『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』感想:水木イズムが暴き出す日本人の業

(C)映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会

6期を純粋に楽しんでいた頃には戻れない衝撃の強さ。

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作品情報

『ゲゲゲの鬼太郎』の原作者である水木しげるの生誕100周年記念作品。2018〜20年に放送されたテレビアニメ6期の前日譚として、目玉おやじの過去と鬼太郎誕生の物語を描く。昭和31年、龍賀一族が暮らす村で起こる殺人事件の謎に二人の男が挑む。東映アニメーションが制作を務める。

原作: 水木しげる
出演: 関俊彦 / 木内秀信 / 種﨑敦美 / 小林由美子 ほか
監督: 古賀豪
脚本: 吉野弘幸
公開: 2023/11/17 (PG12)
上映時間: 104分

あらすじ

廃墟となっているかつての哭倉村に足を踏み入れた鬼太郎と目玉おやじ。
目玉おやじは、70年前にこの村で起こった出来事を想い出していた。
あの男との出会い、そして二人が立ち向かった運命について…
昭和31年―日本の政財界を裏で牛耳る龍賀一族によって支配されていた哭倉村。
血液銀行に勤める水木は当主・時貞の死の弔いを建前に野心と密命を背負い、また鬼太郎の父は妻を探すために、それぞれ村へと足を踏み入れた。
龍賀一族では、時貞の跡継ぎについて醜い争いが始まっていた。
そんな中、村の神社にて一族の一人が惨殺される。
それは恐ろしい怪奇の連鎖の本当の始まりだった。
鬼太郎の父たちの出会いと運命、圧倒的絶望の中で二人が見たものは―

映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』本予告[11.17(金)公開] – YouTubeより引用
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レビュー

このレビューは『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』および関連作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

テレビアニメ6期の革新性

漫画家・水木しげるさんの代表作として、言わずと知れた『ゲゲゲの鬼太郎』。長きにわたり様々な媒体で作品が作り続けられ、どんな世代でも名前だけは聞いたことがある、と言えるほど有名な国民的キャラクターです。

その歴史は、1954年に作られた紙芝居から始まります。それから貸本作家に転身した水木さんは、1960年に貸本漫画『墓場鬼太郎』を発表。出版社移籍などの紆余曲折を経て、『週刊少年マガジン』で掲載されるようになり、怪奇色の強いダークな作風で徐々に人気を得ていきます。

1968年、テレビアニメ化に際して『ゲゲゲの鬼太郎』に改題。同時に妖怪退治ヒーローものへ路線変更した同作は、子供たちを中心に妖怪ブームを巻き起こしました。以降およそ10年周期で、アニメ化が繰り返されています。

2018年に放送を開始した6期は、目玉おやじを含めた新キャストや、ねこ娘の8等身ビジュアルが話題を呼びました。一話完結型のストーリーで、平成から令和へと移り変わる現代ならではの社会問題を扱っています。

スマホやSNS、ハラスメントなど時代を反映した要素を、お馴染みのエピソードに盛り込んでおり、一見でもファンでも楽しめる内容と言えます。こうした革新的な姿勢こそ、鬼太郎らしさでしょう。加えて子供向けな作風ながら、現代にふさわしいメッセージを伝えている良作でした。

そんな6期は、2015年に水木さんが逝去してから初のテレビシリーズでもありました。1~5期とは異なり、鬼太郎が「水木」という青年に育てられた過去が、劇中でたびたび語られます。具体的には第1話、第33話、第42話、第97話あたりでしょうか。

あくまで回想のみに登場した水木青年が主人公として活躍するのが、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』。原作者すら描いていない、鬼太郎が誕生する前を舞台にしたオリジナルストーリーです。

監督を務めるのは、テレビアニメ5期の劇場版『劇場版 ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!』(2008)を手掛けた古賀豪さん。脚本の吉野弘幸さんとのタッグは、6期第14話「まくら返しと幻の夢」を踏襲しています。

第14話の原画に参加し、『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』(2021)の副監督も務めた谷田部透湖さんがキャラクターデザインを担当。ただし今作の目玉おやじの姿は、同エピソードのそれとは異なります。つまり6期の世界観を下敷きにしながら、初めてシリーズを観る方にも分かるように作られているのです。

鬼太郎の都市伝説を追う雑誌記者の山田が、山奥にある廃村を訪れるところから物語は始まります。鬼太郎たちの警告を無視して取材を続ける彼は、穴の中へ落ちてしまう。そこで「昭和三十一年 東京」とテロップが大きく表示され、メインの話へと移っていきます。

