『大奥〜永遠〜[右衛門佐・綱吉篇]』感想:一人二役が解放した性の呪縛

(C)2012男女逆転『大奥~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]』製作委員会

『大奥』映像化の第3弾です。

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作品情報

よしながふみの同名漫画を実写化した、2012年放送のドラマ『大奥〜誕生[有功・家光篇]』の続編。謎の疫病が流行する江戸時代、5代将軍・徳川綱吉の跡継ぎをめぐる大奥での権力争いを描く。前作に別役で主演した堺雅人が、主人公・右衛門佐を一人二役で演じる。

原作: よしながふみ『大奥』
出演: 堺雅人 / 菅野美穂 / 尾野真千子 / 宮藤官九郎 / 西田敏行 ほか
監督: 金子文紀
脚本: 神山由美子
公開: 2012/12/22
上映時間: 124分

あらすじ

男女逆転の世が誕生して30年。時は元禄、五代将軍綱吉(菅野美穂)の時代。徳川の治世は最盛期を迎えていたが、大奥では後継者を巡って正室と側室の激しい派閥争いが起こっていた。そこに、京から一人の公家がやってくる。その男・右衛門佐(堺雅人)は類まれなる野心と才覚で巧みに綱吉に取り入り、総取締として大奥での権勢を掌中に収めていく。
一方、一人娘の松姫を亡くした綱吉は、政から遠ざけられ世継ぎ作りに専念させられることに。だが、夜ごと大奥の男たちと閨を共にするも一向に懐妊しない綱吉は、次期将軍の父の座をめぐり陰謀渦巻く大奥で、孤独と不安に苛まれていく。妄執にとらわれた父・桂昌院(西田敏行)に従い“生類憐みの令”を発令するも、国は乱れていくばかり。運命に翻弄され、生きる気力をも失った綱吉に手を差し伸べたのは、人知れず綱吉を見守り続けていた右衛門佐だった。ついに心を通わせたふたりが、最後に辿り着くのは……。

TBS 映画「大奥~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]」より引用
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レビュー

このレビューは『大奥〜永遠〜[右衛門佐・綱吉篇]』をはじめとした、歴代『大奥』映像化作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

二部作の後編

2004年に『MELODY』で連載を開始した、よしながふみさんの歴史SF漫画『大奥』。単行本1巻を実写化した『大奥〈男女逆転〉』(2010)の続編として、テレビドラマと映画を同時に製作する一大プロジェクトが発表されました。

2012年10~12月に放送されたドラマ『大奥〜誕生[有功・家光篇]』では、数百人の男性が集う江戸城最深部「大奥」が誕生する裏側が語られました。その続編である今作は、その最終話の放送からわずか一週間後に公開されました。

前作の最終話にて3代将軍・徳川家光は、側室・玉栄との間に娘をもうけます。今回の舞台は、それから30年後。幼かった娘・徳子が成長し、徳川綱吉として5代将軍になった時代です。原作では、4~6巻にまたがる「綱吉・右衛門佐編」にあたります。

共通の人物が登場するだけでなく、二部作のような話の構成になっているので、事前にドラマを観ておいたほうが楽しめます。とはいえ映画だけで独立した物語でもあり、単体でも内容は十分に理解できると思いました。

「古代の一時期の例外を除き、男系社会と言われる日本。しかし・・・実は、男女の立場が完全に逆転した時代があった。男子のみがかかる赤面疱瘡という奇病が大流行し、国中の男子が激減したためである。そして家督を継承した女子は、男子がそうしたように、お家の存続のため、正室や側室を持ったのだった。」

これは本編が始まると同時に画面に映し出される、『大奥』の基本的な世界観を説明した文章。具体的な描写ではないのは、本作がシリーズ3作目であり、この設定を観客が既に認知している前提だからでしょう。

