映画『アイアムアヒーロー』感想:日本ならではのゾンビ映画の誕生

(C)2016 映画「アイアムアヒーロー」製作委員会 (C)2009 花沢健吾/小学館

日本産ゾンビ映画の傑作。
劇場で鑑賞した後の帰り道、怯えながら電車に乗りました。

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作品情報

2009~17年に『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載された同名漫画の実写化。謎の感染症によって一変した世界に生きる男の奮闘を描く。主人公・鈴木英雄を演じるのは大泉洋。有村架純、長澤まさみらが脇を固める。スペインやポルトガルなど複数の国際映画祭で観客賞を受賞した。

原作: 花沢健吾
出演: 大泉洋 / 有村架純 / 長澤まさみ / 吉沢悠 / 岡田義徳 ほか
監督: 佐藤信介
脚本: 野木亜紀子
公開: 2016/04/23 (R15+)
上映時間: 126分

あらすじ

鈴木英雄(大泉洋)35歳。職業:漫画家アシスタント。彼女とは破局寸前。
そんな平凡な毎日が、ある日突然、終わりを告げる…。徹夜仕事を終えアパートに戻った英雄の目に映ったのは、彼女の「異形」の姿。一瞬にして世界は崩壊し、姿を変えて行く。謎の感染によって人々が変貌を遂げた生命体『ZQN(ゾキュン)』で街は溢れ、日本中は感染パニックに陥る。標高の高い場所では感染しないという情報を頼りに富士山に向かう英雄。その道中で出会った女子高生・比呂美(有村架純)と元看護師・藪(長澤まさみ)と共に生き残りを賭けた極限のサバイバルが始まった…。

アイアムアヒーロー – 映画・映像|東宝WEB SITEより引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

原作1巻を踏襲した序盤

漫画家アシスタントをしながら漫画連載を目指す鈴木英雄(35歳)。出版社へ持ち込みに行ってもなかなか振るわない。自分とは対照的に華々しい活躍をする同期が羨ましい。ボロアパートで同棲中の彼女「てっこ」からは、仕事や将来について責め立てられ、肩身の狭い毎日。

そんなダメダメな主人公のうだつの上がらない日々が、作品が始まって15分ほど語られます。ゆったりした平凡な日常がこれからも続いていくのかな。ここまでの展開は英雄だけでなく、観客にもそういった感情を抱かせます。そんな中、この雰囲気を一気にぶち破る場面が訪れます。

世間では高熱を発する感染症が流行していました。熱を出したという彼女からの連絡を受けて帰宅すると、部屋の鍵が締まっていました。物音も一切ありません。郵便受けから中を覗くと見えてきたのは、明らかに人間ではない動きをする彼女。ゾンビと化していた彼女は、呼びかけてくる英雄に襲いかかります。

本作のゾンビは、ZQN(ゾキュン)と呼称されています。冒頭のニュース映像で、未知の感染症が静かに広まっていることが、何度も示唆されていました。

さりげないけど、そこに確かに違和感があることが分かる。そういった描写の積み重ねにより緊張感が持続している中、感染症の正体=ゾンビであることがこの場面で明らかになります。

てっこは、今作で最初に映し出されるZQNです。片瀬那奈さんが演じているとは思えないような、容赦なく恐ろしいビジュアル。手足はあり得ない方向へと曲がり、歯は抜けまくり、全力で噛みつこうとする。「人ならざるもの」への変貌ぶりには、凄まじい迫力と恐怖が感じられました。

ここまで述べた序盤の物語構成は、明らかに原作コミックス1巻を意識していると考えられます。主人公の平凡な日常がひたすら語られる1巻。そのラスト(第11話)で、見開き2ページを使った巨大な一コマで、ZQNに変異したてっこが描かれます。映画に負けず劣らずの、目を背けたくなる気持ち悪さがあります。

ちなみに漫画版ではこのコマより前にもDQNが登場していました。英雄にだけ見えている怪奇現象のように描かれており、一見して現実に存在するとは思えません。そのため読者の中で、そういった描写に潜む違和感をスルーしてしまう人も少なくなかったと思います。しかしこの映画ではオミットされた表現です。

映画版における見事な映像的再構成。脚本を務めた野木亜紀子さんの技量が大きいのではないでしょうか。『俺物語!!』(2015)や後に手掛ける『罪の声』(2020)からも、原作のエッセンスを取捨選択して、脚本に落とし込むことに長けた作家であることが伺えます。

『罪の声』では、小説の膨大なエピソードを上映時間に収めるため、物語後半で事件の解明をする役割を阿久津から彼の同僚に変えています。それにより話の焦点が、声の主の人生へと徐々に変化していきます。

現代日本で失墜したマスキュリニティ

街に出現するZQNから逃げる中で出会った早狩比呂美。彼女とともに向かった富士山の麓にあるアウトレットモールに舞台は移ります。そこでは生き残った人間たちが、防衛網を張りながら屋上で籠城生活をしていました。

