NHK版『大奥(Season1)』感想:ジェンダーSFの現代的再構築

(C)NHK

『大奥』映像化の第4弾です。

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作品情報

2004〜21年に『MELODY』で連載されたよしながふみの同名漫画を原作としたドラマ。NHK総合「ドラマ10」で放送された。謎の疫病が蔓延する架空の江戸時代、大奥で繰り広げられる人間ドラマを描くSF時代劇。Season1の舞台は、江戸初期から8代将軍・徳川吉宗の治世まで。

原作: よしながふみ『大奥』
出演: 中島裕翔 / 冨永愛 / 福士蒼汰 / 堀田真由 / 仲里依紗 / 山本耕史 ほか
演出: 大原拓 / 田島彰洋 / 川野秀昭
脚本: 森下佳子
放送期間: 2023/01/10 – 03/14
話数: 10話

あらすじ

江戸幕府3代将軍・徳川家光の時代、「赤面(あかづら)疱瘡(ほうそう)」と呼ばれる奇妙な病が日本中に広がっていった。この病は“若い男子にのみ”感染し、感染すれば“数日で死に至る”恐ろしい病であった。対処法も治療法も発見されず、結果として男子の人口は女子の1/4にまで激減し、日本の社会構造は激変した。男子は希少な種馬として育てられ、女子はかつての男子の代わりとして労働力の担い手となり、あらゆる家業が女から女へと受け継がれるようになる。江戸城でも3代将軍家光以降、将軍職は女子へと引き継がれ、大奥は将軍の威光の証であるがごとく希少な男子を囲い、俗に美男3千人などと称される男の世界が築かれていくのであった。

大奥 – NHKより引用
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レビュー

このレビューはNHK版『大奥(Season1)』をはじめとした、歴代『大奥』映像化作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

16年越しの映像化

若い男子にのみ感染する謎の疫病「赤面疱瘡」。日本中に蔓延した奇病によって、男女の役割が逆転した架空の江戸時代を舞台に、江戸城最深部「大奥」での様々な人間模様が、漫画『大奥』で紡がれています。

2004年に『MELODY』で開始した同作の連載は、2021年に無事に完結。単行本全19巻の累計発行部数は、600万部を超えています。3代将軍・徳川家光の時代に始まり、大政奉還による江戸幕府の終焉で幕を閉じた壮大な物語は、数百年にわたる大河ドラマと言えます。

大奥:16年の連載に幕 よしながふみの人気マンガ 実写化も話題に - MANTANWEB(まんたんウェブ)
実写化もされたよしながふみさんの人気マンガ「大奥」が、12月28日発売の連載誌「メロディ」(白泉社)2021年2月号で最終回を迎え、約16年の歴史に幕を下ろした。徳川家光、吉宗、…

これまで同作は、TBS主導で何度も実写化されてきましたが、最初から最後まで映像化するのは今回のドラマ化が初めて。長年にわたり大河ドラマを作ってきた、時代劇のプロフェッショナル・NHKが制作にあたります。

それに加え、『トクサツガガガ』(2019)や『これは経費で落ちません!』(2019)など、現代を生きる女性たちのドラマを数多く世に出している「ドラマ10」での放送ということで、放送前から期待が寄せられていました。

16年前、既に『大奥』ドラマ化の企画書を書いていたNHKの岡本幸江さんは、漫画完結に際して再び企画を立ち上げたのだそう。この物語こそ「今の社会に投げかけられる大きな希望」と称し、今回の企画にかける強い想いを語っています(※1)。

※1:「大奥」を今あらためてドラマ化したい!16年を経て受け継がれたバトン|NHK広報局|noteより引用

念願叶って実現した今作は、「プロローグ(1話)」「3代・徳川家光×万里小路有功編(2〜5話)」「5代・徳川綱吉×右衛門佐編(5〜7話)」「8代・徳川吉宗×水野祐之進編(8〜10話)」の4部構成。とはいえ連続性があるので、過去の映像化よりも、大河ドラマのような時代の変遷が如実に感じられます。

