『軽い男じゃないのよ』感想:女尊男卑が映し出す無自覚な性差別

(C)Netflix

Netflixに入ったらまずコレを観るべき。言い切れます。

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作品情報

エレオノール・プリア原案のコメディ映画。中年男性ダミアンは突然、男女の地位が逆転した不思議な世界へと迷い込む。Netflixが製作した初めてのフランス語映画として、2018年からNetflixにて独占配信。

原題: Je ne suis pas un homme facile
出演: ヴァンサン・エルバズ / マリー=ソフィー・フェルダン / ピエール・ベネジット ほか
監督: エレオノール・プリア
脚本: アリアン・フェート / エレオノール・プリア
配信: 2018/04/13
上映時間: 98分

あらすじ

女性を見下す無神経な独身男が、ある日頭を打って気を失う。意識が戻ると世界が逆転。女が上に立ちすべてを牛耳る社会で、傲慢な女流作家の助手となり…。

軽い男じゃないのよ | Netflix (ネットフリックス) 公式サイトより引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

男尊女卑の写し鏡

現在Netflixで独占配信しているこの映画は、男女の「逆転」を題材にしています。とはいっても『転校生』(1982)に代表されるような、身体の入れ替わりではありません。本作の舞台となる世界では、男女の地位や役割が入れ替わっています。

企画の元になっているのは、監督・脚本のエレオノール・プリアさん自身が、2010年に製作した短編作品『Majorité opprimée』(英題:OPPRESSED MAJORITY)。2014年からYouTubeに英語字幕付きで公開されており、再生回数は1300万回を超えています。無理やり邦題をつけるなら「虐げられた多数派」でしょうか。

この時点で既に今作で主題となる、地位や役割が逆転した世界観が端的に表現されています。10分程度と見やすい長さなので、興味を持った方は、はじめにこの短編を観ていただきたい。

この短編から一本の長編映画としてアイデアを膨らましたのが、『軽い男じゃないのよ』(英題:I Am Not an Easy Man)です。出演者やスタッフ陣は、日本ではそこまで著名な方々ではありません。しかしそういった理由だけで食わず嫌いするのは勿体ない、とても奥が深い作品です。

主人公のダミアンは、独身で女たらしの中年男性。職場や街で出会った女性に対する、セクハラまがいの言動は日常茶飯事。本人が異常性に無自覚なのが、言動のひどさに拍車をかけている。まさにマチズモ(=男性優位主義)やミソジニー(=女性嫌悪、女性蔑視)を体現した存在と言えます。

ある日街中を歩いていた彼は、柱に頭を強くぶつけて気を失ってしまいます。意識を取り戻すと、そこには全く知らない世界が広がっていました。

彼が入り込んだのは、男女のパワーバランスが逆転し、性別の役割や価値観が正反対になった世界。女性が社会の中心となっており、男性は家事や育児に従事していました。

この作品と近い世界観に感じたのが、『大奥』(2004-21)という日本の少女漫画です。この漫画でも、疫病によって男性の数が激減した江戸時代を舞台に、男女のパワーバランスの逆転が描かれていました。

まず「女性中心社会」という設定が、現実社会の歪さを逆説的に浮き彫りにしています。男性が未だに社会の中心を占めており、女性が差別的な扱いを受けているのが現状。他にも私たちが当たり前と考えてきた様々な事柄を、劇中で反転させることで、それらが内包していた違和感に観客の意識を向かせています。

映画序盤で素晴らしいのが、ダミアンが世界の異変に気付くまでのシークエンス。

意識が戻った彼は、家に帰ります。注視していなければ何気ない普通の日常だが、女性のゴミ収集員が働いていたり、女性議員のハラスメントがニュースで扱われていたりする。明らかに「何かが違う」と観客に感じさせる絶妙な描写です。

家を出て職場に着くと、明確な違和感を覚えます。女性の上司が生理用品をデスクに置いており、しまいには彼にセクハラを仕掛けてくる。「おかしい、何かがおかしい。」そう感じた彼は、パン屋を営む両親の元を訪れ、異変を確信しました。

笑える演出と笑えない現実

元々ダミアンがいた「男が強い」世界の歴史では、力の強い男性が狩りに出かけ、女性が子供を育てた。対して、力の強い女性が狩りに出かけ、男性が子供を育てたのが「女が強い」世界の歴史。それぞれの世界の由来は中盤に明かされますが、この種明かし自体はそれほど重要ではありません。

より注目すべきは、性の価値観が逆転した世界を表現する脚本・演出です。画面の細部にまでこだわっており、「こんな部分まで逆転しているのか」と笑える箇所も多く、コメディとしてしっかり面白い。しかし同時に、いかに現実社会が歪んでいるかを痛感させるブラックさも持ち合わせています。

先ほど少し触れた性別における職業の違いをはじめ、ファッションの肌の露出具合や、ムダ毛処理、筋トレとスキンケア、嗜むスポーツの種類、などなど。その全てが正反対になっています。

