ドラマ『カルテット(2017)』感想:目線と台詞が宿す人間臭さ

(C)TBS

から揚げにはレモンしない派。

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作品情報

『Mother』をはじめ、数々のヒットドラマを手掛ける坂元裕二のオリジナル脚本作品。TBS系列「火曜ドラマ」枠で2017年に放送された。カルテットを結成した男女4人が、軽井沢で共同生活を始める。『コウノドリ』の土井裕泰が、メイン演出とチーフプロデュースを務める。

出演: 松たか子 / 満島ひかり / 高橋一生 / 松田龍平 ほか
演出: 土井裕泰 / 金子文紀 / 坪井敏雄
脚本: 坂元裕二
放送期間: 2017/01/17 – 03/21
話数: 10話

あらすじ

ある日、4人は“偶然”出会った。
女ふたり、男ふたり、全員30代。
4人は、夢が叶わなかった人たちである。
人生のピークに辿り着くことなく、ゆるやかな下り坂の前で立ち止まっている者たちでもある。
彼らはカルテットを組み、軽井沢でひと冬の共同生活を送ることになった。
しかし、その“偶然”には、大きな秘密が隠されていた――。

はじめに|TBSテレビ:火曜ドラマ『カルテット』より引用
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レビュー

このレビューはドラマ『カルテット(2017)』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

役者4人の「アンサンブル」

『東京ラブストーリー』(1991)から『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021)、『初恋の悪魔』(2022)にいたるまで、ヒット作を次々と世に送り出す脚本家・坂元裕二さん。確固たる作家性を武器に、長年にわたり活躍を続けています。

2010年以降の作品に共通しているのが、原作ものではなく、毎回ストーリーを書き下ろしている点。例に漏れずオリジナル脚本であるドラマ『カルテット』は、4人の男女が織りなす「大人のラブストーリー」です。

メイン演出とチーフプロデュースを兼任するのは、土井裕泰さん。『コウノドリ』(2015)や『重版出来!』(2016)といったTBSドラマの演出を数多く手掛けており、映画では『映画 ビリギャル』(2015)などを監督しています。

そんな土井さんも演出に携わった『逃げるは恥だが役に立つ』(2016)は、現代における女性を取り巻く問題と結婚の多様化をコメディタッチで描き、社会現象となりました。今作はそんなビッグタイトルの後番組として、2017年1月に放送を開始しました。

メインキャラクターは、30代の男女4人。社会人として生活する傍ら、細々と音楽活動を続けていた。そんな彼らがカラオケで偶然出会ったのをきっかけに、弦楽四重奏「カルテットドーナツホール」を結成。軽井沢の別荘でシェアハウス生活を始めるところから物語は始まる。

第1話から第4話までは、自己紹介的に各々の過去が掘り下げられます。音楽を生業に出来なかった4人は、いわゆる「ちゃんとしていない」生き方をしている、世間からのはじかれ者。秘密主義な彼らは、自分自身の欠けた部分に負い目を感じており、何かしらの闇を抱えて生きている。

松田龍平さん演じる別府司は、音楽一家・別府ファミリーで唯一のアマチュア。満島ひかりさん演じる世吹すずめは、幼少期に詐欺の道具として親に利用された過去を隠している。高橋一生さん演じる家森諭高は、元Vシネマ俳優であったり宝くじに当選したり、波乱万丈な人生を送ってきた。

松たか子さん演じる主人公・巻真紀は、声が小さいので一見すると自信なさげ。しかし確固たる信念を持って生きている彼女は、メンバーたちにも嘘をつき続けてきたことが終盤に明かされます。

キャスト陣の努力が伺える演奏シーンもさることながら、会話劇が魅力的。少し変だけど、実際にいそうなキャラクターたちが繰り広げる会話が観ていて楽しい。エチュードによって生まれた4人ならではの空気感が最高で、まさに見事なアンサンブルでした。

「4人とも演劇的だし、舞台セットを広く作ってくださっていたので、自由に動けたし、セリフはあるようで、なかったり。アドリブのようでアドリブじゃない。実際にアドリブはほとんどありませんでした。」と、家森役の高橋さんは語ります(※1)。

※1:高橋一生インタビュー 『カルテット』の現場で役作りへの考え「再確認できた」 | ORICON NEWSより引用

から揚げにレモンかける・かけない論争を展開しただけでなく、「バディーソープ」や「ステープラー」、高級ティッシュなど強いこだわりを持っており、非常に面倒くさい家森という人物。それでも愛おしく感じられるのは、高橋さんが魅力的に演じているからこそでしょう。

また土井さんをはじめとした演出陣による、役者を信頼したシンプルな演出も、登場人物の愛すべき人柄が引き出されている要因と考えられます。

本作の特色は、視線の動きです。ある人物が話しているとき、不意にその様子を見ている別の人物を映したカットが挟まれる。それにより何気ない日常の一コマを映しているにも関わらず、どこか不穏な雰囲気を漂わせています。

ジャンルを越えた人間模様

以前、松さんのデビュー曲『明日、春が来たら』を作詞した坂元さん。「日本一のコメディエンヌでもあると思っていたから、「松さんとコメディをやりたい」という思いもありましたね。」と、主演に起用した理由を語ります。

脚本家・坂元裕二インタビュー (2) 「カルテット」キャスティングの裏側 | 脚本家・坂元裕二が語る 創作の秘密
「カルテット」のヒロインに松たか子が起用された理由とは? その他、「最高の離婚」「問題のあるレストラン」「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」の脚本執筆にまつわる秘話も明かされる。

