『劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト』感想:ディストピアには異形が蔓延る

(C)2003 石森プロ・テレビ朝日・ADK・東映 (C)2003「555・アバレンジャー製作委員会」

こんにちは。こひぱんです。

海、日焼け、セミの鳴き声、冷やし中華。夏を連想させるものは色々ありますが、私にとって夏といえば夏映画です。夏映画とは、毎年夏休みに公開される仮面ライダー映画のことです。今年は公開日が未定になっていて待ち遠しいので、ずっと過去作を観ていました。

今回扱うのはそんな仮面ライダー映画の中でも、名作との呼び声が高い作品です。これまで仮面ライダーに触れてこなかったという方にも、ぜひお薦めしたい作品です。

『劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト』

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作品情報

2003~04年に放送された『仮面ライダー555(ファイズ)』の劇場版。テレビ版から独立した設定のパラレルワールドを舞台にしている。脚本は、テレビシリーズ全50話を単独で担当した井上敏樹。過去ライダーの劇場版2作品と同じく、田﨑竜太が監督を務める。2019年に行われたファン投票では、約40本ある仮面ライダー映画の中から「もう一度スクリーンで観たい映画」1位に輝いた。

原作: 石ノ森章太郎
出演: 半田健人 / 芳賀優里亜 / 泉政行 / 黒川芽以 / 速水もこみち ほか
監督: 田﨑竜太
脚本: 井上敏樹
公開: 2003/08/16
上映時間: 81分

あらすじ

近未来。人間のほとんどはオルフェノクと化し、世界はスマートブレイン社によって支配されていた。生き残った人間の数は、わずか2千人余。最後まで希望を失わず、レジスタンス活動をつづける“人間解放軍”の象徴・園田真理は、乾巧が救世主・ファイズとして帰ってくることを固く信じていた。しかし、スマートブレインの総攻撃の前に消えた巧の消息は未だつかめていなかった。解放軍の水原や草加雅人はもはや真理の言葉に耳を貸さず勝手な行動を繰り返していた。一方、オルフェノクの中にも人間との共生の道を模索して解放軍に接触を試みる者も出てくるが…。

映画 劇場版 仮面ライダー555(ファイズ) パラダイス・ロスト (2003)について 映画データベース – allcinemaより引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

「パラダイス・ロスト」がライダー初心者におすすめなわけ

「仮面ライダー」。その始まりは1971年にまで遡ります。瞬く間に当時の子どもたちの人気者になったバッタのヒーローは、シリーズ化され続々と新しい作品が作られるようになります。平成以降は、イケメン俳優が起用され「若手俳優の登竜門」とも呼ばれるようになり、視聴者の層を広げました。令和に至るまで、子どもたちを魅了する存在であり続けています。

では仮面ライダーは「子供向け」に作られているのか。もちろんメインターゲットは子どもたちです。ただし、親を取り込むためドラマ部分への注力もされており、大人を対象にした変身アイテムが販売されてるなど、いまや大人も楽しめるコンテンツになっています。大半の人が触れたことがあるのは、幼少期に見ていたシリーズ中の一部の作品のみです。なのでもっといろんな人にいろんな作品を見てほしいです!

「パラダイス・ロスト」をライダーに触れてこなかった方にお薦めしたい理由は、大きく二つ。前情報を入れなくても観れること、そしてディストピア映画として作り込まれていることです。

原作者・石ノ森章太郎の没後に始まった「平成仮面ライダー」シリーズは、基本的に作品ごとに独立した世界観を持っています。つまりどの作品から観ないといけない、といった順番はありません。毎年メイン視聴者が変わる子供向け番組ゆえの特徴です。さらに本作は、テレビシリーズの設定を改変して作られています。テレビ版「ファイズ」を補完するエピソードでも番外編でもない、独立した一本の映画なのです。

先述したような評価を支えているのが、子ども向け「らしくなさ」の徹底です。ここで言う子ども向けとは、ストーリーや演出の分かりやすさです。簡潔明快なストーリーや、人物の分かりやすい感情表現を指します。私自身これ自体を否定するつもりは、全くありません。ただし話の先が読めてしまい退屈に思う人や、「普通こんな独り言は言わないよ」と、冷めた目で見る人もいると思います。しかしこの映画では、子ども向けらしい描写は徹底的に排除されています。あえて挙げるなら、中盤にヒロイン・園田真理が感情を吐露する描写が一度あるくらいです。

そういった妥協の無さと通ずるのが、もう一つの理由として挙げたディストピア映画としての完成度です。それを象徴するのが、タイトルが出るまでの冒頭のシークエンス。人類から進化した存在(=オルフェノク)によって人類が虐げられている世界であることが端的に描写されており、恐怖感を煽ってきます。

水原率いる人間解放軍とオルフェノクの戦闘シーンから物語は始まります。一見すると私たちが暮らしている現実世界と何も変わらないように思えます。しかし徐々に、戦闘の周囲にいる一般の人々が全員オルフェノクであることが明らかになります。そして「遠くない未来、どこかの国― 全世界は人類の進化形<オルフェノク>によって支配されていた」というテロップが出ます。

