『大奥』の映像化作品を順番に扱っていきます。今回はその第1弾です。
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作品情報
2004〜21年に『MELODY』で連載されたよしながふみの漫画『大奥』を原作とした実写映画。謎の疫病の流行により男女が逆転した江戸時代、8代将軍になった徳川吉宗と大奥の姿を描く。大奥に入る青年・水野祐之進を二宮和也が演じ、吉宗を柴咲コウが演じる。正式なタイトルは『大奥』。
原作: よしながふみ『大奥』
出演: 二宮和也 / 柴咲コウ / 堀北真希 / 阿部サダヲ / 佐々木蔵之介 ほか
監督: 金子文紀
脚本: 高橋ナツコ
公開: 2010/10/01
上映時間: 116分
あらすじ
謎の疫病により、男の人口が女の4分の1まで減少した江戸時代。女が労働を担い、男は子孫を残す宝として大切に育てられる男女逆転の世で、今なお武士道を追求する青年・水野祐之進(二宮和也)は、困窮する家を救い、幼馴染のお信(堀北真希)との身分違いの恋を振り切るため、大奥にあがることを決意する。そこは、徳川家の子孫繁栄のため、3000人の美しい男たちが、1人の女将軍の寵愛を求めて仕える男の園だった。嫉妬と陰謀渦巻く世界で、剣の腕と才覚で出世を遂げていく水野だったが、ある日、大奥の抜本的改革を目指す女傑、徳川吉宗(柴咲コウ)が、第八代将軍として迎えられ、その運命が大きく動き出す。
映画「大奥(2010)」|映画|TBSチャンネル – TBSより引用
レビュー
このレビューは『大奥〈男女逆転〉』をはじめとした、歴代『大奥』映像化作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
存在したかもしれない江戸時代
大奥。それは江戸城内に実在した、将軍家の子女が住んでいた場所のこと。幕府の公的な儀式を執り行う「表」、将軍が日常生活を営む「中奥」に次ぎ、城の最深部に位置します。そんな大奥には数百人の女中が仕え、将軍やその家族の生活を支えていました。
2004年に白泉社の隔月刊誌『MELODY』で連載を開始した、よしながふみさんの漫画『大奥』は、架空の江戸時代を舞台に、大奥で紡がれる物語を描いています。3代将軍・徳川家光の時代にはじまり、最終的に大政奉還にまで到達した、大河ドラマのように壮大な作品です。
江戸時代初期、若い男子にのみ感染する謎の疫病「赤面疱瘡」が日本で大流行。対処法や治療法は見つからず、男性の人口は女性の約1/4にまで減少した。その結果、社会の中心や権力は男性から女性へと移行していく。
男子は婿に行くか、種馬として貧しい家に貸し出されるか、遊郭で体を売って暮らしていた。一方、労働力の担い手となった女子は、やがて家業を受け継ぐようになる。将軍職も同様に女子に引き継がれるようになり、大奥には世継ぎを生み育てるために多くの男子が集められた。
作中に登場する幕府関係者は、史実では男性である人物が女性に、女性である人物が男性に置き換えられています。そんな中、実際の史料とも整合性をとっており、もしかしたら江戸時代は本当にこうだったかもしれない、とすら思えました。2022年の第42回日本SF大賞の受賞が、歴史改変SFとしてのクオリティの高さを証明しています。
2021年の連載完結を経て、2023年1月からNHKでテレビドラマが放送されています。そんな『大奥』を初めて映像化したのが、2010年に公開された実写映画『大奥〈男女逆転〉』。『流星の絆』(2008)など多くのドラマを手掛ける、金子文紀さんが監督しています。
およそ5年前から進められていたこの企画。その当時は単行本が1巻しか発売されておらず、必然的に1巻の内容を実写化するにいたったのだそう。1巻の舞台は、将軍が徳川家継から吉宗に変わる江戸中期。将軍となり大奥の存在を知った吉宗が、大奥誕生の秘密に触れるまでが描かれます。
原作漫画の1話は、真っ赤な発疹が全身に広がる謎の病気に一人の少年が罹患する、物語の起源となるエピソードから始まります。そして時が経ち、6代将軍・家宣が「朝の総触れ」と呼ばれる大奥へのお目見えを行う場面に移ります。
今作の冒頭では、赤面疱瘡について文章で説明し、吉宗による朝の総触れを映した後、タイトルが表示されるため、漫画の流れを踏襲していると言えます。そこから画面が変わり映し出されるのは、大工や運送などの力仕事を女性たちが行っている江戸の街並み。この演出には迫力と臨場感があり、世界観に一気に引き込まれました。
というのも松竹配給でありながら、本作の撮影には東映京都撮影所が全面協力しています。そのため他の一般的な時代劇よりも絵的な迫力があり、フィクショナルな男女逆転の設定にも説得力が感じられるでしょう。
男の園・大奥
主人公は、貧しい旗本の家に生まれた青年・水野祐之進**。**幼馴染みである裕福な商家の娘・お信に想いを寄せていたが、身分の違いからその気持ちを諦めようとしていた。彼女への想いを断ち切るため、また体を売らせずに育ててくれた母親への恩返しとして、大奥に入る決意をする。
