『クレイジークルーズ』感想:世界市場ならではの世界観の模索

(C)2023 Netflix

次回作が楽しみ。

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作品情報

脚本家・坂元裕二とNetflixが手を組んだ初の配信映画。豪華クルーズ船のバトラーが、船上で起きた殺人事件の解明に動き出す。ダブル主演を務める吉沢亮と宮﨑あおいをはじめとした豪華俳優が共演し、長編映画初監督である瀧悠輔が監督を務めた。

出演: 吉沢亮 / 宮﨑あおい / 吉田羊 / 高岡早紀 / 安田顕 ほか
監督: 瀧悠輔
脚本: 坂元裕二
配信: 2023/11/16
上映時間: 127分

あらすじ

船上で不可解な殺人事件が発生し、バトラーとひとりの乗客はその謎の解明に乗り出すが…。エーゲ海に向かう豪華クルーズ船を舞台に、ロマンスとミステリー、大騒ぎが繰り広げられる。

クレイジークルーズ | Netflix (ネットフリックス) 公式サイトより引用
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レビュー

このレビューは『クレイジークルーズ』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

巨大資本が作り出すゴージャス感

第76回カンヌ国際映画祭の脚本賞に輝いた映画『怪物』(2023)も記憶に新しい脚本家・坂元裕二さん。1990年代から現在にいたるまで様々な人気作品を生み出しており、実力と人気を兼ね備えた、現代の日本を代表する脚本家の一人と言えます。

2023年6月、Netflixは坂元さんとの5年契約を発表しました。内容は「新作シリーズ・映画を複数製作し、独占配信していく」というもの(※1)。これまでNetflixは、ノア・バームバックやデヴィッド・フィンチャーとも独占契約を締結しており、その流れにある契約だと考えられます。

※1:脚本家・坂元裕二、Netflixと5年契約を締結! 新作映画『クレイジークルーズ』場面写真解禁 – About Netflixより引用

その1作目として、映画『クレイジークルーズ』は製作されました。舞台は、エーゲ海へと向かう豪華クルーズ船「MSCベリッシマ」。バトラーの主人公・冲方優は、横浜港で恋人と会う予定だった。しかしその約束を当日にドタキャンされるところから物語は始まる。

出港してまもなく、船上で殺人事件が発生する。プールに浮かぶ死体を目撃した冲方が、横浜から乗船した乗客・盤若千弦とともに事件を解明していく、というのが大まかなストーリー。近年の坂元作品とは異なり、ミステリーとラブコメの要素が詰め込まれたストレートなエンタメ作品です。

監督を務めるのは、テレビドラマの演出を手掛ける瀧悠輔さん。長編映画監督としては今作がデビュー作にあたると思われます。坂元さんとは過去に、『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021)の第5話と第9話でタッグを組んでいました。

他のスタッフからしても、『THE DAYS』(2023)や『離婚しようよ』(2023)などのNetflixオリジナルドラマと同様に、テレビドラマ寄りの布陣なのが分かります。

ただし4860人もの乗客が乗り込む巨大クルーズ船を舞台にした本作のスケール感は、間違いなくNetflixの莫大な資本ならでは。瀧監督曰く「イタリアまで実際の豪華客船にロケハンに行って」おり、「入港してくる船の中で撮影をすべく動いてはいた」のだそう(※2)。

※2:『クレイジークルーズ』メイキング映像 – 吉沢亮、宮﨑あおい、坂元裕二、瀧悠輔監督が語る制作秘話 – Netflix – YouTubeより引用

しかしながらコロナウイルスの影響で、船が日本に来れなくなったため、VFXチームがスキャンしていたデータを基に、大規模なオープンセットが作られました。見事に作り上げられたゴージャスな美術は、この映画の大きな見どころです。

またハイブランド衣装のスタイリングが、脇役まで徹底されているのも特徴的。担当したBabymixさんは、「2次元と3次元の間のセレブリティ」に挑んだ、と語っています(※2)。まさに浮世離れした華々しいパーティシーンには、他の日本映画とは一線を画すリッチさが感じられました。

豪華俳優扮する嫌なヤツら

冲方や盤若が目撃した死体の身元は、長谷川初範さん演じる「医療界のゴッドファーザー」こと久留間宗平。彼は安田顕さん演じる息子の道彦や、高岡早紀さん演じるその妻・美咲らとともに、クルーズ船での家族旅行を楽しんでいた。

死体発見の場面から程なくして、この夫婦が父・宗平に対して明確に殺意を抱いていたことが明らかになります。終盤にいたるまで、彼らが犯人という雰囲気のまま話は進んでいきます。とはいえ、ミステリーを銘打っている今作。真犯人が別に存在するのは容易に想像できるでしょう。