ここまでで既に「こんなヘビーな設定を子供向け作品に取り入れるのか」と、子ども向け映画としての異質ぶりに驚きます。そしてこの世界の救いの無さが絶望感を増長させます。人間側の生活の拠点になっているのが、廃れた遊園地。かつて人間社会が確かに存在していて、それが崩壊したことが表れている舞台設定です。序盤のこの流れを観るだけでも一気に引き込まれます。

デザインとアクションのカッコよさ

異質ぶりとして挙げられるのが、主人公の扱いです。普通であればヒーロー作品において、主人公が全編通して登場します。主人公・乾巧は序盤ではほとんど出てきません。巧は記憶喪失になり、別の生活を送っていました。そのため変身する回数も少なく、ファイズが変身して戦うのは、中盤のこの場面と終盤の最終決戦の、大きく二つのみです。変身を溜めに溜めた分、変身したときに気持ちが高まるのは間違いありません。

オルフェノクによる人間への本格的な攻撃が始まって以降、絶望感はさらに増します。その最中、記憶を取り戻した巧が変身します。黒をベースにした色のボディに、黄色の大きな複眼、そして全身にかかっている赤いフォトンブラッド。ファイズは夜に最も映えるライダーだと思っているのですが、真っ暗な夜に現れるファイズの姿は、黄色と赤の発光が印象的でカッコいいです!

ファイズ以外にも、味方ライダー・カイザと敵ライダー・サイガが登場します。サイガについては、序盤に登場してから終盤まで負けなしのため、強キャラ感がすごいです。終始英語を話しているため、台詞に字幕をつけたほうが分かりやすいです。ただし字幕がないことで、彼の不気味さが際立っていると思うので、これはこれでありだと思いました。

本作で特筆すべき白眉のシーンは、なんといっても物語終盤に繰り広げられる最終決戦。1万人のエキストラとともにさいたまスーパーアリーナで撮影されたことでもファンに知られています。なんといっても、1万人という近年でもまれに見る数のエキストラの迫力が大きいです。「これ本当に人を集めて撮影したの…」というような驚きは誰もが覚えることでしょう。ただしクライマックスのファイズとサイガの戦いのとき、群衆があまりにも近くにいすぎじゃないか、とツッコみたくなりますが…

巨大なオルフェノクに襲われる真理。そこに現れるファイズ。立ちふさがるサイガ。ラスボス・オーガ。そしてオルフェノク同士の戦闘に至るまで。ジェットコースターのような速さで最後まで進むアクションには圧倒されます。その中に、オーガやブラスターフォームの変身シーンや、ファイズとサイガの必殺技のぶつけ合いなど、見せ場が沢山詰め込まれています。これらを一つ一つ楽しむだけでも、本作を観る価値があると思います。個人的に好き場面は、人間・ライダー・オルフェノクの姿が一つに合わさる場面です。

怪人≠悪

そもそも仮面ライダーシリーズは、1号以降「敵と同じ要素を持つ」という特徴を受け継いでいます。「ファイズ」では、その要素が直接的に描かれています。つまり主人公が実はオルフェノクだったという設定です。映画公開が8月であるのに対し、テレビシリーズでは、その後に放送された第34話にて判明しました。第1話から人間はライダーに変身できないことが示唆されており、開始当初から考えられていた設定ということが伺えます。

怪人をただ悪者として描かない。その傾向は平成仮面ライダーシリーズ1作目「クウガ」から続いています。本作で特筆すべきは、人間との共存を試みるオルフェノク3人組が描かれていることです。ホースオルフェノク=木場勇治は、もう一人の主人公と言えます。オルフェノクであることや、身寄りがいないことなど、巧と木場はいくつも共通点があります。しかし二人の結末はテレビ版でも劇場版でも、あまりに違うものでした。すなわち環境が違えば、木場は巧になり得たし、巧は木場になり得たのです。映画における木場はオルフェノクという自身の運命から逃れることはできませんでしたが、最終決戦のラストに巨大オルフェノクから真理を守るという反逆を起こしました。巧=救世主になろうと、もがいていたのです。

木場の感情を揺るがすきっかけとなる、真理のある台詞があります。これは誰もが少なからず持っているであろう、普段はあまり意識していないであろう差別的意識です。私たちが、自分とは異なる存在に対して持ってしまう普遍的な感情とも言い換えられます。しかしオルフェノクは人間から生まれた怪人であり、「人間ではない」と言い切ることはできません。この曖昧さがとても「リアル」です。

本作では物語の本質的な解決はされていません。むしろ物語の最初よりも事態は悪化しているのではないでしょうか。事実だけを直視すると、本当に絶望的な状況でしょう。「救世主は、闇を切り裂き、光をもたらす」。真理が信じ続けたその言葉をまさに表現したラストカット。二人が光の方へと歩いていきます。この先二人が生き残れるのか分かりませんが、彼らなら大丈夫かもしれない。観ている私たちは、ラストカットにこの世界での微かな希望を見出すしかありません。

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最後に

あえて欠点を挙げるとすれば、オリジナルキャラのミナです。終盤にある人物に殺されてから彼女のことは一切語られなくなるので、少し雑に扱われている印象を受けました。ミナは記憶喪失時の巧の支えになっていたと思います。巧がミナのことを思い出すシーンがあってもよかったんじゃないかな。

ただそんな些細なことは気にならないほど素晴らしい出来なので、本当に観ていただきたい映画です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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