『どうする家康』感想:革新的な合戦と珍妙な偉人譚

(C)NHK

要するに、とても斬新な大河でした。

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作品情報

2023年に放送されたNHK大河ドラマ第62作。群雄割拠の戦国時代を勝ち残り、江戸幕府を開いた将軍・徳川家康の生涯を描き出す。松本潤が主役を務め、『リーガル・ハイ』や『コンフィデンスマンJP』で知られる古沢良太が脚本を担当する。

出演: 松本潤 / 有村架純 / 岡田准一 / ムロツヨシ / 阿部寛 ほか
演出: 加藤拓 ほか
脚本: 古沢良太
放送期間: 2023/01/08 – 12/17
話数: 48話

あらすじ

貧しき小国・三河にある岡崎城主・松平広忠の子として生まれた少年・竹千代(のちの家康)は戦乱で父を失い、母とも離れ、孤独な毎日を過ごしていた。あるとき、今川家へ人質として送られる途中、織田家に強奪され、連れ去られる。明日の運命すら分からない中、青年・織田信長と劇的な出会いを果たし、自らの力で世の中を変えられると教えられる。さらに父に仕えていた旧臣たちと再会、彼らに松平家(のちの徳川家)再興の思いがくすぶっていることを知る。
そして”桶狭間の合戦”による今川家の混乱の中、家康は家臣たちとともに、三河の城を取り戻すことに成功する。だが、それは苦労とピンチの始まりでもあった。領民の一向一揆に悩まされ、さらに戦国最強の武将・武田信玄の脅威にさらされ、”三方ヶ原の戦い”では徳川軍は全滅寸前に追い込まれる。さらに武田は侵路の手を緩めず、家臣団や家族との関係をも切り崩そうとする。自らの弱さに歯がゆさを感じつつも、敗戦をバネにして、家康は個性派ぞろいの家臣たちとの絆を深め、一体感あふれるチーム徳川をつくりあげていく。
しかし、”本能寺の変”で目標でもあった信長を失い、絶体絶命の窮地に追い込まれる家康。人心掌握に長けた戦乱の申し子・豊臣秀吉、精緻な頭脳を持つ天才・石田三成が立ちふさがり、真田昌幸たち周辺の大名たちが足元を揺さぶる。果たして戦乱の世は、終わりを告げるのか? この国に未来はあるのか? どうする家康!

番組紹介 | 大河ドラマ「どうする家康」 – NHKより引用
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レビュー

このレビューは『どうする家康』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

シン・徳川家康

織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康。戦国三英傑をはじめ、戦国武将を題材にした大河ドラマは多く、明智光秀を主人公にした『麒麟がくる』(2020-21)も記憶に新しいです。個性的な武将たちが戦う乱世の時代が、多くの歴史ファンに好かれているのもその所以でしょう。

中でも家康は、信長と清洲同盟を結び、五大老として豊臣政権に参加し、関ヶ原の戦いで勝利したのちに江戸幕府を開きました。まさに戦国時代を総括する人物であり、江戸時代の日本の基盤を作った、日本史の最重要人物の一人に違いありません。

「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」。家康の粘り強さを謳ったとされるこの句が示すように、75歳まで生きた彼は、当時としてかなり長生きでした。数多くの出来事を経験した彼の濃ゆい人生すべてを一つの物語に収めるのは、ほぼ不可能です。

家康が大河の主役に初めて選ばれたのは、滝田栄さん主演の『徳川家康』(1983)。多くのエピソードが描かれた反面、不十分な描写も多かったようです。その後の『葵 徳川三代』(2000)では、息子・秀忠の視点で家康の晩年が語られました。彼の人生の切り取り方に、各作品の特徴が表れているのです。

30年ぶりに家康を主人公にした『どうする家康』の脚本を務めるのは、コメディドラマに定評がある古沢良太さん。2023年は今作に加え、東映70周年記念作品『レジェンド&バタフライ』(2023)と『映画ドラえもん のび太と空の理想郷』(2023)を手掛け、大活躍の一年と言えます。