事件解決の鍵を握るのが、冲方と一緒に殺人現場を目撃した乗客たち。映画プロデューサーの保里川藍那と若手俳優の井吹真太郎、元ヤクザの湯沢龍輝、その恋人である萩原汐里の4人は、死体を見ていない、と口裏を合わせて嘘をつく。その理由は、自分たちがクルーズを楽しむためだった。

常に利己的に行動し、傍若無人な態度をとり続ける4人。中でも保里川は、劇中に初めて登場するクレームの場面をはじめ、最初から最後までイライラさせられました。演じている菊地凛子さんの怪演は、間違いなく見どころです。他のキャラにも有名な俳優が多くキャスティングされており、一般的なテレビドラマとは異なるスケールの大きさを感じさせます。

4人以外に関しても、劇中の乗客は自分勝手で、揃いも揃って嫌なヤツばかり。盤若の台詞「この世で最も愚かな人間、それは店員さんに偉そうな人です。」には、共感しかありません。加えて吉田羊さん演じる船長の矢淵初美も、テレビ番組の密着取材に夢中で、図らずも事件解決の障壁になっていました。

そうしたわがままな人々が集うクルーズ船の中で、冲方はバトラーとして「申し訳ございません」を繰り返す。極端に丁寧な接客態度が面白く、主演を務める吉沢亮さんの強い存在感と豊かな表情が、この映画の大きな魅力になっていると思いました。

また久留間家の家政婦の子供・佐久本奏翔が、重要な立ち位置に置かれていました。彼は冲方に「敬語はやめろ。それでいい。」「子供扱いはよせ。」などと上から目線で話しかける。いかにも「言わされている」感があり、嘘っぽいだけでなく、大人に嫌味を言う子供にしか見えませんでした。

『Mother』(2010)や『Woman』(2013)といった他の坂元作品では子供の描写が丁寧だったので、本作の演出が余計に強く印象に残ったのかもしれません。演じている潤浩さん自体は全く悪くなく、この演出の差は監督の手腕と言わざるを得ないでしょう。

らしくないラブストーリー

物語が終盤になると、主要人物が一同に会して事件の解明が行われる。そんな中、ふんわりと真犯人がやってくる。その正体は、電気を操るマジシャンのエドワード江戸。映画自体には序盤からたびたび登場していたものの、話の本筋には絡んでいませんでした。

久留間宗平に対して明確に恨みを抱いていたエドワード。臓器移植を必要としていた恋人の手術を、他の患者の命を優先させた宗平の手によって、故意に失敗させられた過去が、回想で語られていました。

振り返れば確かに伏線は張られており、ハッとさせられる部分はありました。しかし彼は、なぜか唐突に自首したのです。その種明かしの仕方があっさり過ぎて、肩透かしを食らった気分になりました。

つまり今作を観終わると、ミステリーよりもラブストーリーに比重を置いているのが分かります。冲方が盤若と初めて出会った際、つまずいて転びそうになった彼女を抱き締める。その場面をスローにしており、運命的な雰囲気を出そうとしていますが、わざとらしさが目立っていました。

それ以降、二人が惹かれていく様子は劇中でほとんど描かれません。特に千弦は元の恋人への未練が強かったにもかかわらず、急に冲方と相思相愛な雰囲気に変わっていました。彼らの言動も含め終始感情移入ができず、そのためラストのやり取りにも乗れないまま、物語は幕を閉じてしまいました。

坂元脚本の特徴といえば、物事の本質を鋭利に捉えつつ、詩的な喩えを用いた独特な台詞回し。「ご飯炊けたと炊けかけは違います。炊けかけじゃ食べれません。恋愛はご飯ではありません。」など、本作の台詞の節々にも坂元イズムが宿っており、坂元作品を観ている感覚にはなります。

しかしこれまで坂元作品は、男女の恋愛模様を繊細に描いてきました。ドラマ『カルテット』(2017)しかり、『花束みたいな恋をした』(2021)しかり。なので今回の描写不足には首をかしげざるを得ませんでした。

「リアル」な現代日本ではなく、「テレビドラマの制作環境も含め世の中があまりにも「清貧」みたいな方向になっているので、その抵抗として少しでも煌びやかな世界を書いてみたい」と語っている坂元さん(※3)。過去作とは異なる作り方にチャレンジしているとはいえ、全体的な消化不良感は否めませんでした。

※3:映画『クレイジークルーズ』脚本家・坂元裕二 インタビュー – About Netflixより

先述した偉そうな乗客たちは、意図的に嫌な人間として描かれています。そのため観客としては彼らに痛い目を見てほしかったのですが、何の制裁もないまま話は終わりました。これほど溜飲が下がらない幕引きもまた、新鮮なつくりと言えるのではないでしょうか。

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最後に

今回の契約の期間は、5年にわたります。長い目で新作を待ちつつ、気が向いたらこの映画を観てみるのも良いのではないでしょうか。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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