ドラマ『さらば、佳き日』感想:共感性と多様性の狭間

(C)「さらば、佳き日」製作委員会

お隣さんやご近所さん、ガチャでしかない。

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作品情報

2015~22年に『COMIC it』などで連載された、茜田千の同名漫画をドラマ化。テレビ東京系「ドラマプレミア23」枠で放送された。周囲に夫婦と偽りながら生活する男女2人の複雑な人間模様を描く。山下美月と鈴木仁が、W主演を務める。

原作: 茜田千『さらば、佳き日』
出演: 山下美月 / 鈴木仁 / 伊藤あさひ / 加藤小夏 / 小沢真珠 ほか
演出: 柴山健次 / 祖山聡 / 坂梨有剋
脚本: 川﨑いづみ
放送期間: 2023/06/12 – 07/31
話数: 8話

あらすじ

絵本の出版社に勤務している桂一と、保育園で保育士として働く晃。新婚夫婦としてある地方都市で新しい生活をスタートさせた2人は、穏やかに仲睦まじく日常を送っていた。そんななんでもない普通の夫婦の、なんでもない普通の日常生活。しかしその陰にはある大きな秘密があった。

イントロ | 【ドラマプレミア23】さらば、佳き日 | テレビ東京・BSテレ東 7ch(公式)より引用
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レビュー

このレビューはドラマ『さらば、佳き日』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

アブノーマルな兄妹

兄弟姉妹に対して強い愛着や執着を持つ人を意味する「シスコン」や「ブラコン」。それらの言葉が世間に広まって、どれほどの月日が経ったのでしょうか。『さらば、佳き日』は、そういった世間によって一方的に作られた枠組みに向き合う一組の兄妹の物語です。

2015年に漫画雑誌『COMIC it』で連載を開始した同作は、2019年から『月刊コミック電撃大王』に移籍し、2022年に完結しました。単行本全8巻、全33話で構成されています。著者の茜田千さんは、文乃ゆき名義で発表した『ひだまりが聴こえる』でも知られます。

物語の主人公は、保育士として働く広瀬晃と、絵本出版社に勤める広瀬桂一。二人は周囲に新婚夫婦と偽って生活している。しかし実は、血の繋がった兄妹だった。元々お互いを特別に想っていた二人が、その自意識を確立し、二人だけで生活するにいたるまでの6年間が描かれます。

今回行われたドラマ化は、基本的に原作漫画の展開や構成を踏襲しています。第1話の冒頭、お隣さんに「新婚さん?」と聞かれた晃は、「そうなんです」と笑顔で答える。それから6年前に遡り、現在までの物語を時系列に沿って語ったのち、最終話で同じ場面に戻ってくるのです。

兄妹間の恋愛は、いわゆる「アブノーマル」な関係性であるだけでなく、近親相姦とも捉えられかねません。センセーショナルであり、好き嫌いはハッキリ分かれる題材でしょう。拒否反応を示す人が出てくるのも仕方ありません。この点は製作陣も承知のうえで、実写化に踏み切ったと思われます。

何もできないヘタレな兄・桂一。親が海外に住んでいるため、3歳年下の妹・晃と二人で実家に住んでいた。彼とは対照的に、全ての家事を完璧にこなすしっかり者の晃。晃がいるからダメになったのか、それとも元々ダメ人間なのか。どちらか分からないが、とにかく桂一は晃の世話になりっぱなしだった。

幼い頃から桂一のことが好きだった晃。母から「いつかもっと好きな人が現れるわ」と言われたのが、ずっと彼女の頭の中に残っていた。高校卒業を機に一人暮らしを始めてから、桂一と会おうとはしなかった。

それから2年半が経ち、晃は大学に通う一方で、桂一は実家を出ずに映像制作会社に勤めていた。ブラックな仕事環境に限界を感じていた彼は、仕事を辞め、家を出ることを決める。生活をやり直す決意をした桂一は、晃の家を訪ね、号泣する彼女の唇にキスをした。

共感し難い恋愛

上述したとおり主人公二人の価値観は、世間一般の「普通」とはズレています。そのため共感できない人は一定数いるでしょう。他人の恋愛には他人が口を挟むことではない、というのが大前提ではあります。ですが私自身も正直、彼らの抱く恋愛感情には共感できませんでした。

まず桂一は他人にも自分にも甘く、言動に芯が通っていないので、観ていてイライラさせられました。晃に対しては「無理して笑わなくていい」などの優しい言葉をかけるだけで、自分からは行動を起こしません。劇中では「空っぽ」とも称されていました。

対照的にしっかり者に見える晃ですが、実は頑固で情緒不安定な人間らしい一面も見受けられます。彼女に関しては、桂一に対して恋愛感情を抱く理由が、最後まで理解できませんでした。おっとりとした彼の言動に母性本能を掻き立てられるのかもしれませんが、私は苛立ちの方が勝ちました。

晃を演じるのは、山下美月さん。世話好きなしっかり者で、実らない恋だと知りつつも想いを寄せる人のために積極的に行動する姿は、『電影少女 -VIDEO GIRL MAI 2019-』(2019)の神尾マイや『じゃない方の彼女』(2021)の野々山怜子と重なります。劇中でたびたび本心を押し殺す晃の表情には、切なさが溢れていました。

