『ザ・エレクトリカルパレーズ』感想:笑いの世界に埋もれた青春の1ページ

出典:ニューヨーク Official Channel

芸人たちの過去に迫った本格ドキュメンタリー。

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作品情報

お笑いコンビ・ニューヨークが総力取材を行ったドキュメンタリー。2011年にNSC東京校に突如として現れた集団「ザ・エレクトリカルパレーズ」の謎に迫る。YouTubeにて全編公開されており、再生回数は176万回を突破している(2021/11/08現在)。

出演: 嶋佐和也 / 屋敷裕政 ほか
監督: 奥田泰
公開: 2020/11/06
上映時間: 128分

あらすじ

2011年、NSC東京校17期生たちの間にあるグループが現れた。「エレパレ」と呼ばれるその団体はTシャツやテーマソングを作り、複数の女生徒たちと関係を持ったとされている。一時期その噂は芸人たちの間で話題となったが、誰も正確な情報を掴めないまま忘れ去られていった-。
9年後、話を聞きつけたニューヨークチャンネルはエレパレの正体を探るべく調査に乗り出した。お笑いを志した若者たちは、なぜそんな組織を作ったのか。取材をすすめるうちに17期生たちが蓋をした真実が見えてくる。そして映画は現代の若者たちが抱える様々な問題をあぶり出しながら、衝撃のラストへと雪崩れ込むがー。

ニューヨーク Official Channel – YouTubeより引用

本編

こちらから視聴できます。

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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

謎のグループ「エレパレ」

M-1グランプリとキングオブコント。そのどちらでも決勝進出を果たしたお笑いコンビ・ニューヨーク。ボケの嶋佐和也さんとツッコミの屋敷裕政さんで構成され、他とは一線を画した毒のあるネタが特徴。地上波で冠番組を持つなど、今年に入ってから活躍の幅を広げているコンビです。

ネタや企画を定期的に投稿している彼らのYouTubeチャンネル「ニューヨーク Official Channel」。そこで昨年の11月、およそ2時間にわたるドキュメンタリー映画が公開されました。

タイトルは『ザ・エレクトリカルパレーズ』(以下、エレパレ)。東京ディズニーランドのパレードを連想させるものの、耳慣れない単語であるのに変わりはありません。この名称は2011年、吉本興業のお笑い養成所・NSC東京校内のとあるクラスに実在した集団を指します。

同チャンネルで配信しているラジオ内で、以前にも話題にしている「エレパレ」。謎に包まれた集団の真相を解き明かすため、当時在学していたNSC東京校17期生に対して、ニューヨークの二人が取材を行っていきます。

初めに二人は、エレパレに属していなかった人々に話を聞いていきました。空気階段の鈴木もぐらさんやオズワルド、ガーリィレコードチャンネルといった、現在さまざまな分野で人気を獲得している芸人たちです。

同期の誰しもが、その存在を認識しているエレパレ。NSCの一つのクラスの中で、授業での成績が良かった複数の芸人によって立ち上げられました。

そのメンバーは、グループのポーズを考案したり、全員の名前が書かれたTシャツを作ったり、自分たちの名前をもじった歌を作ったりしていました。まるで高校生や大学生の文化祭ノリに近い印象を与えます。

お笑いで大成するために、切磋琢磨して芸を磨くNSC。緊張感があるその場において、彼らの醸しだすイタい大学生感は、かなり浮いていました。オズワルドの伊藤さんは、「セックスサークル」と揶揄しています。

ここまで述べたようなインタビュー映像のみで、全編が構成されているのが特徴的な本作。似たような背景の会議室で全てが撮影されており、画面の色合いはずっと同じです。画面映えするものは何一つ映っていません。にもかかわらず、ぐいぐいと作品の世界に惹かれていきます。

その大きな要因になっているのは、プロの芸人ならではの人を引き込む話術でしょう。彼らの掛け合いは視聴者を話に引き込むと同時に、エレパレがイタい人たちという先入観を植え付けます。その存在について一切知らなかった私は、もぐらさんやガーリィレコード・高井さんの視点に自然と立って、物語を追っていました。

巧みな視点の転換

取材を進めると、その対象は侍スライスや、ラフレクラン(現 コットン)のきょんさんなど、実際のエレパレメンバーへと移っていきます。それと同時に、彼らに対して私が抱いていたマイナス一辺倒なイメージは、変化していきました。

当事者だった彼らにとって、エレパレは青春でした。歌やTシャツを作ったり、同期の女性たちと飲みに行ったり、その一つ一つがキラキラした思い出だったことが明らかになります。

