『世の中にたえて桜のなかりせば』感想:未来を生きる者達への遺言

(C)2021「世の中にたえて桜のなかりせば」製作委員会

今年もまた桜を見られることに感謝しながら。

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作品情報

乃木坂46・岩本蓮加の初主演映画。終活する人々との出会いの中で、不登校の高校生が自分の生き方を見つけていく。監督、脚本を務めるのは、商業作品初監督の三宅伸行。W主演にしてエグゼクティブプロデューサーでもある宝田明は、公開直前に急逝したため彼の遺作となった。

出演: 岩本蓮加 / 宝田明 ほか
監督: 三宅伸行
脚本: 敦賀零 / 三宅伸行
公開: 2022/04/01
上映時間: 80分

あらすじ

終活アドバイザーのバイトをしている不登校の女子高生・咲(岩本蓮加〈乃木坂46〉)は、一緒に働く老紳士・敬三(宝田明)と共に、様々な境遇の人々の「終活」の手助けをしていく。
咲は危険と隣り合わせの職業で、万が一のために家族に遺書を残そうとする者や余命わずかで思い出を残そうとする者たちに寄り添って「終活」のお手伝いをする日々を送っていた。
そんな最中、咲の担任でかつて国語教師であった南雲は生徒からのイジメに遭い、教師をやめ自暴自棄の生活をしていた。咲はひきこもりの彼女の様子を見に度々家を訪れ、様子をうかがっていた。一方で、イジメの張本人の女子生徒を待ち伏せして自分の気持ちをぶつけたりもするが、彼女の中のやるせない気持ちは消えることはなかった。
自身も不登校で行き場を求めている咲に、敬三は病気で老い先短い妻(吉行和子)とかつて見た桜の下での思い出を語る。咲は敬三たち夫婦を励まそうと、敬三がかつて見たという桜の木を探しに出かけるのだが・・・。

映画『世の中にたえて桜のなかりせば』 | 東映ビデオオフィシャルサイトより引用
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レビュー

このレビューは『世の中にたえて桜のなかりせば』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

岩本蓮加の輝き

平安時代の歌人である在原業平が詠んだ短歌「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」。この映画『世の中にたえて桜のなかりせば』は、その上の句からタイトルをとっています。

主演に抜擢されたのは、アイドルグループ・乃木坂46の岩本蓮加さん。グループ内には、『舞いあがれ!』(2022-23)に出演する山下美月さんや、『クロシンリ 彼女が教える禁断の心理術』(2021)でドラマ初主演を飾り、『どうする家康』(2023)に出演予定の久保史緒里さんなど、映像作品で活躍するメンバーもいます。

そんな中、映画初主演の岩本さんは、ほとんど演技未経験の状態で撮影に臨んだのだそう。今作は、彼女の「アイドル映画」と言えます。ここでのアイドル映画は、単にアイドルを主演に起用しただけの映画ではなく、その瞬間の彼・彼女でしか撮れない魅力的な姿を捉えた映画、という意味で使っています。

乃木坂46・岩本蓮加、初主演映画は「恥のないように頑張れたかな」 | RBB TODAY
乃木坂46の岩本蓮加が10日、都内にて開催された映画『世の中にたえて桜のなかりせば』(4月1日公開)の完成披露舞台挨拶に、W主演の宝田明、主題歌を担当する2人組ボーカルデュオ「all at once」、三宅伸行監督とともに出席した。

例としては、原田知世さんの『時をかける少女』(1983)や、有村架純さんの『映画 ビリギャル』(2015)が挙げられます。いずれの作品も、その瞬間のその俳優にしか出せない輝きが、見事に映像に収められていました。本作についても、2021〜22年の岩本さんの魅力が収められています。

作品冒頭、茨木のりこの詩『さくら』を扱う授業風景が流れた後、オープニング映像が始まります。この時点で、岩本さんが画面映えする華やかさを持っていることが分かります。演技に関しても、多少固く感じられるものの、それが慣れないアルバイトでの言葉のぎこちなさと重なっており、自然な高校生に見えました。

オープニングが終わると、とある広告映像が流れる。用意された台詞を棒読みしているのは、岩本さん演じる高校生・吉岡咲。不登校の彼女は、終活アドバイザーの会社「終活屋」でアルバイトとして働いていた。

終活アドバイザーは、終活の専門家に与えられる民間の資格です。主な仕事内容は、エンディングノート作成にあたっての助言や、専門家との橋渡し、自治体への同行など。一人ひとり終活の捉え方が異なるため、各々の境遇や価値観に寄り添いながら終活の手助けを行います。

咲の同僚として働くのは、彼女と70歳も年の離れた元司法書士の柴田敬三。演じている宝田明さんは、初主演作『ゴジラ』(1954)でも知られる、戦後の映画界を代表するトップスター。岩本さんとW主演であるとともに、エグゼクティブプロデューサーを兼任しています。

ちなみに劇場公開時に私が訪れた映画館では、主に10~20代の若い方々と年配の方々が観に来ていました。70歳差コンビのW主演を実感した観客層でした。

終活を通した成長譚

家庭にも学校にも居場所がない彼女は、アルバイトを通して終活する人々の人生に触れていく。一人目のお客さんは、遺書を書きたいと考えているが、その内容に悩んでいる男性。宇宙飛行士の彼は、敬三からのアドバイスや家族との交流を通して、生きて帰ってくるという想いをしたためた。