映画冒頭では、綱吉の正室・鷹司信平、側室「お伝の方」こと小谷伝兵衛、そして桂昌院(出家後の玉栄)が次々と紹介されます。彼らが向かう先は、「朝の総触れ」と呼ばれる大奥へのお目見え。1作目にも出てきたこのシーンは、シリーズの象徴であり、とても煌びやかでした。

時の将軍・綱吉は、先代の家綱とは異なり政治的手腕を発揮する一方、妖艶な容姿を武器に、奔放な性生活を送っていた。側用人・牧野成貞の屋敷に出向いては、夫である阿久里を寝取る。何度も通い込んだ末、彼に飽きた綱吉は、その息子の貞安まで寝取るのだった。

複数の男性が周囲を取り巻く綱吉にとって、自分の存在感が薄くなることを危惧した正室の信平は、京都から一人の男性を呼び寄せた。その人物こそ、主人公・右衛門佐。彼女に気に入られたものの、年齢を理由に側室を辞退した彼は、代わりに大奥総取締の地位を手に入れる。

大奥総取締に就任した右衛門佐が口上を述べる際、過去作で使われていたメインテーマが流れます。まさに物語が動き出した瞬間と言えます。

話の軸となるのは、右衛門佐サイドと桂昌院サイドの派閥争い。映画前半は主に、各キャラの性格や対立構造が描かれます。ヒリヒリした場面はあるものの、平和な雰囲気が流れていました。

ターニングポイントとなる悲劇

物語が後半に差し掛かるタイミングで、悲劇は訪れます。唯一の世継ぎにして、綱吉が溺愛していた娘・松姫が急死してしまいます。悲しみに暮れる綱吉の気持ちをよそに、大奥内の権力争いは激化。彼女はたった一人、周囲の欲望の渦に巻き込まれていきます。

娘を失った傷心や、子作りへのプレッシャーから、徐々に精神的なバランスを崩す綱吉。父親に世継ぎの誕生を催促されているときも、終始どこか諦観しているようでした。時が進むにつれて彼女の目から光が失われていくのが、観ていてつらかった。

演じた菅野美穂さんは、「(綱吉は)危なっかしい魅力を持っていると感じました。その中で子を失った悲しみというのが一番印象に残ったので、それを軸にしようとは思いました」と、語っています(※1)。

※1:『大奥〜永遠〜』菅野美穂インタビュー 堺雅人とのプラトニックな愛は「美しかった」 | cinemacafe.netより引用

時を同じくして、良好だった幕府の評判も悪くなっていく。その要因は、若い頃に行った殺生が原因で、子が産まれないと思い込む桂昌院の意向に逆らえず、綱吉は生類憐れみの令を制定したため。この展開は歴史SF的な種明かしであるとともに、前作の展開が伏線として機能しており、ハッとさせられました。

「月のものなど、もうとうに来ておらぬわ。」綱吉はもう子を産めない身体であることを知ってもなお、大奥で若い男性を囲い続けた。そうして「犬公方」綱吉の評判は下落し続け、ある日、寝所に上がった青年に刺されそうになる。

世継ぎを迫った自身の過去を反省した右衛門佐は、将軍ではなく一人の人間として生きる意味を綱吉に説く。ずっと孤独だった綱吉は、これを機に自己を取り戻す。彼女が長年抱いていた苦悩から遂に解放された、このクライマックスは本当に美しかった。

巧みな演技を見せるキャスト陣の中でも特筆すべきは、同プロジェクトにて一人二役で主演を務める堺雅人さん。右衛門佐は、前作の主人公・万里小路有功と同じく京都出身の聡明な人物ですが、その性格は異なり、野心に溢れていました。

比較しながら2作品を観ると、しっかり別の人物に見えるとともに、一人二役の凄さが改めて分かります。そして堺さん自体が、『大奥』との親和性が高い佇まいをしているのだと実感しました。

菅野美穂さんもまた、艶やかな声と可愛らしい表情で、男女問わず翻弄する綱吉の魅力に説得力を持たせていました。家臣に見せるキリッとした表情や、そうした気張った顔が涙で一気に崩れたときの緩急は素晴らしかったです。