しかしNSCを卒業すると、ニューヨークの屋敷さんや相席スタートの山添さんをはじめとした、先輩芸人からその活動をイジられるようになりました。

直接は関係を持っていなかった先輩たちの耳にまで入っている事実に、その存在を異質ぶりが見て取れます。事あるごとにイジられるため、メンバーたちは「エレパレは良くなかった」と思って、口に出すのをやめてしまいました。

今作の中で強く印象に残ったシーンが、ワラバランス・宮崎拓也さんに対するインタビュー。表情や話のトーンから、在学中の日々が「本当に楽しかったんだろうな」と感じさせられました。

卒業公演前のゴタゴタや、卒業後のイジられ、さらにはラフレクラン結成のために自身が利用されたのではないかという疑惑(?)。そういった話へ展開すると彼の表情は、楽しい、寂しい、困惑といった様々な感情が入り混じったような、なんとも言えないものへ変わります。これぞドキュメンタリーの醍醐味に思いました。

映画が後半に差し掛かろうとするとき、ある人物の名前が画面に表示されるとともに、本作の雰囲気は再び一変します。その名は、ラフレクラン(現 コットン)の西村真二さん。物語の後半は、この人物の過去にフォーカスが当たっていきます。

NSCに途中から入学した彼は、その後にエレパレの面々と行動を共にしていました。そのために外部の人間の多くからは、メンバーの一人として認識されていました。しかしながらTシャツには名前が載っていません。その事実を知ったガリレコの4人が一斉に驚くシーンは、漫画のようで面白かった。

彼の話題になると、それまで流暢に話していたインタビュイーたちが、急にぎこちない話し方になります。台本が用意されていないにも関わらず、全員が揃えたように同じ反応をするのです。その様子を見て、禁断のパンドラの箱を開けようとしているかのような感覚を抱きました。

元相方である桜井さんへの取材を経て、ついに西村さん本人へのインタビューを迎えます。このクライマックスは、必要な武器を調達して挑むラスボスとの最終決戦のようで、ワクワクします。そして何より西村さんとニューヨークの掛け合いが、軽妙で面白い。

普遍的な青春を描く構成と編集

今作全体を通して浮き彫りになっているのが、青春時代の思い出です。

この作品には、様々な立場の人間が登場しています。エレパレに所属して毎日を楽しむ者。所属しつつも一定の距離をとっている者。グループの外側にいて、彼らを羨んでいる者。彼らの活動を冷ややかな目で見る者。

ゆえに映画を観た人全員が、劇中の誰かしらに自身を投影できるのではないしょうか。だからこそ共感性の高さが生まれているのだと思います。「こんな人いたな」と、在りし日の記憶を掘り起こさせられます。

時代や場所は違っても、誰にでも当てはまる普遍的な「青春」を映し出した本作。様々な立場に置かれた高校生を描き出した、朝井リョウさん原作の映画『桐島、部活やめるってよ』(2012)を彷彿とさせます。同作では高校生活特有のヒリヒリ感が巧みに表現されていましたが、『エレパレ』でも青春の日々がポジティブ・ネガティブの両面から語られていました。

また『桐島』は、スクールカーストのトップであった桐島本人を登場させないことで、その部分を観客の想像によって埋めさせていました。

『エレパレ』においても、グループの創設者である仲嶺さんが出てきません。もちろん取材が出来なかったなど、諸般の事情があったのは想像に難くないです。おそらく意図的でないと思われますが、「不在の中心」が、観客側に物語の補完を促している面でも両作は共通しています。

エレパレみたいな、楽しくて、キラキラしていて、でも苦くて、切ない思い出は、少なからず誰の中にもあるものでしょう。刹那的な青春の日々に想いを馳せる、そのきっかけを与えてくれる映画でした。

そして最後に付け加えたいのが、作品序盤で外部の人間によって語られたいくつもの情報。「確証はないけど、確かこうだった気がする」といったテンションで、さりげなく提示されます。

例えば「イッツ・ア・スモールワールド」と呼ばれる組織や、神保町の公園やデニーズ。断片的に語られたそれらの情報が、やがて当事者たちの証言によって一つに繋がっていく。見進めるごとに、その快感を味わえます。ノンフィクションでありながら、伏線を張ったあと華麗に回収しているように思わせる構成や編集は見事でした。

エレパレというある種のタブーに踏み込むあたり、皮肉や偏見に溢れたネタを得意とするニューヨークらしいテーマと言えます。このドキュメンタリーは、このコンビだからこそ作れたことには違いありません。初めはバカにしていたあの曲が、最後には大好きになっているのだから不思議なものです。

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最後に

本編を視聴したあとは、前日談のこちらもぜひ。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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