まるでアメコミを読んでいるかのような映像体験。
作品情報
マーベルのヒーロー・スパイダーマン初のCGアニメーション映画。マルチバースに存在するスパイダーマンたちが、力を合わせて敵に立ち向かう。第91回アカデミー賞長編アニメ映画賞や第76回ゴールデングローブ賞アニメ映画賞など多くの賞を獲得。
原題: Spider-Man: Into the Spider-Verse
原作: スタン・リー / スティーブ・ディッコ ほか
出演: シャメイク・ムーア / ジェイク・ジョンソン / ヘイリー・スタインフェルド ほか
監督: ボブ・ペルシケッティ / ピーター・ラムジー / ロドニー・ロスマン
脚本: フィル・ロード / ロドニー・ロスマン
日本公開: 2019/03/08
上映時間: 117分
あらすじ
ニューヨーク・ブルックリン。
INTRODUCTION | 映画『スパイダーマン:スパイダーバース』 | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ | ブルーレイ&DVD&UHD 発売より引用
マイルス・モラレスは、頭脳明晰で名門私立校に通う中学生。
彼はスパイダーマンだ。しかし、その力を未だ上手くコントロール出来ずにいた。
そんなある日、何者かにより時空が歪められる大事故が起こる。
その天地を揺るがす激しい衝撃により、歪められた時空から集められたのは
全く異なる次元=ユニバースで活躍する様々なスパイダーマンたちだった――。
レビュー
このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
繰り返される蜘蛛男の物語
赤と青のスーツを全身にまとい、蜘蛛の糸を自在に操って、ニューヨークの街並みを颯爽と飛び回る。誰もがその存在を知る男・スパイダーマン。では、いくつもあるスパイダーマンの映画の中で、真っ先に頭に浮かべるのはどの作品でしょうか。
数ある中でも特に有名と考えられるのは、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント製作の『スパイダーマン』(2002)。スパイダーマンに変身する青年ピーター・パーカーを、トビー・マグワイアさんが演じました。
サム・ライミさんが監督を務めたこの映画は、日本で下火だったアメコミヒーローものとしての前評判を覆し、大ヒットを記録。2本の続編が製作されており、このシリーズのイメージを未だに強く抱いている人も少なくないと思われます。
その後2012年から開始したのが、同じくソニー・ピクチャーズによる『アメイジング・スパイダーマン』シリーズ。ピーター役はアンドリュー・ガーフィールドさんに変わり、マーク・ウェブが監督。トビー・マグワイア版とは異なる世界観で、物語を一から語り直しています。
アンドリュー・ガーフィールド版の次作が期待されていた2015年2月、ある発表がされました。ソニー・ピクチャーズとマーベル・スタジオ間のパートナーシップの締結です。スパイダーマンのキャラクターを「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」にシェアする、という取り決めです。
MCUとは、マーベル原作の実写映画を同一世界観のクロスオーバー作品として扱うシリーズ。『アイアンマン』(2008)から始まり、『アベンジャーズ』(2012)などで知られる一大コンテンツ。いまや世界のエンタメの中心と言っても過言ではありません。
MCUワールドで誕生したピーターを、トム・ホランドさんが演じています。これまでに2本の単独映画が公開。2021年12月(日本では2022年1月)には、3作目『スパイダーマン: ノー・ウェイ・ホーム』が封切りされます。
さらにトム・ホランド版と同時期に、マーベルとコロンビア・ピクチャーズが共同で製作するシリーズが始動。原作漫画に登場するスーパーヴィラン「ヴェノム」を主役にした、映画『ヴェノム』(2018)が作られました。
例に漏れず、MCUとは別のユニバースであるこのシリーズ。「ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース(SSU)」と呼ばれており、今後も展開されていく予定です。
他にも1970年代に製作されたテレビドラマ『The Amazing Spider-Man』(1977-79)や、日本の東映によって作られた特撮テレビドラマなど、多くの映像作品が存在します。それぞれが微妙に異なる設定・世界観を持っており、独立したストーリーが紡がれてきました。
このように現代に生きる人々は、様々な種類のスパイダーマンの作品を鑑賞(もしくは認識)してきました。今作『スパイダーマン:スパイダーバース』に関しても、それら過去作とは別個のユニバースの話。しかし本作で特筆すべきは、そういった人々の認識が作中にメタ的に取り入れられている点です。
新たなヒーロー誕生譚
