『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』感想:多元宇宙が見せる無限の自分の可能性

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やさしくなりたい。

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作品情報

ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートの監督コンビ「ダニエルズ」の最新作。平凡な主婦がマルチバースにいる別の自分の力を使って、強大な敵に立ち向かう。第95回アカデミー賞では、作品賞や監督賞など7部門を受賞した。日本での通称は「エブエブ」。

原題: Everything Everywhere All at Once
出演: ミシェル・ヨー / キー・ホイ・クァン / ジェイミー・リー・カーティス / ステファニー・スー ほか
監督: ダニエル・クワン / ダニエル・シャイナート
脚本: ダニエル・クワン / ダニエル・シャイナート
日本公開: 2023/03/03
上映時間: 139分

あらすじ

経営するコインランドリーの税金問題、父親の介護に反抗期の娘、優しいだけで頼りにならない夫と、
盛りだくさんのトラブルを抱えたエヴリン。そんな中、夫に乗り移った“別の宇宙の夫”から、
「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と世界の命運を託される。
まさかと驚くエヴリンだが、悪の手先に襲われマルチバースにジャンプ!
カンフーの達人の“別の宇宙のエヴリン”の力を得て、闘いに挑むのだが、
なんと、巨悪の正体は娘のジョイだった…!

ABOUT THE MOVIE|映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』公式サイトより引用
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レビュー

このレビューは『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

新鮮なマルチバース設定

第95回アカデミー賞で7冠に輝いた「エブエブ」こと、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。作品賞や監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、脚本賞の主要6部門に加え、編集賞を受賞した席巻ぶりからして、間違いなく今年を象徴する作品でしょう。

配給を担うA24は、同じく作品賞を受賞した『ムーンライト』(2016)や、狂気の祝祭『ミッドサマー』(2019)といった話題作や、今作を監督する「ダニエルズ」の前作『スイス・アーミー・マン』(2016)も配給してきました。同作に引き続き、今回も二人のエッジの効いた作風が炸裂しています。

中年女性のエヴリン・ワンは、夫のウェイモンドと開業したコインランドリーの仕事や、子育て、父親の介護に日々追われている。その忙しさゆえ、ついつい周囲にキツく当たっていた。序盤で描かれる彼女の日常は共感性が高く、誰しも少しは思い当たる部分があるように感じます。

ウェイモンドと父・ゴンゴンとエレベーターに乗っていると、突如として夫の言動が激変。彼によってエヴリンは、頭に機械を装着され、脳内で自身の人生がプレイバックされる。元の温和な性格からの夫の変貌ぶりに笑えるとともに、波瀾万丈な彼女の歩みに涙腺が刺激されました。

彼の別人格は、「別の宇宙」から来ていた。別の宇宙とは、言い換えればパラレルワールド。この宇宙と似て非なる歴史を歩んでいる別の宇宙が、実は数え切れないほど存在する。このような世界観は、俗にマルチバースと呼ばれています。

別の宇宙から来たウェイモンドから、マルチバース全体の命運を託されたエヴリンが、別の宇宙にいる自分の力を駆使して、全ての宇宙を滅ぼそうとする「ジョブ・トゥパキ」と戦っていく、というのが大筋の話。

『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018)や、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)に代表されるMCU「マルチバース・サーガ」など、マルチバースは近年のアメコミ映画の潮流です。つまり近年のアメリカ映画を語る上で欠かせないキーワードでもあるのです。

本作はそうした流行を明らかに踏まえていますが、マルチバースの自分と「出会う」上述した作品とは異なり、マルチバースの自分と「意識を共有し」、彼らの能力を使う点が画期的。マルチバースが観客に既に周知されている時代性を活かした、現代ならではの新鮮な世界観と言えます。

SF色の濃い舞台設定や、アクション的な見せ場がありつつも、基本的にはコメディテイスト。観に行った劇場では、英語ネイティブの方が多かったのもあって、随所で笑いが起こっており、エヴリンの台詞「突っ伏したままで」が最大の爆笑ポイントでした。

下ネタとアクションのつるべ打ち

何よりこの映画を魅力的にしているのは、バラエティ豊かな各宇宙の世界観や、マルチバースの自分と意識を共有するトリガーとなる奇行の数々。観客の理解を待たずして、食い気味に次の展開に移っていくので、カオスの詰め合わせのような印象を抱きました。

例えば、指がホットドッグのソーセージになった宇宙。起源となった類人猿時代の描写や、グニャグニャゆえの愛情表現がバカバカしい。またコインランドリーの客は、リードで愛犬をブンブン振り回して戦いますが、絶対に犬が生きていないのが明らかで、何とも言えない味わいがあります。