レディーファーストではなくジェントルマンファースト(※1)が常識になっており、街ではフェミニズムではなくマスキュリズムの運動が行われている。

※1:劇中では明確に言及されず。gentlemanという単語そのものが存在しなさそうなので、もっと違う言い方かも。

一つずつ挙げたらキリがないほどにディティールまでこだわって、男女逆転の世界を作り上げています。ポーカーでキングよりクイーンが強いのには、目から鱗でした。

要するにこれらは、「男性は女性が守る」「その性別にあったファッションやスポーツをするべき」といった考えが蔓延している現実の裏返し。正直書いているだけで気持ち悪い前時代的な考えですが、いまだに根強く残っているのは事実です。

そしてこういった描写の数々によって浮かび上がってくるのが、無自覚に行われてきた性差別の数々。女性中心社会の中でダミアンは、街の女性たちに下品でいやらしい視線を向けられます。さらには街を歩いているだけで口笛を吹かれ、公園で食事をしているだけで知らない女性に話しかけられる。

ここまで挙げたのは、今まで彼が女性たちにしてきた言動です。そういった差別的な言動が、自身にブーメランのように返ってきたのでした。

男性差別の最たる人物と言えるのが、女性作家として活躍するアレクサンドル。育休をとった友人クリストフの代役として、ダミアンは彼女の秘書に就きました。男性差別を無意識的に行っている彼女の姿を見るにつれて、自分の生き写しを見ているかのような感覚に襲われます。

やがて彼はアレクサンドルに恋心を抱きます。しかし彼女には良い様に遊ばれただけで、最後まで本気で取り合ってもらえませんでした。これも女たらしの過去の自分からのしっぺ返しです。

ちなみに彼女の不倫を明らかにする場面で、ダミアンはあるワザを家主に使って、家に入ることができました。このワザにも非常に皮肉が込められていて、好きな場面です。

上述したように、観客が無意識に抱いていたジェンダーバイアスが顕在化されていきます。作品のタッチは全体的にコミカルながら、画面に映されているのは笑えない現実。観ていて何度もハッとさせられます。世の男性で、この物語を完全に他人事と思える人はいないと思います。

圧巻のラストが突き付けるメッセージ

映画終盤、失恋して落ち込んでいるダミアンの元に、複数の女性が関係を迫りにやってきます。間一髪で助けに入るアレクサンドルたち。乱闘の中で彼女は、頭を強打して倒れます。

それによりアレクサンドルは、「女が強い」世界から「男が強い」世界へと飛んでしまいます。女性がメイクをし、スカートを履く「見慣れた」世界。パリ市街でフェミニズム団体によるデモが行われている様子を見て、彼女は呆然と立ち尽くします。

その近くにいたダミアンが彼女を呼びかけるところで、物語は幕を閉じます。主人公の男性視点で進んだ話が、最後に女性の視点に転換する構成が素晴らしい。

そしてこの作品は、主人公が元の世界に戻るなどといった、安易な結末は決して迎えません。この後二人は何を話し、どう行動するのか。ハッキリとは語らず、観客一人ひとりの想像に委ねています。

ラストシーンで、ダミアンはデモのメンバーの近くにいました。もしかしたら彼の意識は変化し、男女の不平等や性差別に反対する立場になったのかもしれない。決定的に描かれていないながら、そういった想像をさせてくれる終わり方です。

差別はすべて明確な悪意によって行われるのではありません。人々の価値観や環境によって、自然と作り出されるものもあります。ある価値観が差別的な要素を含んでいたとしても、それが社会で認められてしまえば世の中の当たり前となるのです。

作品冒頭では、ダミアンが幼かった頃に参加した幼稚園の演劇のシーンが回想されます。女の子はかわいい化粧やドレスで着飾っている一方、男の子はみんな木の役でした。そんな中で白雪姫役の女の子が休んでしまい、彼は代役を名乗り出ます。

彼はやる気満々でした。しかしドレスを着た彼を見て、観客の大人たちは笑います。見るに堪えない場面でした。これはやはり「男は男らしく、女は女らしく」というジェンダーバイアスが、世間一般に浸透しているからに他なりません。

このように本作は、私たちがこれまで「当たり前」と教わってきた社会に対する、強烈なアンチテーゼであることが伺えます。

映画の舞台となっているのは、「ジェンダー・ギャップ指数2021」で156か国中16位のフランス。対して日本の順位は、不名誉ながら120位です。

「共同参画」2021年5月号 | 内閣府男女共同参画局
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つまり日本に置き換えるとしたら、今作よりもっと醜く、もっと目が当てられない世界が描かれるのでしょう。作中で映し出されている「現実」に、一人ひとりがしっかりと向き合う必要があるのではないでしょうか。

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最後に

とにかく観てほしい。そして鑑賞後に話し合いたい。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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