そして綱吉を支える側用人・柳沢吉保を演じる、尾野真千子さんが本当に怖い。牧野成貞を追放したり、桂昌院と密通したり、手段を選ばない冷酷な人物。目の奥が全く笑っていないのが恐ろしく、右衛門佐と初めて対面する場面の緊張感は凄かったです。

実写ならではの取捨選択

前作に引き続きタッグを組む、監督の金子文紀さんと脚本の神山由美子さん。今作最大の見どころは、お二方による漫画から実写への巧みなアレンジです。

個人的に印象に残ったのは、大きく二箇所。一つ目は、松姫が病死する前後です。楽しそうに遊んでいる綱吉と松姫。体調の異変に気づいた吉保が松姫を退室させる。何とも言えない表情を浮かべる松姫。

カットが変わると、瓦葺きの屋根が映し出される。雨が降り始め、だんだん強くなる。雨雲広がる空の暗さは、この後の不吉な展開を予感させます。部屋子である秋本惣次郎から松姫の死を耳にした右衛門佐は、「悲しむ暇などない」と言いながら策をめぐらすのだった。

もう一つは、物語のラスト。吉保は綱吉に化粧をしている隙に、彼女の首を絞めようとする。ただし殺すことはできなかった。一方で、机に肘をついたまま動かない右衛門佐。その身体に触れた秋本は、彼の死を悟る。そこに綱吉が嬉しそうにやってくるところで、本編は終わる。

原作の結末は、右衛門佐の死後、危篤状態になった綱吉が吉保に窒息死させられる、といった非常に後味の悪いものでした。なので個人的には、この終わり方のほうが好みです。

漫画では大きなコマを使って松姫や右衛門佐の遺体が描かれます。それによって彼らの死の衝撃が、効果的に伝わってきました。しかし映画は直接的な描写を避け、そうした悲劇を叙情的に描き出していました。実写ならではの見事な演出方法だと思います。

また映画化するにあたって、原作からカットされた部分も多くあります。例えば、牧野家の顛末。劇中では「不幸」という台詞で片付けられていましたが、漫画では貞安の妻・時江は自害し、成貞は鬱状態になり領地を返上しています。

信平や伝兵衛などの顛末も漫画では語られています。しかしながら本編で彼らは、静かにフェードアウトしていました。せっかく登場させているだけに、扱いが雑なのが、もったいない気がしました。

他にも赤穂浪士の討ち入りや、紀州徳川家の話、伝兵衛および秋本の親族にまつわるエピソードが軒並みカット。ここから明らかなように本作は、原作にあった群像劇的な要素を、徹底して排除しています。

その代わりに大奥内のお家騒動、特にその渦中にいる綱吉の苦悩にフォーカスされています。というのもこの映画のテーマが、彼女にかけられた呪いだからでしょう。右衛門佐役の堺さんは、主演した2作品について「有功が綱吉を生み出すまでにかけた呪いを、有功に瓜二つの右衛門佐が最後の最後で解き放つ」と述べています(※2)。

※2:ドラマ&映画で一人二役 堺雅人が語る『大奥』の魅力 | ダ・ヴィンチWebより引用

お夏の方の孫である綱豊を嫌い、綱吉に世継ぎを産むよう迫る桂昌院。そのきっかけを生み出したのは、彼を家光の側室にした有功なのです。長きにわたり大奥に存在した呪縛を、有功に似た面持ちの右衛門佐が解放しました。そして綱吉は、次代将軍に綱豊を指名するにいたります。

ラストシーンの直後、右衛門佐を見た綱吉はおそらく絶望するでしょう。ただ劇中では、そこまで描いていません。そのため呪縛からの解放というポジティブな印象を抱くとともに、二つを同時に作った意義を大いに感じました。

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最後に

原作とは異なる演出の妙を堪能するためにも、ぜひ『大奥〜誕生[有功・家光篇]』とセットで観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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