1話では、8代将軍・吉宗が大奥の秘密を知るきっかけとなる、貧乏旗本の子息・水野祐之進との出会いが描かれます。大河ドラマでお馴染みの白馬・バンカーくんが颯爽と駆ける吉宗の登場シーンは、『暴れん坊将軍』(1978-2002)を再現しており面白かった。

御右筆・村瀬正資のもとを訪れた彼女は、大奥での出来事を記した「没日録」を読み始める。そこから回想に入るかたちで、3代将軍・家光の治世へと遡る。その後5代将軍・綱吉の話を経て、吉宗の時代に戻るまで、村瀬と吉宗のやり取りがたびたび差し込まれます。

そうして語られるのは、赤面疱瘡で死亡した家光の隠し子・千恵と、彼の乳母の春日局により還俗させられた僧侶・万里小路有功が愛し合う「3代・徳川家光×万里小路有功編」と、大奥総取締・右衛門佐と将軍の父である桂昌院の後継争いに、綱吉が巻き込まれる「5代・徳川綱吉×右衛門佐編」。

劇中では、有功と共に江戸へ訪れた明慧をはじめ、老中・松平信綱、お楽の方とお夏の方、または右衛門佐の部屋子の秋本、綱吉の正室と側室、吉良上野介など、サブキャラの描写は最小限に抑えられています。そのため原作にあった群像劇としての側面は後退していました。

終盤となる「8代・徳川吉宗×水野祐之進編」では、目安箱の設置や小石川養生所の設立といった政治改革と、吉宗の後継問題が描かれます。それだけでなく、薬種問屋に婿入りした進吉(水野)に協力を仰ぎ、赤面疱瘡の撲滅のために彼女たちが奔走するドラマオリジナル展開が追加されています。

細部までにわたるクオリティの高さ

ドラマとして完成度の高い本作において、まず特筆すべきは役者陣です。このタイミングだからこそできた絶妙なキャスティングであり、過去の映像化のイメージが未だ残るなか、それに負けないハマり役ばかりでした。

有功の唯一無二の清廉さと聡明さを醸し出していた福士蒼汰さん。少女から母として、将軍として成長する千恵を、顔つきや話し方の変化で見事に体現した堀田真由さん。序盤はこの二人のやり取りに引き込まれました。特に3話ラスト、笑いと涙が入り混じる千恵の表情にはグッときました。

春日局を演じる斉藤由貴さんの微動だにしない表情は、狂気じみていて本当に怖かった。しかし同時に、彼女なりの正義に取り憑かれているようであり、その言動の裏には憎めなさも感じさせます。

綱吉が抱いている諦観や絶望を表情一つで示した仲里依紗さんと、『シン・ウルトラマン』(2022)『鎌倉殿の13人』(2022)にも通ずる、本心を表に出さない策士ぶりを発揮する右衛門佐役の山本耕史さんのやり取りには、二人の力量の高さが表れていました。

「大奥が始まって以来 一番小物の大奥総取締」と原作で呼ばれていた藤波。彼が魅力ある人物に仕上がっていたのは、片岡愛之助さんの風格と愛嬌があってこそでしょう。大奥に仕える男としての誇りを吉宗に説く、ドラマならではの展開にも説得力が生まれていました。

このような数あるキャラの中でも、9代将軍・家重は特に印象に残っています。言語や排尿に障害がある難しい役どころでありながら、三浦透子さんの演技が本当に素晴らしかった。片桐はいりさん演じる医師・小川笙船も、とてもカッコよかった。

そしてSeason1の主人公と言える吉宗に関しては、冨永愛さんが彼女の凛々しさを体現しており、御鈴廊下を歩く様子はまさにパリコレのランウェイでした。

この御鈴廊下は、江戸幕府の長い歴史をずっと見守ってきた場所として劇中で象徴的に使われており、ある意味で主人公的な存在と言えます。この他にも豪華絢爛なセットや衣装に、スタッフ陣のこだわりが垣間見えるのも見どころでした。

