『日本沈没-希望のひと-』感想:日曜劇場版「シン・ゴジラ」の是非

(C)小松左京 (C)TBS

SDGsがいかに重要な目標か。それが分かる作品です。

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作品情報

1973年に発表された小松左京によるSF小説『日本沈没』を原作とした実写ドラマ。国土の沈没が予測されるなか、日本人生存のために奔走する者たちがいた。小栗旬を主演に迎え、『映画 ビリギャル』の橋本裕志が脚本を担当。TBS「日曜劇場」枠での放送に加え、Netflixで同時配信を行った。

原作: 小松左京
出演: 小栗旬 / 松山ケンイチ / 杏 / 仲村トオル / 香川照之 ほか
演出: 平野俊一 / 土井裕泰 / 宮崎陽平
脚本: 橋本裕志
放送期間: 2021/10/10 – 12/12
話数: 9話

あらすじ

どんな状況でも、あきらめない人がいる。
周囲の意見に惑わされず、信念を貫く人がいる。
私たちは信じている。
この国には、そんな熱のある人が残っていると。
国民を守るためにあらゆる手を使い、
戦い続ける勇気のある人がいると。
これは、国家の危機に瀕してもなお、
一筋の希望の光を見出すために奮闘する人たちの物語である。

はじめに|TBSテレビ:日曜劇場『日本沈没ー希望のひとー』より引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

繰り返されるリメイク

「日本列島が、海の底に沈む。」

衝撃的な内容が描かれたSF小説『日本沈没』は、空前のベストセラーとなりました。1973年に発表されてから現在まで、映画やテレビドラマ、ラジオドラマ、アニメなど色々な媒体で映像化がされています。

初めに過去に製作された映像作品について、少し触れさせていただきます。

森谷司郎さんが監督し、藤岡弘さんや丹波哲郎さんら豪華キャストが出演しています。地球物理学者と潜水艇の操艇者、総理大臣。その三人の異なる人物の視点から、未曾有の大災害を目前にした日本人がどのような行動をとるのかが描かれました。

小説の企画と並行して製作が進められたこの映画は、原作のストーリーに対して比較的忠実に映像化されました。1970年代だからこそ可能だった大掛かりな撮影や、特撮によるディザスター演出が特徴的です。

  • 1974~75年放送のテレビドラマ『日本沈没』

半年間にわたって放送され、大規模な予算で製作された大作。村野武範さんや由美かおるさんなど、これまた豪華俳優陣が共演しています。原作にはない展開が大幅に追加されているものの、話の結末=日本列島がどういった末路を辿るのかに関しては、先の映画版と一致していました。

  • 2006年公開の映画『日本沈没』

主役を草彅剛さんが演じ、樋口真嗣さんが監督した2度目の映画化。田所博士や小野寺といった主要人物は原作から引き継ぎつつも、主人公とヒロインの恋愛模様が色濃くなっているのが印象的です。1970年代の2作品とは違う結末を迎えるのも、大きな特徴でした。

監督を湯浅政明さんを務めたアニメ化は、「日本列島が沈没すること」以外のほとんどが原作から変更されています。とある4人家族をメインキャラに据え、巨大災害に翻弄される市井の人々の様子が語られました。画期的で挑戦的な脚本には、否定的な意見も多く寄せられました。

今作はここまで挙げた作品の系譜をひいています。アニメ版の記憶も新しい中で発表された2度目のテレビドラマ化。こちらも登場人物は田所博士を除いて一新しており、ストーリーもほぼオリジナルと言い切れます。

主人公は、環境省の官僚・天海啓示。日本沈没の対策本部である「日本未来推進会議」に彼は所属しています。未来推進会議のメンバーが、国民生存の道を模索し、奔走する様子が物語の主軸となっています。

『シン・ゴジラ』との符合

2021年の現代は、小説が発表されたおよそ半世紀前から様々なものが変化しています。巨大地震がより身近なものと考えられるようになったり、リーダーの存在が希薄になっていたり。そういった世の中で、いかに未来への希望を見出していくか、がこのドラマのテーマとなっています。

2016年に実写映画『シン・ゴジラ』が公開されました。庵野秀明監督・脚本により製作され、大ヒットを記録。ゴジラ襲来という前代未聞の事態に対して、人々が敢然と立ち向かうさまが、庵野監督特有のタッチによって描かれました。

『日本沈没』の内容と一致する部分があるこの映画。「未曾有の事態が起きたとき、日本人はどうするのか」 というテーマが重なります。芯の強いキャラクターの言動からは、日本人のしぶとさや力強さを感じ取れます。鑑賞中に登場人物を応援したくなるほどでしょう。

