と備えの重要性を伝えています。映画序盤にて、とある教授が地球の構造や地震が発生するメカニズムを説明する場面があります。教授を演じていたのは、東大で実際に教鞭をとっていた竹内均教授。彼による説明が、物理に弱い私にとっても非常に分かりやすかった。

劇中で発生した東京大震災は、死者・行方不明者が360万人にのぼったとされ、迫力ある撮影により絶望感をもって描かれていました。1973年から考えると、近々に起きた大規模な地震といえば1923年の関東大震災。当時の人は防災に対する意識が、現代人よりも薄かったかもしれません。

当然ながら、阪神・淡路大震災も東日本大震災も発生するずっと前。私たちは自らの体験を通して、いつ巨大地震が起きるか分からない、という現実を叩きつけられました。いま当たり前に過ごしている日常が、明日や来週に無くなる、いや5分後に無くなるかもしれない。そしてそういった自然現象には誰も抗えないのです。

この時代、とにかく景気が良かったんです。上述したような莫大な製作費からも、今より羽振りが良かったのは一目瞭然。将来に希望を抱いていた人々の割合は、現在よりも多かったに違いありません。そんな好景気の真っただ中で、悲劇的な近未来を描いたこの映画は、社会へのアンチテーゼとして機能したことでしょう。

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最後に

2021年10月から放送されている連続ドラマ『日本沈没-希望のひと-』にいたるまで、何度も映像化がされている『日本沈没』。森谷版は原作の力強いメッセージをストレートに打ち出しています。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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