横溝正史的な因習ミステリー

1956年、日本の政財界を牛耳る龍賀一族の当主・龍賀時貞が亡くなった。帝国血液銀行で一族の経営する「龍賀製薬」を担当していた水木は、一族の本家がある哭倉村に向かう。この設定からして、貸本版『墓場鬼太郎』の「幽霊一家」や「幽霊一家 墓場の鬼太郎」を踏まえているのが分かります。

村を訪れた水木は、道中で出会った少女・沙代と少年・時弥と仲良くなる。何気ない会話ながら、他の村人の描写や不自然なカメラワークが、よそ者を監視する閉鎖的な空気感を巧みに表現しています。ここでの演出一つ一つの丁寧さに、序盤から一気に引き込まれました。

他にもデメキンと月が重なり合うイメージや、急にアップで映し出される屋敷の甲冑など、作品全体に印象的なカットが散りばめられており、それらが絶妙な不気味さを醸し出していました。

水木が龍賀家の屋敷の大広間に招かれると、一族の人間が集まってくる。沙代の母親であり時貞の長女・乙米、乙米の婿にして龍賀製薬社長の克典、次女・丙江、三女・庚子夫妻、そして長男・時磨。声を当てている豪華声優陣の凄みによって、緊迫感が増しているように感じられます。

時麿が次期当主に命じられるも、程なくして彼は死体で発見される。偶然そこに現れた幽霊族の男「ゲゲ郎」に疑いの目が向けられた。しかし龍賀家の人々は、一人、また一人と殺され続ける。水木はゲゲ郎とともに、連続殺人の真相を解き明かしていく。

田舎の因習や血縁を巡る殺人ミステリーの様相は、『獄門島』や『八つ墓村』で知られる小説家・横溝正史の作風を彷彿とさせます。中でも、龍賀家の面々が一堂に会するシーンや、彼らが次々と猟奇的に殺されていく展開は、明らかに『犬神家の一族』です。

そして劇中で「ゲゲ郎」と呼ばれる男こそ、かつての目玉おやじなのです。生き別れの妻を探して村を訪れた彼は、飄々としつつも確固たる信念が伺える。関俊彦さんの演技も相まって、人気が出るのも頷ける魅力的なキャラクターになっていました。

何より彼は、指鉄砲を使わずともメチャクチャ強い。その強さが垣間見えるのが、庚子の夫であり陰陽師の長田幻治が率いる「裏鬼道」衆とのバトル。このアクションシーンは、とにかくダイナミックで迫力があります。他とは明らかに異なるタッチで描かれた、本作で一番のアニメ的な見せ場でした。

性的搾取を容認する家父長制

公開されるや否や口コミで評判が広まり、興行収入が右肩上がりで伸びるなど、予想を超えた盛り上がりを見せている「ゲ謎」。上述した内容からして、子供をターゲットにしていないのは明白です。

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ゴア描写や救いのない展開も、大人向けならでは。たくさん血が流れるだけでなく、死体の「目玉」の顛末が容赦なく描写される。加えて時代錯誤な慣習や倫理的にエグいシーンも多々ある、まさしく「PG12」にふさわしい映画です。

特に注目すべきは、当時の日常描写。ヘビースモーカーの水木をはじめ、登場人物たちはどこでもタバコを吸っています。路上でも、職場でも、電車でも。咳が止まらない少女が近くにいようとお構いなし。ポイ捨てだって当然です。

昭和では当たり前に行われていたと言われているとはいえ、意識的に強調されて描かれている印象を受ける人は多いでしょう。この演出には、「昔はよかった」的な、過去を都合良く美化する人々に対するアンチテーゼが如実に感じられます。

水木が村に来た真の目的は、龍賀製薬が密かに開発した血液製剤「M」の謎の解明でした。使用者に多くの生命力を付与する「M」は、戦時中も戦後も秘密裏に取引されている。これこそが龍賀家が莫大な権力を握っている所以です。

そんな重大な秘密を隠している龍賀家には、家父長制による上下関係が根強く存在しています。権力を翳した暴力や性的搾取を平然と行い、家の発展のために子を孕ませようとする。悍ましい行為の数々は、まさに外道です。