主に男性がZQNのいる地上に降りて物資を手に入れてくる。それ以外は防衛網の中からゾンビたちの気を引く。というように、コミュニティ内では役割分担がされていました。

戦場に赴く男性たちは威張ってはいるものの、中身の薄っぺらさが滲み出ていました。伝統的な「男性らしさ」にすがっている彼ら。しかしながら全く威厳を感じられない姿を見ると、現代における男性という存在の脆さや希薄さが浮き上がってきます。

加えて本作は、日本を舞台にしていることで、男性らしさの失墜という印象をより強固なものにしています。

海外が舞台であれば、本物の銃を使ってZQNと戦うでしょう。しかし彼らの倉庫にある武器は、普通のナイフ、鉄パイプ、ゴルフのドライバーなど、とてもゾンビを倒せるとは思えない代物ばかり。銃社会ではない国ならではの戦いが描かれることで、彼らの頼りなさが倍増しています。

趣味で射撃用の銃を持っていた英雄ですが、彼にも同じことが言えます。ゾンビが街に溢れかえる異常事態になっても、銃刀法違反になるといって射撃を渋り続けます。個人的には、男性らしさが社会によって押さえつけられていることの象徴のように感じられました。

そんな主人公を演じるのは、大泉洋さん。バラエティ番組から大河ドラマまで活躍の幅が広く「キメるときはキメて、力を抜くときは抜く」という印象を抱いていました。今回の役柄はそのイメージに合致しており、まさにベストキャスティングだと思います。

中盤までずっと押さえつけられていた英雄が、ついに反撃を始めるきっかけとなるシーンがとても印象的です。ロッカーに一人で隠れていると、外にある無線から助けてという声が聞こえてくる。助けに行きたい、でもロッカーの外にはゾンビがいる。

「助けに行こう。ダメだ、こわいよ。」

「それでも行こう。いや、やっぱりこわいよ。」

「今度こそ行こう。ぜったい無理だよ。」

と何度も諦めそうになるのが、人間的で愛おしい。そして、ついにロッカーから出て無線に応える。このシークエンスには、勇気を絞り出すことがいかに難しいかが表現されていました。

「俺が君を守る!」彼が描いた漫画にも登場したシンプルだけどクサい台詞。覚悟を決めたからこそ比呂美に言えたその台詞からは彼の成長を感じられ、否応にもテンションが上がってしまいました。

ゾンビアクション大盤振る舞い

ここまで述べた物語的な面白さがあるだけでなく、本作はゾンビアクションとしての映像自体がとても魅力的です。

まずZQNの造形が気持ち悪い。鈍器などで頭をへこませるだけでは倒すことができず、完全に頭をつぶす必要があります。ゆえに序盤から大量の血しぶきが弾け飛びますし、人体破壊的な場面もあります。グロ描写が苦手な人でなければ、楽しめる爽快さがあります。

ただし終盤に登場する、とあるZQNが自身の両目に指を突っ込むカットは、嫌悪感のほうが勝って見てられませんでした。

「ZQNは過去の記憶に生きてる」ため、発する言葉や行動はそれぞれで異なります。生前の記憶に基づいた個体差があるゾンビは新鮮で、「ゾンビになったりみんな一緒」という勝手に抱いていたイメージが覆されました。

今作の監督は、佐藤信介さん。実写映画『GANTZ』や『図書館戦争』シリーズを監督し、後に『キングダム』(2019)も手掛けています。いくつものアクション大作に携わった経験ゆえの、巧みな演出が随所に見られます。

作品序盤、やっとの思いでZQN化したてっこを退治することに成功した英雄。アパートを後にすると、ゾンビ被害がどんどん目に入ってくる。感染が爆発的に広がっていく様子をワンカットで映していきます

パンデミックの恐ろしさがスピード感とともに伝わってくる、この映画の白眉と言えます。そして長回しから流れるようにカーアクションに移行するのも本当に楽しい。

クライマックスのバトルは、双方を敵に挟まれた閉じた空間で行われました。全員倒さないとここから出られない。絶望感が漂う中で、自身の銃を取り戻した英雄は、次々とゾンビを撃っていきます。このシーンも、ZQNそれぞれの個性が感じられるため、観客を飽きさせない映像になっています。

全員倒したかと思いきや、最後に高跳び選手のZQNがやってきます。まさかラスボス戦まで用意されているとは。最後までアクションたっぷりでした。

命からがら車に乗ってモールを脱出する英雄たち。ずっと「英雄(えいゆう)と書いて英雄です」と自己紹介していた英雄が、「ただの英雄です」と名乗るラスト。彼の成長と決心が表現された素晴らしい伏線回収で幕を締めています。

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最後に

邦画でこれほどまでに恐ろしいゾンビものが作れることに感動しました。邦画をナメている人にこそ観ていただきたい傑作です。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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