『サワコ 〜それは、果てなき復讐』(2022)や『エルピス-希望、あるいは災い-』(2022)に携わった、インティマシー・コーディネーターの浅田智穂さんの参加も見逃せません。

これは「映画やテレビの撮影現場でセックスシーンやヌードシーンなどのインティマシー・シーンを専門としたコーディネーター」であり、日本にはまだ二人しかいない、生まれて間もない職業です(※2)。役者が安心して演技に臨めるように、配慮や交渉をしている彼らの存在があってこそ、過激な性描写も可能になっているのです。

※2:Intimacy Coordinator Japan|インティマシー・コーディネーター・ジャパンより引用

作品愛に溢れた改変の妙

過去の映像化に対して、尺に合わせてストーリーを大幅に改変しているこのドラマ。サブキャラのエピソードをバッサリと省略しているだけでなく、台詞量が多めの部分を映像表現に置き換えており、非常に観やすくなっています。

ただし4代将軍・家綱、6代将軍・家宣、7代将軍・家継のエピソードが、全く実写化されなかった点は、唯一の惜しい部分でした。

脚本を務めるのは、『JIN-仁-』(2009)や連続テレビ小説『ごちそうさん』(2013-14)、『おんな城主 直虎』(2017)を担当した森下佳子さん。森下さんしかり、岡本さんしかり、『大奥』ファンとしての愛とリスペクトが、作品の節々から感じられます。

徳川の世を存続させるため自分を犠牲にした春日局や、水野を罠に嵌めた藤波は、後年になって自身の行いへの後悔を口にしていました。こういった悪役的な立ち回りの人々に、原作にはないフォロー的な展開を入れています。

作品世界における真の悪は赤面疱瘡であり、大奥のシステムであり、ひいては社会構造そのものなのです。最終話での吉宗、彼女の右腕的存在である加納久通、進吉、大奥総取締の杉下、そして藤波の5人が一堂に会して談笑していたシーンが、それを象徴していました。

とはいえ「将軍という名の人柱である!」や「生きるという事は 女と男という事は!ただ女の腹に種を付け 子孫を残し 家の血を繋いでいく事ではありますまい!」などの名場面は忠実に映像化しており、抑えるべき箇所はしっかり抑えていました。

このように原作のキモにあたるエッセンスを汲み取って、緻密に改変を加えています。なので大胆な改変を行っているにもかかわらず、物語の本質は全くブレていません。

フェミニズムやジェンダー問題、性差別・人種差別、家制度などなど、様々な現代的問題を内包する『大奥』。その中でも、性と生殖の管理をめぐるジェンダーSFというテーマが、今作ではハッキリと浮き彫りになっています。

先述した藤波と吉宗のやり取りや、千恵の「わけも分からず 髪を切られ 名を取り上げられ 女のなりも取り上げられ にもかかわらず 女の腹だけは貸せという。」といったドラマ独自の台詞が、そういった描写の例として挙げられます。

そもそも原作は、ジェンダーへの理解に貢献したSF・ファンタジー作品に送られる「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞(現・アザーワイズ賞)」を2009年に受賞。英訳もされており、海外から高い評価を得ています。

非現実で荒唐無稽に思える「男女逆転」設定は、現実社会の写し鏡となっているのです。このポイントは、フランス映画『軽い男じゃないのよ』(2018)にも似ています。どちらも共通して、性別的役割が環境によって培われているのが興味深いところ。

『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』シリーズ(2017-)やドラマ『ブリジャートン家』(2020)も想起させますが、現代に突き刺さるメッセージを、16年前の時点で既に描いていたよしながさんの先進性には改めて目を見張りました。

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最後に

今秋放送予定のSeason2に備えるためにも、ぜひ観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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