前作『鎌倉殿の13人』(2022)の最終話で、若き主君・松平元康は『吾妻鏡』を無邪気に読んでいた。桶狭間の戦いを皮切りに、信長や秀吉ら様々な大名に屈しながらも生き永らえ、晩年で漸く天下人・徳川家康になるまでが、一年をかけて描かれます。

徳川家康と聞いて、ズル賢く立ち回って天下を手にした「狸」をイメージする人は少なくないでしょう。ドラマの構成を考えるにしても、桶狭間の戦いや小牧・長久手の戦い、関ヶ原の戦いといった、彼が勝利した派手な合戦シーンを主軸にするのが、王道パターンと考えられます。

それらとは対照的に本作は、彼の失敗や苦難に焦点を当てています。「白兎」と呼ばれる今回の家康は、第1話では家臣を置き去りにして戦場から逃げ出した。家臣に見限られた途端に主君の座から降ろされる当時の価値観と照らし合わせると、非現実的な展開ではありました。

ただし古沢さんは、「誰もが共感しうる現代的なヒーロー」にして「ナイーブで頼りないプリンス」を書いていく、と語っています(※1)。英雄とされる偉人の男性性を解体する歴史ドラマの現代的な潮流を踏まえた、斬新な家康像は新鮮に映りました。

※1:番組紹介 | 大河ドラマ「どうする家康」 – NHKより引用

史実と創作の擦り合わせ

古沢脚本の特徴といえば、物事の真相を明かす際に、「実は裏でこんなことがありました」と後出しで説明する点。『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(2020)『コンフィデンスマンJP 英雄編』(2022)は、その作家性を凄腕の信用詐欺師という題材に巧みに活かしていました。

史実が存在する歴史ドラマは、創作した歴史観や人物像と照らし合わせつつ、史実の裏をかくのが醍醐味の一つでしょう。ですが今作は史実との擦り合わせよりも、『リーガル・ハイ』(2012)のように視聴者を騙し、驚かせる話作りを重視していると感じられます。

ドラマ全体を考えれば、メインキャラ以外のストーリーも必要不可欠。それをメインストーリーに繋げるため、事前に伏線を張っておくのが通例です。しかしこのドラマでは、ほぼ前触れのない創作話で種明かしが行われるため、そのたびに作品世界への没入感が削がれました。

ある登場人物のクライマックス回で、知られざる過去を描く回想シーンによって、その人物を掘り下げています。そのため、これからこのキャラの身に何か起こる、と容易に推測できます。語り口のテンポが悪いうえに、後出しジャンケン感が拭えない演出でした。

そうした作風を象徴するエピソードが、甲本雅裕さん演じる徳川家家臣・夏目広次にまつわる第18話。三方ヶ原の戦いで浜松城の留守を任されていた彼が、家康の具足を身に着けることで、自ら囮となって討ち死にする。

物語序盤から彼は、ずっと家康に名前を間違われていた。夏目の元の名前を遂に思い出した家康。その理由が語られてからの二人の今生の別れは、確かに感動させられる展開でした。それと同時に、古沢作品特有のクセが如実に表れていた場面でもあると思いました。

また本作の語り部は、家康を「神の君」と崇め、劇中の行動を美化して語っています。その正体は後に3代将軍になる家光の乳母・春日局だった、と最終話で明かされます。長く引っ張っている伏線でありながら、想定内だったので全く驚きはなく、想像の範囲を超えない種明かしでした。

さらなる古沢脚本の特徴として、登場人物の内面を描くというよりも、展開を加えていくことにより登場人物を動かす点が挙げられます。『エイプリルフールズ』(2015)で顕著だった傾向でしたが、キャラに感情移入するいたるまでの人物描写が出来ていないように見受けられました。

劇伴に関しても、感動を誘う場面ほど大仰な使い方をしていて冷めました。加えて、各話の出来事が連続していないオムニバスのような印象を抱きましたが、エピソードが膨大にある家康ゆえに仕方ない部分なのかもしれません。