つまりそもそも『シン・ゴジラ』自体が、原作小説と似た物語であることが分かります。

しかし今回のドラマ版『日本沈没-希望のひと-』には、そのどちらとも異なる要素がいくつも盛り込まれています。

まずは大筋のストーリーについて。登場人物が一致団結して大災害に向き合う。そこには大きな仲間割れなどは存在せず、全員が同じ目標を向いている。そんな姿が原作小説や『シン・ゴジラ』では印象的に映ります。

それらとは対照的な今作。グループ内の仲間割れによって、対策が遅れたり、主人公の行動が縛られたりする。確かに、いかにも「ありそう」な人間の言動ではあります。とはいえ話のテンポが悪いのも相まって「もう小競り合いは止めて、次に進んでくれ」と思う場面が多々見られました。

続いてテロップについて。このドラマ版には、庵野監督的な意匠が散見されます。特筆すべきは、明朝体のテロップ。元々は市川崑作品に由来していますが、『エヴァンゲリオン』をはじめとして「庵野監督=明朝体」の印象を抱く方は多いのではないでしょうか。

本作にも同じフォントが使用されているものの、用法は大きく異なります。庵野作品では、すぐには理解できないほど、過剰で詳細な専門用語が表記されていました。書かれている言葉に意味を持たせているのではなく、作品の世界観の説得力を強める役割で用いられてるのです。

対照的に今回のドラマでは、ただ単に人物や場所を示すテロップの役割として明朝体が使われています。しかも最終話に至るまで毎話、各キャラの名前を説明してくれました。『シン・ゴジラ』のガワだけを切り取った、くどい演出にしか思えません。

そして会議シーンについて。本作には全体を通して、主人公が属する未来推進会議での議論を映した場面が多くあります。そこで繰り広げられる議論は、根性論ともとれるような、感情ベースの会話です。

各界の専門用語を交えた具体的な議論や、細かい政策の過程はほとんど語られません。そのため「なんか無理そうだけど、実際やってみたらなんとかなった」感が凄いです。正直に言って、全く現実味を感じられませんでした。

『シン・ゴジラ』では、そのような会議シーンのリアリティが突き詰められています。専門用語だらけの会話が矢継ぎ早に交わされ、観客を半ば置き去りにしました。だからこそ作品世界の信憑性が高まっています。先述のテロップと同じく、こうした良い部分を真似していないのが残念でした。

日曜劇場との食い合わせ

先ほど本作に関して、グループ内の仲間割れが脚本に組み込まれている点も指摘しました。これは『半沢直樹』(2013)から始まった「日曜劇場らしさ」の象徴と言えます。

普通の会社員が上司や企業の不条理に抗う、という話が特徴的な池井戸潤作品。ストーリーの爽快感や、スピーディーなテンポ感、演者の圧倒的な演技力によって、『半沢~』は視聴者をグイグイと引き込んでいきました。

ルーズヴェルトゲーム』(2014)などいくつもの映像化を経て、これらの特徴はやがて「日曜劇場」全体の特色となっていきました。そうして現在民法ドラマの最高峰である「日曜劇場」ブランドが確立されました。

しかしながらブランドの特色が、作風にマイナスな影響を与えているのも、また事実だと思っています。元々「不条理との戦い」的なストーリーが魅力ではなかった作品に関しても、同じ色に染め上げてしまうからです。

その一つの例として挙げられるのが『ドラゴン桜』(2021)。2005年に放送されたドラマの続編です。偏差値最低の高校生たちが、圧倒的な指導者との出会いをきっかけに、東大への現役合格に向けて努力する。この内容やキャストの好演が魅力的だった2005年版は、ヒットを飛ばしました。

10数年以上の時を経て、「日曜劇場」枠にて製作された続編。前作同様の高校生たちのサクセスストーリーに加えて、学園の存続危機の問題がもう一つの軸として用意されていました。高校生たちの青春物語を遮る不要な要素にしか感じられませんでした。

さて『日本沈没』に話を戻すと、今作でもそういった「日曜劇場」的な傾向が確かに見受けられます。

全部で9話あるこのドラマは、前後編に分けられます。第一章(第1~5話)は関東沈没篇、第二章(第6~9話)は日本沈没篇となっています。第9話は約2時間あるので、2話分の長さです。

海底資源採掘事業「COMS」を推し進める東山内閣。そこに警鐘を鳴らす田所博士は、関東沈没を提唱する。地球物理学の最高権威・世良教授は、田所博士の説を真っ向から否定。しかし彼は説を裏付ける証拠を隠蔽していたのだった。

改ざん前のデータを入手した天海は、自身に謹慎を命じてきた世良に「倍返し」をする。自分の信念を貫きつつ、それを叶えるためには権力さえも利用する姿は、『半沢~』を彷彿とさせます。