その中で最も被害に遭っていたのが、沙代。幼いながら前当主の時貞に犯された過去を持ち、新当主になった時磨にも同様に襲われる。「可哀想」という言葉では片付けられない、非常に胸糞悪い話が展開されます。彼女の重すぎる過去を目の当たりにして、私はドン引きしました。

早く村から抜け出したかった沙代ですが、東京にも同様の搾取構造があることに既に気付いていました。絶望に満ちた彼女は次々と親族を殺し、自身の命も断とうとする。彼女の迎えた結末は切なく、世界の救いのなさを痛感させます。鑑賞しながら私は半ば放心状態になっていました。

物語終盤、一族最大の外道、すなわち亡くなった時貞が姿を見せる。病弱な孫・時弥の肉体を乗っ取り、子供の身体に老人の顔がついたその姿は、生理的な嫌悪感を呼び起こさせます。同時にその見た目は、富を貪り、権力に縋る者の幼稚さを暗示しているようでもありました。

絶望的な世界における微かな希望

今作のクライマックスの舞台は、戦時中の野戦病院のような地下施設。そこで赤い花を咲かせる巨大な木は、鮮やかで美しい色合いであるとともに、映画全体のキーワードである「血」を連想させます。

復員兵の水木が劇中で語る戦争の話は、太平洋戦争末期の悲惨さをストレートに観客に伝えています。彼のやさぐれた言動の根底には、そうした戦時中の苛烈な体験があると思われます。演じている木内秀信さんが醸し出す重みが、水木の言動にリアリティを持たせていました。

戦時中の日本を包んでいた、自己犠牲を美化する軍国主義。一方的で暴力的な搾取構造から生まれたその思想は、高度経済成長期へ突入していく国の繁栄と決して無関係ではありません。

もう搾取される側になりたくない。その想いを胸に、社内で出世しようと必死だった水木。彼に対して時貞は、「世の中の構造は変わらない」と言う。その台詞のとおり、戦時中も戦後も、何なら現代までも、本質的には変わっていない日本社会の暗部を、この映画は真正面から描いています。

さらに哭倉村の人々は、村ぐるみで「M」の材料になる幽霊族を狩っていました。この設定が明らかになることで、観客一人ひとりの当事者性が一気に高まります。搾取構造の功罪を見て見ぬふりしてきた人々の加害性にも焦点が当てられているのです。だからこそ終盤、想いを改めた水木が、時貞に立ち向かう展開は実に痛快でした。

このように本作は、原作者・水木しげるさん本人の戦争体験や、それに伴う戦争観を随所に投影した、メタ的な側面が特徴的です。作家の人生を作品に反映させて映像化した例としては、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)の構造と似ていると思いました。

水木、ゲゲ郎、ゲゲ郎の妻は命からがら村を脱出。時は現代に戻り、時弥の魂を成仏させる鬼太郎が映し出されます。ヒーローものとしてのカタルシスが生まれている感動的な一幕。そこで目玉おやじが目にする光景や、時弥の一言には落涙させられます。

命を繋ぐことや、戦争体験を語り継ぐことの大切さ。霊毛ちゃんちゃんこが生まれる流れを含め、映画全体のテーマの一つに「継承」があると考えられます。戦争の危険性が軽視されつつある現代において重要なテーマを、エンタメ作品へと昇華した姿勢には感銘を受けました。

何より見逃せないのが、貸本版をオマージュしたエンドロールと、その後の物語。貸本版を原作にしたアニメ『墓場鬼太郎』(2008)の水木は、赤ん坊の鬼太郎を突き飛ばしてしまう。対して今回の水木がとった選択は、それとは別の未来を想像させます。彼らの「もしも」の世界線が描き下ろされた来場者特典も素敵でした。

そして最後の最後に、満を持してタイトルが出る、という素晴らしい幕引きでした。時代が変わっても、人間の醜悪さは変わらない。ヒーロー・鬼太郎の誕生は、そんな絶望に満ちた世界における微かな希望と言えます。

6期のナレーションで、鬼太郎は「見えてる世界が全てじゃない。見えないものもあるんだ」と語りかけます。今作は、この言葉に別の意味を持たせました。私たちが「見えない」ことにしていた業もまた、妖怪たちと同様に、確かに世界に存在しているのです。

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最後に

単なる怪奇的な作風の『鬼太郎』映画にとどまらず、原作者の想いを汲み取り、さらに原作のエピソードへと綺麗に繋げた秀作。テレビシリーズ6期と合わせて、ぜひ観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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