別の宇宙との意識の共有は「バース・ジャンプ」と呼ばれ、そのトリガーとなる行動は、その時々の状況に応じて指定されます。指と指の間を紙で切ったり、本気で「愛してる」と言ったり。毎回奇妙な行動が要求されるのですが、その滑稽さが徐々にエスカレートしていくのも面白い。

中でもトロフィーをお尻に入れてバース・ジャンプをした警備員が、強く印象に残っています。下半身を露出しているため、スクリーンにデカデカとモザイクがかけられる始末。笑ってしまったのが悔しいほど、くだらないです。

とはいえ彼とエヴリンの戦闘シーンは、スピード感がありカッコよかった。しょうもない下ネタやグロネタが急に飛び出してはくるものの、今作はアクション映画としても非常に楽しめます。

エヴリン役のミシェル・ヨーさんや、ウェイモンド役のキー・ホイ・クァンさんによるアクションが見事。物語序盤、大勢の敵を前にしたウェイモンドによる、ウエストポーチを使った華麗なヌンチャクアクションには見惚れてしまいました。

ハリウッドスターをはじめ、カンフーの達人、盲目シンガー、看板回しパフォーマー、料理人にいたるまで、マルチバースのエヴリンたちは多様な生き方をしています。それぞれの特技を活かした戦闘が繰り広げられるので、観ていて全く飽きません。

そんな彼女たちは、これまでの人生の分岐点において、他の選択肢を選び取った「もしも」のエヴリンの姿です。

もしもあの時、こうしていれば。もしくは、これをしていなければ。人生はそういった選択の繰り返しであり、その選択の果てに今の自分が形成されています。あり得たかもしれない様々な可能性が、今の自分に力をくれる、という展開がアツい。

しかし同時に、今の自分と「もしも」の自分を比較して、後悔や劣等感を抱いてしまうのも当然。現実に置き換えると、自分自身でないにしろ、元々同じ環境にいた友人や同期と比較して劣等感を抱いた経験がある人は少なくないでしょう。なので非常に共感性が高いテーマに思いました。

断絶した世代間の連帯

この物語では、家族内でのジェネレーションギャップが描かれています。中国語しか話せない移民一世のゴンゴン、中国語とカタコト英語を話す娘・エヴリン、英語しか話せない孫・ジョイ。この人物配置に、三世代の価値観の相違やディスコミュニケーションが表れています。

個人的にはジョイの立場で観ていましたが、なかなか言うことを聞かない娘にイラつくエヴリンにも感情移入する部分が多々ありました。

自身の体型やセクシュアリティに対して、文句を言う母に嫌気が差していたジョイ。彼女はマルチバース全てを観測できる能力を持っており、「もしも」の自分を散々目にしたことで、疲れてしまった。その結果、ジョブ・トゥパキとして各宇宙を破壊し始める。

物語後半、全ての宇宙を観測してしまったエヴリンは、娘と同じように他人に攻撃をする。そして二人は、人類が存在する条件が成立せず、自身が岩になっている宇宙に辿り着く。この場面もまたシュールな面白さがあるのですが、ここで母と娘は、ようやく面と向かって「対話」します。

主演のミシェル・ヨーさんに加え、キー・ホイ・クァンさん、ジェイミー・リー・カーティスさんは、それぞれアカデミー賞を受賞。演技もさることながら、ジェームズ・ホンさん演じるゴンゴン含め、流暢な英語やカタコト英語、中国語を使い分ける言語スキルの高さに感動しました。

さらに注目すべきは、ジョイ役のステファニー・スーさんの七変化ぶり。年頃の生意気な娘と、貫禄ある敵キャラの演じ分けからは、同じ人が演じているようには見えませんでした。

最終的にエヴリンが導き出した結論は、「ここにいる私が最高だし、家族と一緒にいたい」というもの。ジョイと和解し、二人は抱き合います。ウェイモンドも自分に構ってくれない妻に不満を感じていましたが、彼女の心情の変化によりその不満は解消されます。

これ自体、問題の根本的な解決にはいたっていません。もしくは、みんな簡単に仲直りしたように捉えられるかもしれません。しかしながらエヴリンの心情の変化こそ、今後の人生の好転を予感させます。

劇中に出てくる台詞「Be kind(親切にしよう)」は、『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』(2022-23)などとも通じており、コロナ禍以降の世相を反映した創作物の一つの特徴と考えられます。

ここで挙げた以外にも大量の小ネタが盛り込まれており、簡単に全てを理解させてくれない本作。中華料理で喩えると、上海も広東も北京も四川も全部詰め込んだような映画です。原作ものでもシリーズものでもないながら、ここまでエンタメ性とメッセージ性に富んでいる点は評価されるべきではないでしょうか。

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最後に

現代ならではのマルチバース設定、今日的なメッセージ性、そして作品に対する評価。まさに今年を象徴する一本なので、ぜひ観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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