『そして父になる』感想:スター映画としての父親誕生譚

(C)2013「そして父になる」製作委員会

この主人公、嫌い。

スポンサーリンク

作品情報

『誰も知らない』などで知られる是枝裕和が監督・脚本・編集を務めたオリジナル作品。子供の取り違えによって交わった二組の家族の姿を描く。主演の福山雅治が、初の父親役を演じる。第66回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した。

出演: 福山雅治 / 尾野真千子 / 真木よう子 / リリー・フランキー ほか
監督: 是枝裕和
脚本: 是枝裕和
公開: 2013/09/28
上映時間: 121分

あらすじ

学歴、仕事、家庭。自分の能力で全てを手にいれ、自分は人生の勝ち組だと信じて疑っていなかった良多。
ある日病院からの連絡で、6年間育てた息子は病院内で取り違えられた他人の夫婦の子供だったことが判明する。
血か、愛した時間か―突き付けられる究極の選択を迫られる二つの家族。
今この時代に、愛、絆、家族とは何かを問う、感動のドラマ。

そして父になる 予告編 – YouTubeより引用
スポンサーリンク

レビュー

このレビューは『そして父になる』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

「ホームドラマ」の名手

監督デビュー作『幻の光』(1995)を皮切りに、ヴェネチア映画祭やカンヌ国際映画祭をはじめ、国内外で高い評価を受け続けている映像作家・是枝裕和さん。ドキュメンタリー番組の演出を手掛けたのち、映画監督としてデビューして以来、様々な「ホームドラマ」を世に送り出しています。

柳楽優弥さんのカンヌ国際映画祭男優賞の史上最年少受賞も話題を呼んだ『誰も知らない』(2004)。監督・脚本・編集を務めた同作は、実際に発生した子供置き去り事件を題材に、ネグレクトを受ける子供たちの姿を残酷に映し出しました。

他にも、家族ならではの絶妙な距離感と緊張感を描いた『歩いても 歩いても』(2008)や、両親の離婚により離れて暮らす兄弟の冒険譚『奇跡』(2011)など、多種多様な家族の物語を作り出してきました。『そして父になる』も、これらと同様に是枝さんが監督・脚本・編集を担当しています。

今作の題材は、赤ちゃんの取り違え。エンドロールには、奥野修司さんのノンフィクション作品『ねじれた絆-赤ちゃん取り違え事件の十七年』(1995)がクレジットされています。同作は1971年、沖縄で実際に起きた新生児取り違え事件を、長年にわたり取材した記録です。

これまでドラマ化もされている作品ではありますが、ここで注目すべきは、決してこの映画の「原作」ではなく「参考文献」である点。この物語において赤ちゃんの取り違えは、あくまで表層的な舞台設定に過ぎません。

出生直後の新生児にバンドを装着するなど、いくつもの取り違え防止策が既に講じられている現代では、登場人物が言及しているとおり、滅多に起きないと考えられています。それもあってか事件の顛末自体は劇中でサラッと扱われるのみで、事件の是非を問うといった展開にはなりません。

その代わりメインテーマとなっているのは、父性。事件を通して、家族における「父親」とは何なのか、が描かれています。主人公の野々宮良多は、エリート建築家として成功を収め、小学校入学を控える息子・慶多とともに、不自由のない裕福な暮らしをしている。

野々宮家3人で私立小学校の「お受験」に挑む場面から物語は始まる。ここで交わされる会話の中で、良多と妻・みどりの関係性や彼の考える「良き家族」像が、さり気なく、しかし明確に示唆されています。

台詞による説明に頼らず、観客に想像を促すストーリーテリングは、是枝さんの特徴の一つです。細かいディテールにこだわっているからこそ、キャラクターに実在感があり、会話劇として面白い。これこそ映画、と言える脚本と演出の妙が、冒頭の時点から堪能できます。

イヤな父親役のスター映画

子供を産んだ地元の病院から取り違えの事実を告げられた野々宮夫妻。後日、取り違えの相手である斎木雄大・ゆかり夫妻と対面する。町の電気屋を営む斎木家は3人の子供を育てており、長男・琉晴のDNA鑑定をした際、今回の事件が発覚した。

中盤以降、一緒にショッピングモールに遊びに行くなど、徐々に親交を深めていく二組の家族。二組の生活が対比されることで、両者の家庭環境や子育ての仕方の違いが浮かび上がってきます。

餃子とすき焼き、ストローや箸のマナー、家にある遊び道具。それら小道具の数々や画面の色調によって、生活の違いが浮き彫りになっています。週末だけ慶多と琉晴を交換するようになってからは特に、それらが痛いほどに伝わってきました。

子育てに関しても、良多は一方的にしつけるのに対し、雄大は本人の自由を尊重して自立心を育んでいる。基本的に斎木家のほうが「良き家族」として描かれてはいるものの、野々宮家のような恵まれた環境を望む気持ちも理解できる。つまり本作はどちらかを悪と決めつけず、どちらの家族にも感情移入できるバランスになっているのです。