個性的な4人が各々持っている価値観や哲学がぶつかる様子が心地よく、クスッと笑える。オフビートなツッコミの切れ味が鋭い。しかしながらコメディであると同時に、このドラマはサスペンスでもあります。

すずめが真紀の義母に、彼女の偵察を依頼される第1話の冒頭に始まり、作品前半は「真紀が夫を殺したかもしれない」というサスペンス要素が物語を引っ張ります。上述した視線の動きが随所に挟まることで、ヒリヒリとした緊張感が生まれていました。

劇中のすずめと同様に、ドラマを観ている私たちも、本当に真紀が殺人を犯したのか確信を持てません。殺したかもしれないし、殺していないかもしれない。どちらにもとれるような絶妙な塩梅の演出とともに、松さんや義母役のもたいまさこさんが、ミステリアスな演技をしています。

第5話のラスト、真紀の夫・幹生が画面に現れることで、彼女の容疑は晴れる。その後、次の一話をまるごと使って、二人の結婚生活におけるすれ違いが描かれます。

現実的な暮らしをしたかった妻と、結婚生活に夢を見ていたかった夫。出会った時点で既にボタンを掛け違えており、そのズレが徐々に積み重なっていった。丁寧に描写されていくので、ヒリヒリと胃が痛くなりました。ただしそれまでの伏線が綺麗に回収されていくため、爽快さもあります。

この第6話、綺麗なままで話は終わりません。吉岡里帆さん演じる来杉有朱が、ベランダから突き落とされる衝撃の展開で幕を引きます。これら二つのエピソードに代表されるように、エンディング前のクリフハンガーが毎回素晴らしい。早く続きを見たくなります。

有朱は、カルテットドーナツホールがお世話になっているレストランの店員。まばたきを一切せず、相手の顔を直視して会話する彼女は、ぶっ飛んだ思考の持ち主です。カルテット4人の関係をかき乱していたので、ここで命を落としても因果応報とすら思いました。

メインキャスト4人だけでなく、回を重ねるごとに怖さを増す吉岡さんの演技が、今作の大きな魅力になっていました。

予想外の事実が明らかになり、それにより作品のジャンルが次々と変化していきます。ラブストーリーのほかに、コメディやミステリー、ヒューマンドラマなど様々な要素が絡み合う、予測不可能な作風と言えます。

この作風を象徴しているのが、第8話のラスト。真紀という名前が偽名であることが明らかになる。それから最終話にいたるまで、ジェットコースター的に展開していき、最後まで泣けるし笑えます。

全編を通して特徴的なのが、そのときは何気ない仕草や台詞に思えるものであっても、その言動が数話越しに伏線として回収される点。坂元脚本の巧妙さが浮き彫りになるとともに、上述した高橋さんの言葉を裏付けてもいます。登場人物が発する名言・格言の数々は、観終わった後に噛み締めたくなるものばかりでした。

加えて本作では『最高の離婚』(2013)同様、メインキャスト4人がエンディングテーマ『おとなの掟』を歌っています。椎名林檎さんが作詞作曲を担ったこの曲は、色気が溢れる映像も相まって、「大人な」世界観を表現していて好きです。

夢と現実の折り合い

現代を生きる人々が直面している、普遍的な悩みや社会問題を取り入れているのも坂元作品の大きな特徴でもあります。代表的なものとしては、『Mother』(2010)や『問題のあるレストラン』(2015)が挙げられます。

今作が掲げているテーマは、現実と夢。好きなことを仕事にできなかったとき、現実を受け入れるのか、それとも夢を追い続けるのか。人は選択を迫られる。ちなみにこれは、後に坂元さんと土井さんが再びタッグを組んだ映画『花束みたいな恋をした』(2021)とも通じています。

カルテットの面々は、全編を通して現実と夢の間で揺れています。音楽で食べていくことは出来なかったけれど、自分には音楽しかないと思っていた彼ら。彼らに対する風当たりの強さが、社会の現実を厳しさを表わしています。

個人的には特に、自分たちの願望とは異なる仕事内容を引き受けるべきなのか、と葛藤する第5話のエピソードは観ていて辛かった。

また仕事だけでなく、結婚や恋愛に関しても「現実と夢」の問題は付きまといます。真紀はすれ違い続けていた夫との関係に落とし前をつけるし、叶わない片想いをしているすずめに対して家森は「片想いは一人で見る夢」と現実を突きつける。

物語終盤、すずめと家森はそれぞれ定職を見つける。その一方、ようやく掴み取ったカルテットというチャンスに希望を見出していた別府は、今まで就いていた仕事を辞めた。各々が別の道を歩み始める中、家森曰く「音楽を趣味にするタイミング」が最終話で描かれます。

「夢は必ず叶うわけじゃないし、諦めなければ叶うわけでもないし。だけど、夢見て損することはなかったなって。一つもなかったんじゃないかなって思います。」という別府の台詞。これこそ夢への向き合い方に対する一つの答えである気がしました。

大人として、自身の人生に向き合った4人。最終話で彼らが「偶然」出会ったカラオケでの会話が回想で挟まるのが切なく、その後に訪れるシェアハウス生活の終わりとの対比には胸が苦しくなりました。しかし最後は、コメディらしくカラッと笑顔で終わるのが上品だし、観ている私たちの背中を押してくれます。

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最後に

何かしらの夢を抱いている全ての人に、ぜひ観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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