遅くとも一年以内に関東沈没が始まる。この事実を公表すると国民の混乱は免れないため、即座の開示を控える未来推進会議。一方、天海は一刻も早く知らせるべきと訴える。その最中でスキャンダル記事が出たことで、その事実を知った国民。政府による避難が進められる間に、関東沿岸部が沈没を開始した。

世良教授のデータ改ざんや、田所説を全く信じない里城副総理による各所への根回し。悪人の不正であったり、政治家同士の対立であったり、様々ないざこざによって物語は終始ゆっくりと進行します。人命のために動く主人公の行動に、事あるごとに邪魔が入るため、テンポが悪く感じられました。

原作小説のカギとなっていたのは、日本人が流浪の民になる、といった思考実験。つまり「住んでいる国土が沈むとき、そこに住む人々はどうするのか」です。なので今回付け加えられた「日曜劇場らしさ」が、蛇足にしか思えませんでした。

コロナ禍ならではの『日本沈没』

第二章では関東沈没を経験した国民の前に、それを超える規模のカタストロフィが立ちはだかります。関東の復興が進められる中、田所は日本列島全土の沈没の可能性を示唆。その情報が明るみになれば、円が暴落する。経済を重んじる里城副総理と、人命を優先する東山総理は対立した。

周囲の説得を聞き入れ、里城はようやく田所説を受け入れる。またこれまで不正な取引を行っていた長沼官房長官が退場し、日系企業の移転を条件とした諸外国との移民交渉が本格的に始まる。

順調に移民を進める政府に、次々と試練が襲い掛かる。アメリカ・中国との交渉の難航。総理を狙った爆破テロ。さらにはルビー感染症の世界的流行。政府や官僚が団結して、国難に立ち向かう終盤の展開にはテンションが上がるし、彼らを応援したくなりました。

世良教授は、田所ともに調査を行うことになります。研究の楽しみと意義を再認識しつつも、自身が起こした罪への後ろめたさを感じていました。最終的には身をもって、総理をテロの爆破から守るのでした。悪人を悪人で終わらせない脚本には、感動しました。

しかし長い間、沈没に対する対策を邪魔してきた副総理に対しては、何のお咎めもなかったため、観ていてモヤモヤが残りました。

最終話、ついに沈没が開始する。鉄塔が崩れ、地面が裂け、富士山が噴火する地獄絵図。ただし完全には沈まず、負荷がかかったプレートが遮断されたことで、北海道と九州の一部のみが残った。間一髪で本土を離れた天海は、自身が提唱した「ジャパンタウン構想」の実現を目指す。

本作で日本列島が沈没する原因は、地球温暖化。地球の変化は、人間が活動してきた長い歴史の中で、積み重なった結果でしかありません。要するに、人間のせい。環境の保全は大切だよね、との未来への警鐘を鳴らした、SDGsが叫ばれる時世を非常に反映した内容です。

「国を揺るがす一大事が起こったとしても、必ず希望はある」とのメッセージが込められているようにも思われます。

劇中で最初の「国を揺るがす一大事」だった関東沈没。大都市で発生する震災は、阪神・淡路大震災や東日本大震災を暗示しているようです。1970年代にはすっかり過去のものとなっていた都市部での災害。その悲惨さや対策の緊急性、復興の大変さが明白になりました。

そしてその先に起こるルビー感染症の流行は、2020年から世界的に蔓延した新型コロナウイルスを想起させます。変異株やワクチンといったタイムリーな単語も出てきて、より身近に感じられる人も多いでしょう。

コロナ禍では価値観の違いにより人々が分断され、一つに団結することの難しさが浮き彫りになりました。だからこそ地球温暖化という全員が抱える問題に、当事者意識をもって取り組むことの重要性が表現されている結末と考えられます。

時代を越えて幾度もリメイクされてきた「日本沈没」。『日本沈没-希望のひと-』は現代だからこそ作られた物語であり、現実の出来事を如実に反映した内容に仕上がっています。今作のメッセージは、最終話で交わされる、天海と田所の会話に象徴されていました。

「温暖化の被災国である日本の一人として、地球の危機を世界に訴えていかなければならない。」

「止められるのは今しかないぞ。それができなければ間違いなく、地球は終わる。そのカウントダウンはもう、始まっている。」

「分かっています。その未来は、僕ら一人一人の手にかかっている。」

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最後に

新型コロナウイルスやSDGsを彷彿とさせ、いま語られる意義がある作品であることには違いありません。ただ同時に、日曜劇場ブランドのマイナス面が露呈しているようでもありました。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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