新解釈・戦国史

上述のとおり今回の大河は、オリジナルエピソードを大胆に盛り込んでいます。家康の側室・お葉が同性愛者だった、というLGBTQを取り入れた第10話。あるいは架空の侍女・阿月を唐突に登場させ、彼女の活躍に一話まるごと割いた『走れメロス』的な第14話が印象的でした。

その最たるものが、物語前半を締め括る重要事件「築山殿・松平信康事件」。築山殿こと家康の正室・瀬名ですが、実際の彼女の死については、武田家との密通説や信長の娘・五徳との不仲説など諸説あります。ゆえに彼女は悪女と言われているものの、その真偽は不明です。

今作では、それらの説とは異なる斬新な築山殿・松平信康事件が描かれます。おそらく彼女への悪女イメージから脱却したかったのでしょう。しかしながら今回の瀬名は心が清らかで、聖母のような存在であり、半ば神格化されていました。

戦のない慈愛の国を作るため、内密で「東国共栄圏」を画策していた瀬名。正直この構想は、当時として現実離れした絵空事でしかありません。しかもその構想に家臣全員が乗っかっており、史実とは無関係のオリジナルストーリーにしか思えませんでした。

もちろん有村架純さんの演技は良かったです。また優しい心を持ちながらも戦を重ねるにつれて精神が疲弊していく息子・松平信康を演じる細田佳央太さんも、彼の豹変ぶりと衰弱ぶりを見事に体現していました。

この事件にも関わる道化師的な存在の千代にも違和感を抱きました。武田家の間者として諸国をかき乱し、築山殿事件以後も生き延び、徳川家家臣・鳥居元忠の後妻になる。古川琴音さんの振る舞いは魅力的でしたが、さすがに一人のキャラを便利に使い過ぎていると感じました。

歴史ドラマにおいて、女性の社会的活躍や性的な多様性といった現代の価値観を取り入れることは、創作として重要な要素だと思います。それ自体を否定しているわけでは全くありません。

しかし本作には、創作話をあり得たかもしれない仮説として納得させるための描写が不足しており、その不自然さが浮き彫りになってしまっていました。特に前半はその傾向が顕著で、ドラマとして面白さを欠いていた気がしました。

ただしそれは物語が後半に突入すると緩和され、本能寺の変における家康による信長暗殺計画や、石川数正出奔の真相、家康が豊臣政権に参加する経緯など、最新学説を含めた複数の説を掛け合わせていて面白かったです。

ラスボス・茶々までの道のり

主人公の家康に多大な影響を及ぼした人物こそ、天下人・織田信長です。今回の信長は、「狼」に例えられるほど冷徹非情なサディストに設定されており、岡田准一さんがその強者感に圧倒的な説得力を持たせていました。

信長を題材にし、同時期に公開された『レジェンド&バタフライ』は、彼の正室・濃姫との恋愛映画でした。同作に登場する家康はヒーローとは程遠い見た目であり、両作品を比較すると、同じ脚本家でもアプローチ次第で描き方が異なるのが分かります。

一方、濃姫が一切出てこない今作の信長は、自分に立ち向かってくる家康を認めていました。いわば、信長と家康の友情ドラマ。戦国時代の武将の間に友情があったとしても、それを行動原理にするとは思えず、現代的な価値観を無理やり落とし込んでいる印象は否めませんでした。

そんな信長に媚び諂っていた「猿」こと豊臣秀吉は、人懐っこく振る舞ったり、真顔で恐喝したり、コロコロと態度を変えるサイコパス。天下人となるも、底知れぬ欲望に執着していた。「人たらし秀吉」のイメージを打ち破るヒール役で、ムロツヨシさんの怪演が素晴らしかったです。

他にもキャラが立っている大名は数多く、阿部寛さんが圧倒的な存在感を放つ武田信玄や、眞栄田郷敦さん演じる後継者の勝頼、野村萬斎さん演じる今川義元や、浜野謙太さん演じる信長の次男・信雄など、戦国時代ならではの個性派ぞろいでした。真っ直ぐすぎる故に家康と道を違えてしまった、中村七之助さん演じる石田三成も良かった。