続いてのお客さんは、自分が生きた記録として映画の撮影を依頼する。川や水路にふたをして暗渠にする仕事をしていた彼は、工事に携わった場所を撮影していく。明るく振る舞っていた彼だったが、咲との別れ際、重い病気のためにあまり長く生きられないことを明かす。

終活アドバイザー自体、とても繊細で専門的な仕事に思います。その割には二人が勤める会社にあまり実在感がないのですが、それは製作陣が重視していないディテールだからでしょう。作品の大きなテーマは、人間の成長。物語は咲と敬三のパーソナルな部分にフォーカスしていきます。

咲はクラスの担任だった南雲をいたく慕っており、彼女や友人の陸斗の前でだけ、クシャッと笑ったりくだけた話し方をしたりする。他の人とは明らかに異なる接し方から、いかに彼女が二人に心を開いているかが伺えます。

しかし他の生徒たちからイジメられた南雲は、教師を辞めて自暴自棄になった。これがきっかけとなり咲も学校に行かなくなり、それ以降たびたび南雲の自宅を訪れている。一方で、咲の家族は本編に一切登場しません。ここで家族との関係の薄さが表現されています。

中盤にはイジメの張本人である女子生徒と咲が、直接意見をぶつけ合う展開がありますが、和解にはいたりませんでした。なので後味が悪いですが、女子生徒が本編に登場するのもこのシーンが最後。個人的には、ヒール役だった彼女にも何らかの救いがあって欲しかったです。

学校に行きたくない咲に対して、敬三の時代は学校に行きたくても行けなかった。そんな彼は、病気の妻と一緒に思い出の桜の木をもう一度見たい、と語る。咲は陸斗と一緒に、限られたヒントから桜の木の場所を探し出したが、数年前に枯れ木になってしまっていた。

そこで夫婦のため、元の写真にCGの桜を合成させた映像を大スクリーンで上映した。感極まる二人。その様子を見て咲も涙を浮かべる。

全編通して、役者陣の存在感が際立っている今作。南雲役の土居志央梨さんは、トラウマを抱えた引きこもり教師として実在感がありました。宝田さんと共演歴のある吉行和子さんは、表情一発で敬三の妻役を体現していました。

他にも郭智博さん演じる陸斗や、徳井優さん演じる二人目のお客さんも、出番は多くないながらも印象に残る味のあるキャラで素敵でした。

監督と脚本を務めたのは、短編作品『サイレン』(2017)で国内外の映画祭で評価され、本作で商業映画を初めて監督した三宅伸行さん。大仰なBGMや、喧嘩シーンのスロー演出といった、気になる演出はあったものの、主役の岩本さんを魅力的に撮影することには非常に成功していました。

宝田明の「遺言」

満州出身であり、学校に通えなかった敬三。実は宝田さんも、2歳の頃に満洲へ移り、終戦後12歳のときに命からがら日本へ引き上げてきました。この共通点からも明らかなように、敬三には宝田さん自身が強く投影されています。つまり今作には、彼の人生や想いが詰まっているのてす。

プロローグでは、一年後の話が描かれます。妻を亡くした敬三に対して、咲は「長生きしてくださいね」と語りかける。劇場公開の直前である2022年3月14日、宝田さんは急逝しました。その事実を知っている状態で鑑賞しているので、この台詞が現実と重なり辛かったです。

タイトルの由来である在原業平の短歌は、「桜がなかったら春は穏やか 桜があるからこそ ざわざわして生きていることを実感できる」と、桜の素晴らしさを詠っています(※1)。

※1:世の中にたえて桜のなかりせば – with Akira Takaradaより引用

桜が咲くのは、一年のうちほんのわずか。その儚さは、生と死のサイクルを表しているようです。桜のように、人生なんて一瞬なのかもしれない。だからこそ次の世代に想いを託すことが大事。エンドロール後の桜の蕾のカットからは、そんな想いが伝わってきます。

プロデューサーとなった宝田さんが次の世代へ伝えたかったのは、幼少期の満州での壮絶な体験からくる反戦の想い。戦争を繰り返してはならない。クライマックスに満開の桜とともに映し出された焼け野原は、その強いメッセージを象徴していました。

そうした想いを押しつけがましくなく、自然に取り入れた巧みな脚本には目を見張ります。三宅さんは最終的なプロットを完成させるまで、脚本家の敦賀さんらと何度も再考を重ねたのだそう。

ヒロインの成長と人生の美しい円環 三宅伸行監督が語る映画「世の中にたえて桜のなかりせば」 - Premium Japan

ただし偶然ながら、この戦争へのメッセージも、2022年当時の世界情勢と重なる部分があります。その事実に想いを馳せると、一年が経過しても変わらない現状にらやるせなくなりました。

反戦の想いと同時に本作は、学校や職場に悩みを抱える人へのエールを伝えています。進路希望の紙を空白のまま提出する咲。この描写は、既にある道だけが全てじゃないという意味に思われます。開けた未来を指し示すあたりに、製作陣のやさしさが込められているように感じました。

この映画で印象的だったのは、敬三の台詞「桜は下を向いて咲くんです。私たちが上を向くためにね」や、「上を向いて歩いていきます」と言い、桜を見上げる咲の制服姿でした。

まさに立ち止まっていた人達が、上を向いて歩こう、と一歩を踏み出す物語です。それは終活屋のお客さんや南雲だけでなく、主人公・咲も含まれます。そして映画を観た私たちにも、ゆっくりでいいから上を向いて生きていこう、と思わせるあたたかさがある作品でした。

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最後に

80分と観やすい長さでもあるので、桜の咲く季節にこそ、ぜひ観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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