新人として大奥に入った水野の視点で、大奥の仕組みや厳しい掟が説明される映画前半。そこで彼は、先輩達からイジメを受けます。こうした陰湿な男性たちと、江戸っ子である水野とのギャップが、漫画ではややコミカルに描かれていました。ただし今作では、原作よりもシリアスな雰囲気に転じています。
しかしそのシリアスな作風が、悲壮感漂う物語に合っていました。特に赤面疱瘡の、生理的に怖いと思わせるビジュアルが素晴らしかった。加えて良かったのが、お庭番とともに吉宗が城下を見て回る映画オリジナルのシーン。後の家光編から持ってきた展開と考えられますが、ここでの吉原のディストピア感が凄い。
脚本を務めるのは、よしながふみさん著『西洋骨董洋菓子店』(1999-2002)をアニメ化した『西洋骨董洋菓子店 〜アンティーク〜』(2008)を手掛けた高橋ナツコさん。同作のように、原作から大幅に改変した脚本を執筆することが多い方ですが、この映画は基本的に原作の話をなぞっています。
漫画にない場面としては、高橋さん作品の特徴でもある男性同士の絡みが追加されています。代表的なのが、大倉忠義さん演じる剣術の達人・鶴岡。水野との勝負に負けた彼は、真剣での再戦を挑みます。しかし水野には叶わないと悟り、自害してしまいました。
大倉さんをはじめ、玉木宏さんや佐々木蔵之介さんが集う、男性版大奥のビジュアルの圧が強く、これだけでも観る価値があります。水野に様々な物事を教える杉下役の阿部サダヲさんや、水野をいじめる副島役のムロツヨシさんといった、個性的な面々がキャスティングされているのも見どころ。
中でも阿部さんの演技は、一つ抜きん出ているように感じました。「我らは金魚なのよ。役にも立たぬ大奥という金魚鉢の中でただ飼われている事が我らの仕事なのだ。」という台詞と彼の表情は、杉下の人生への諦観を見事に体現していました。
そして主演の二宮和也さんも、右も左も分からなかった序盤から、ご内証の方として覚悟を決めるまでの成長を表情の変化で示していました。そんな水野に想いを寄せるお信を演じる堀北真希さんが醸す、ツンデレヒロインっぷりも良かったです。
壮大な物語の「序章」
映画後半では若き将軍・家継の死後、江戸城にやってきた吉宗が、初めて大奥に赴きます。本編に初めて彼女が登場するのが、白い馬にのって草原を走るカット。明らかに松平健さんの『暴れん坊将軍』(1978-2002)を意識した演出なのが分かります。
はっきりと物事を言う、サバサバとした性格の吉宗は男前でカッコよく、演じている柴咲コウさんがハマり役。何より目力が強く、画面に釘付けにさせられます。威厳のある「下がりゃ!」には、観ていて圧倒されました。
質素な黒い装束で朝の総触れに出向いた水野は、倹約家の吉宗に見初められました。それは将軍の初めての夜伽の相手「ご内証の方」に選ばれたことを意味します。本作のクライマックスは二人の夜伽なのですが、尺が長く、演出も冗長で、いまいち盛り上がりに欠けました。
将軍の身体を傷つけるご内証の方は処刑される。この掟を知らなかった吉宗は、公には水野を死罪にしながらも、秘密裏に水野を大奥から解放しました。特筆すべきなのが、このオチ自体は原作と変わらないものの、演出が大きく変化している点です。
漫画では処刑場のシーンと地続きで、水野に解放が告げられます。それに対して今作は、処刑場で刀が抜かれた後、一度場面が転換。実家に病死が知らされ、お信が墓参りをしているところに水野が現れることで事の真実が明かされます。より感動を誘う演出になっており、個人的には好きでした。
ここで映画は締め括られますが、原作では、江戸城の慣習に疑問を抱いた彼女が、大奥誕生から全ての出来事を記録している『没日録』を読み始めます。単行本2巻以降は、そこに記された家光の時代の物語が語られていきます。
つまりこの水野と吉宗の話は、あくまで世界観を説明する「序章」に過ぎず、男女逆転にいたるまでの経緯はこの時点では語られません。なのでこの映画単体では、連続ドラマの第1話を観た感覚になりました。
明確な悪役も登場せず、起伏が少ない非常にあっさりとしたストーリーのため、物足りなさは否めません。漫画にあったオランダ商館長が謁見する件を描けば、SFとしての説得力が増したでしょうが、それもカットされているので残念でした。
最後に付け加えると、全編を通してBGMが過多な印象を受けました。特にメインテーマは、アレンジされたバージョンを含め、終盤に何度も使われます。主題歌に関しても、嵐の曲自体は好きですが、『大奥』の世界観とはマッチしていないように思いました。
最後に
賛否両方の感想を書きましたが、好評を受けた本作は、2年後に続編が製作されました。『大奥』の導入編として、ぜひ観ていただきたいです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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