中でも特筆すべきは、物語前半で信長の妹・お市を演じた北川景子さんが一人二役で演じた、本作のラスボス・茶々。お市を家康の初恋の相手として描いていたのも、その娘である茶々が彼の敵に変貌していくのを想定していたのでしょうし、面白い仕掛けに思いました。

茶々は家康に憧れていたものの、母への裏切りを知り、それが憎しみに変わったと明かされます。彼女の恨みが人々を動かし、関ヶ原の戦いや大坂の陣へと繋がっていく。物語終盤、彼への復讐に燃える茶々の表情や言動は、震えるほど恐ろしかった。

息子の豊臣秀頼と共に死ぬ覚悟をした彼女は、大坂夏の陣に挑む。その死に際、彼女は「己の夢と野心のために、なりふり構わず力のみを信じて戦い抜く!かつてこの国の荒れ野を駆け巡った者たちは、もう現れまい」と、捨て台詞を吐く。

現代の私たちを「正々堂々と戦うこともせず、万事長きものに巻かれ、人目ばかりを気にし、陰でのみ妬み嘲る、優しくて卑屈なか弱き者達」と嘆いたこの台詞は、このドラマの反戦のメッセージとも合っていない、非常に飲み込みにくいものでした。「茶々は、ようやりました」の一言だけで締めていれば、より感動的だったでしょう。

現代ならではの合戦の迫力

家康に仕える家臣団に関しても、海老すくいでお馴染み酒井忠次を筆頭にした徳川四天王、岡部大さん演じる平岩親吉、松山ケンイチさん演じる「イカサマ師」本多正信と魅力的なキャラばかり。個人的には特に、山田孝之さん演じる服部半蔵がカッコ良かったです。

最終話では彼らが集結する、劇中でたびたび触れられてきた信康の祝言のエピソードが語られます。『レジェンド&バタフライ』を連想させる夢オチは、どうしても二番煎じ感が拭えません。ただし文字通り祝祭感溢れる平和な一日には、感慨深い気持ちにさせられました。

何より素晴らしいのは、主役として少年時代から晩年までを演じ切った松本潤さん。泣き虫の白兎から、目的のために手段を選ばない狸へと変貌していくさまを、見事に表現していました。ヒーロー・家康を描く上での華と、松本さんの人間としてのパワーが画面から溢れていました。

実際のところ、戦国時代の武将たちは皆、自らの野望や家の繁栄のために戦っていた。それが結果的に、戦のない世の中の実現に繋がっていたに過ぎません。しかしながら家康が乱世の亡霊たちを引き連れて亡くなるラストには、反戦のメッセージと2023年に作られる意義が感じられました。

現代ならではの作劇といえば、今作最大の見どころと言える合戦シーン。コロナ禍を経て従来とは異なる制約が課せられている中、大規模な合戦を再現するため、最新のVFX技術を駆使しながらスタジオを中心に撮影が行われました。

この画期的な撮影手法は、ロケでは表現できないような、迫力ある映像や殺陣を実現させました。特に小牧・長久手の戦いや関ヶ原の戦いは、見応えあるアクションシーンに仕上がっていました。

馬のCGしかり、クオリティの観点において不安な部分も多少見受けられました。とはいえこの手法は初の試みであり、近い将来に当たり前に導入されるようになり、クオリティも高まっていくのではないでしょうか。そう考えると、非常に意味がある挑戦だったに違いありません。

そして忘れてはならないのが、『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(2023)などに携わる人物デザインの柘植伊佐夫さんによる衣装。史実を踏まえつつも、画面映えが意識されており、史実と創作を絶妙なバランスで混ぜ合わせたデザインでした。

総じて、面白い部分や強みがはっきりしている分、そうではない部分も目立つ作品でした。それに加え、徳川家康という王道の題材ゆえのハードルの高さや、不幸にも主役の事務所問題が重なった結果、否定的な意見が目立っています。だからこそ良い部分もある、と言いたくなりました。

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最後に

古沢節が炸裂しているので、古沢脚本が好きな方にはぜひ観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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