福山雅治さん演じる良多は、「負けたことのない奴は人の気持ちが分からない」と言われるほどイヤな性格の持ち主。エリート街道まっしぐらの「勝ち組」である自分に自信があるため、斎木家も、妻も、そして出来の悪い息子さえも、どこか内心で見下しているように見えます。

企画当初から福山さんの起用を前提としており、いわゆる当て書きがされています。容姿端麗で、歌もラジオもバラエティもこなす完璧超人。福山さん自身のイメージを利用して、エリートのイヤな面が見事に表現されています。初の父親役にしてハマり役であり、間違いなくベストキャスティングでした。

妻のみどりを演じるのは、尾野真千子さん。エリートルートから途中で離脱したことが仄めかされる彼女は、そんな自分に引け目を感じているように思えます。ゆえにそれまで抑えていた感情が爆発した喫茶店のシーンの迫力は凄まじく、圧倒されました。

一方でリリー・フランキーさんが演じているのが、斎木雄大。挨拶代わりに「出かけになって、こいつ(ゆかり)がもたもたしよって」と、会うたびに繰り返し言っているのが笑えるとともに、良い意味で適当な彼の生き方を象徴していました。

そして真木よう子さんは、ときに優しく、ときに厳しい素敵な母親・ゆかりを演じています。リリーさんとの掛け合いにも絶妙な凸凹コンビ感があり、自然に夫婦に見えるのが凄かった。

さらには、画面に登場した際に圧倒的な「祖母」感を放つ樹木希林さんなどを含め、台詞や表情の一つ一つで人物の性格や価値観を表現している俳優陣の存在が、この映画の世界観を支えています。

生みの親か、育ての親か

是枝作品において特筆すべきは、これ以上ないほどの子供たちの実在感。監督の特徴的な演出として、子供には事前に脚本を渡さず、撮影前に口伝えで台詞を伝える、という手法はよく知られているでしょう。

また台本にはない想定外の子供たちの言動と、それに対する大人たちの反応を、そのまま作品に採用することもあるのだそう。ドキュメンタリー出身ならではのノンフィクション的な視点ゆえの作家性と考えられます。

二宮慶多くん演じる慶多は、ただおとなしいだけではなく、時折滲ませる複雑な表情にドキッとさせられました。一方、琉晴を演じる黄升炫くんは、「なんで?」の連呼をはじめ、素直で活発な感じが伝わってきました。長女の美結しかり、次男の大和しかり、本当に彼らが存在するように見えます。

父親は、母親と比べて人工的な存在と言えます。母親は妊娠し、お腹を痛めて出産をしますが、父親はそうではありません。また「子供が小さいときは、父と母では日々の密着度が違う。だから子供は母親がいないとまったくダメだけれど、父親は必要とされることがあまりない」と是枝さんは語ります(※1)。

※1:INTERVIEW|映画『そして父になる』是枝裕和監督インタビュー – Web Magazine OPENERS(ウェブマガジン オウプナーズ)より引用

すなわち子育てをしていく中で、意図的に「父になる」必要があるのです。劇中の台詞にも登場する「生みの親より、育ての親」という言葉は、昔からよく言われています。ただし良多は血縁に重きを置いており、子供の交換に積極的でした。

「二人で甘やかしてどうすんだ。」序盤に彼が発した何気ない言葉一つとっても、彼が旧来的な父親らしさに囚われているのが分かります。というのも夏八木勲さん演じる良多の父親が「多くを語らないけれど、気持ちを察してほしい」的な態度であり、彼の影響を受けているのが容易に推測できます。

知り合いの弁護士である鈴本からは「考えが古い」「ファザコン」と言われていた良多。父親のことを好きではないように見えますが、実際のところ、その父親と似てしまっている言動からは虚しさすら感じられました。

物語終盤、本格的に子供の交換が行われると、良多の理想の家族が崩壊し始める。そこで彼はようやく、自分の父親としての仕事と向き合う。そこで印象的なのが、良多のカメラを使った演出。ここまで描かれてこなかった慶多の視点が不意に明らかになり、ハッとさせられました。

彼がまさに父親としての一歩を踏み出す場面で、映画は幕を閉じます。野々宮家と斎木家、二組がどういった未来に進んでいくのか。その後の物語については、観客一人ひとりに想像の余地を与えています。絶対的な正攻法が存在しない子育てと同様に、この物語の解釈にも絶対的な正解はないのではないでしょうか。

スポンサーリンク

最後に

観ている人が置かれている境遇や立場によって、異なる感想を抱くであろう多層的な作品。自身の育った家庭環境、既婚・未婚、子供の有無などの違いで感じるものは異なるでしょう。そのため、ぜひ多くの人に観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

Comments