上述したように新シリーズが作られる度に、リブートが繰り返されてきました。代表的な例を挙げると、スパイダーマンが誕生するまでのシークエンスが何度も語られてきたのです。語り直しとはいえど、内容は大きく変更されないため「もう知っているよ」と既視感を抱く人もいたかもしれません。
ただし本作はそれらとは一線を画した、新たなスパイダーマン誕生譚になっています。ヒーローとしての能力に目覚めた少年が、別次元から来たスパイダーマンたちとの出会いを通じて成長する。その様子が描かれていきます。
ニューヨークに暮らす、冴えない中学生マイルス・モラレスが主人公。彼が生きる世界には既にスパイダーマン(ピーター・パーカー)が活躍していた。
ピーターは大学院生であり写真家。妻のメリー・ジェーンと暮らしていた。いわゆるピーター・パーカー像として、観客が思い描いているイメージに近いと思われます。彼は映画序盤の壮絶な戦闘で亡くなってしまいます。
時を同じくして、ある蜘蛛に噛まれたマイルスは、スパイダーマンとしての能力に目覚める。敵の装置によって別次元から引き寄せられた複数のスパイダーマンが、彼と出会い共闘していく。
各次元のスパイダーマンは、大学院生や写真家といった、これまでの固定観念を覆すキャラクター像に設定されています。1人目はバツイチ中年男性のピーター・B・パーカー。2人目のグウェン・ステイシーはスパイダーグウェンと名乗り、スーツのデザインもまるっきり違います。
彼らは「あとは知ってるよね。」と前置きしつつ、自身の生い立ちを語っていく。この場面は「劇中世界の中で彼らが有名である」という意味があるだけでなく、「スパイダーマンの物語は他の作品で散々描かれてきたから省略するね」といったメタ的なコメディにもなっています。
中盤になると、二人よりもさらに奇抜なビジュアルや設定のスパイダーマンが登場します。カートゥーン調の低等身キャラや、モノクロのキャラは、実写では表せません。アニメだからこそできる映像表現には舌を巻きます。
超人的な能力を得られたものの、ヒーローとして未熟であることを痛感するマイルス。そんな彼が、別の次元からやってきた彼らを元の世界に戻すため戦いに挑みます。
コミック演出の妙
今作の大きな特徴は、アメコミ原作を上手く生かしているアニメーション映画である点です。まず挙げられるのは、序盤で描かれるスパイダーマンとグリーン・ゴブリンの戦闘シーン。そこでの爆発描写は、スクリーントーンが貼られた漫画の一コマのようで感動しました。
またマイルスは超人的な能力に目覚めた日から、心の声が急にうるさくなります。その一言一言が画面に映し出されます。まるで漫画の吹き出しのよう。この演出の変化によって、彼がアメコミのキャラクターになったことが、一目で分かりました。
本作にはフィル・ロードさんが脚本に参加しています。彼と共に製作に携わっているのは、盟友クリス・ミラーさん。このコンビは『くもりときどきミートボール』(2009)をはじめ、『21ジャンプストリート』(2012)や『LEGO ムービー』(2014)など、傑作コメディを多数手がけてきました。
『ザ・シンプソンズ』のような、毒や棘のある笑い。もしくは非常にしょうもないコメディ演出。そういった笑いが多分に盛り込まれているのが、このコンビの作風と言えます。もちろんこの映画にも、その特徴は随所に見られます。
今作に関しては、その笑いの多くが、スパイダーマンというコンテンツの歴史を上手く利用しています。言い換えれば、スパイダーマン映画を観つづけてきた人たちを想定したメタ的なギャグになっています。
例を挙げると、先述したマイルスの心の声が急にうるさくなる変化。その変化自体が、スパイダーマン=常におしゃべり、といったパブリックイメージのもとに成り立っている演出です。
また原作の有名な台詞「大いなる力には、大いなる責任が伴う。」について。本作ではピーター・B・パーカーによって「その台詞はもううんざりだ。」と一蹴されます。過去作に対する「膝カックン」のように感じられました。
この名台詞は、過去作ではピーターが慕うベンおじさんによって発せられます。今作にもマイルスのおじさんであるアーロンが登場。しかしながらその正体は悪者でした。おじさん=メンター、といった固定観念に対するアンチテーゼと言えます。
全部で7人のスパイダーマンが登場するこの映画。既に複数の人によってスパイダーマンが演じられているのがキモになっており、それを念頭に入れておくとかなり楽しめるに違いありません。ただしシリーズを観たことがなくても、そのままアメコミを動かしたような爽快な映像表現には見惚れてしまうでしょう。
最後に
2022年には続編となる『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース (パート1)』が公開予定。スパイダーマンの世界はまだまだ広がっていきそうです。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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