物語途中では、嘘をつく時にっこりと笑う彼女の癖が判明します。つまり第1話冒頭の台詞についても、嘘なので笑顔で答えていた、というのが視聴者に種明かしされます。以降のシーンでは、彼女の笑顔からも切なさが感じられるようになりました。

目の大きさと目力の強さが特徴的な山下さん。窓ガラスに映った自分に向かって、真顔で「嘘つき」と言う姿には、ハッとさせられました。また今作では、時折流す涙が美しいです。第6話のクライマックス、願いを書いた短冊を握りしめて静かに泣く場面が、特に印象に残りました。

そんな晃が想いを寄せる桂一は、鈴木仁さんが演じています。『お耳に合いましたら。』(2021)で演じていた佐々木涼平とも似ているヘタレな役柄が、今回もハマり役だと思いました。お二方とも抑えた演技が素晴らしく、ドラマの落ち着いた雰囲気とマッチしていました。

キスをきっかけに、「特別な」関係として二人で生きる覚悟を決めた晃。駆け落ちして郊外に引っ越した二人は、そこで夫婦ごっこを始める。桂一の上司になった山田伝二が営む民宿に住まわせてもらい、晃は桂一の妻と偽ってそこで働くのだった。

理屈抜きに人を好きになる場合はあります。ただドラマとなると、劇中の人物に感情移入させるための描写が必要です。そうした描写が不足しており、桂一に向けられる恋愛感情がどうしても飲み込めませんでした。ダメ男に惹かれる気持ちが分かる人であれば、共感できるかもしれません。

ドラマの演出については、スローな語り口に加え、頻繁に回想を挟んでいるため、ゆっくりと話が進んでいく印象を受けました。その割に、晃が桂一のどこに惹かれているのかが明確に描かれておらず、惜しいと思いました。

とはいえ二人の置かれた家庭環境には、感情移入せざるを得ません。二人の母親・奈緒美は桂一ばかりを溺愛し、彼を苦労させないために晃を産んだ。そんな彼が自分のもとから離れた途端、代わりに晃を寵愛し、内密にお見合いをセッティングするなどした。

自分のエゴのために子供を利用してきた奈緒美。彼らにとっては、害悪以外の何者でもありません。演じる小沢真珠さんの鬼気迫る演技は凄まじく、毒親としての存在感を放っていました。それに加え、この境遇であれば兄妹で寄り添い合って生きるしかないな、という説得感が生まれていました。

自分らしさと他人への配慮

広瀬兄妹を軸として、二人に関わる人々のドラマも並行して語られていく本作。漫画から改変されている部分はあるものの、彼らの物語があるからこそ、間違いなく人間ドラマとしての深みが増していました。

晃の数少ない親友・森珠希は、母親の不倫現場を目撃したり、同級生に「タダで食べられる喫茶店」に連れていかれたり、深刻なトラウマを抱えていた。幼馴染の牧嶋剛への初恋も、予期せぬ形で終わりを迎えてしまう。

「いつも周りに合わせて流されて生きてきた」と語る彼女は、四苦八苦しながらも就活に励んでいる。個人的には登場人物の中で、観ながら最も応援していたキャラクターです。透明感あふれる加藤小夏さんの演技によって、珠希の儚さが醸し出されていました。

桂一の友人でもある剛は、ハッキリと物事を言うサバサバした性格が魅力的。仕事や気遣いができるだけでなく、どこか達観しているように見えるので、性別問わずモテるのも頷けます。

同性愛者である彼は、桂一に想いを寄せていたが、一生の友達と彼から言われてしまう。その後、一人きりになった彼は感情を露わにする。桂一を好きになるきっかけが描かれていただけでなく、複雑なニュアンスを含んだ伊藤あさひさんの表情により、この場面の切なさが増幅していました。

晃と珠希の同級生で、青木瞭さん演じる柳沢智也にも注目。二人が悩んでいるときにアドバイスする様子からは、恋愛感情のない純粋な友人としての関係性が伺えて良かった。この三人の存在感は間違いなく、今作に彩りを与えていました。

ここまで挙げた優しい登場人物とは異なり、配慮が足りない人は沢山います。広瀬家の近所に住むおばさんの発言一つ一つが最悪で、最高の演出でした。そういった関係はすぐに切り捨て、自分にとって心地良い人との繋がりを大切にしようと思わされました。

ラストの台詞が象徴するように本作は、晃と桂一が自分自身にとっての「正しい」や「普通」を信じて自分らしく生きようとするまでの物語です。こうした現代的なメッセージを、独特な雰囲気で包み込むことで、決して押しつけがましく伝えていない点が素晴らしい。

最後に付け加えると劇中では、第1話の冒頭に加えて、最終話の時系列にあたる2023年の場面がたびたび挟み込まれます。つまり序盤の時点で、二人が最終的に到達するゴールが既に映し出されているのです。そのため展開がある程度読めてしまうので、多少もったいなく感じました。

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最後に

W主演の二人をはじめとした、主要キャストが織りなす演技が見どころです。気になる方、ぜひ観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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