『Saltburn(原題)』感想:奇人集う貴族一家の栄枯盛衰

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哀れなる貴族たち。

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作品情報

『プロミシング・ヤング・ウーマン』で第93回アカデミー賞脚本賞を受賞したエメラルド・フェネルの長編監督第2作。貴族の友人との出会いをきっかけに、冴えない大学生が特権と欲望に溺れていく。日本未公開の劇場用作品であり、Amazon Prime Videoで配信されている。

原題: Saltburn
出演: バリー・キオガン / ジェイコブ・エローディ / ロザムンド・パイク ほか
監督: エメラルド・フェネル
脚本: エメラルド・フェネル
配信: 2023/12/22
上映時間: 131分

あらすじ

オックスフォード大学に入学したオリヴァー・クイック(バリー・キオガン)は大学生活になじめないでいた。そんな彼が、貴族階級の魅力的な学生フィリックス・キャットン(ジェイコブ・エローディ)の世界に引き込まれていく。そしてフィリックスに招かれ、彼の風変わりな家族が住む大邸宅ソルトバーンで生涯忘れることのできない夏が始まった。

Amazon.co.jp: Saltburnを観る | Prime Videoより引用
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レビュー

このレビューは『Saltburn(原題)』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

期待を裏切る2作目

性被害の復讐に命を懸ける女性の物語『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)。脚本家としても活躍していた俳優エメラルド・フェネルさんの長編監督デビュー作である同作は、第93回アカデミー賞脚本賞などの高い評価を獲得しており、映画監督として鮮烈なデビューを果たします。

長編監督第2作『Saltburn』も、フェネルさんが引き続き製作・監督・脚本を務めています。イギリスやアメリカでは2023年11月17日に劇場公開されましたが、日本では公開されていません。世界的には同年12月22日に、Amazon Prime Videoで配信が開始されました。

舞台は、2000年代後半のイギリス。オックスフォード大学に入学した主人公オリヴァー・クイックの入学式の場面から、映画は幕を開けます。他の新入生が打ち解けあう中、自分の居場所を見つられずにいた彼は、いわゆる「陰キャ」として学生生活をスタートさせた。

やがてオリヴァーは、上流階級出身の好青年フィリックス・キャットンに惹かれる。校内で困っていた彼を助けたことをきっかけに、親交を深めていくオリヴァー。夏休みに入ると、豊かな自然に囲まれた海辺の町「ソルトバーン」にあるキャットン家の豪邸で居候を始める。

とはいえオリヴァーは、ただの陰キャには見えません。何とも言えない不気味さを醸し出しています。フィリックスを建物の中からじっと見つめる表情。あるいは、入学当日に仲良くなった友人マイケルとの関係をあっさりと切り捨てる素っ気なさ。こうした後の展開へと繋がる描写が、序盤から丁寧に積み重ねられています。

今作が描くのは、欲望が渦巻く貴族たちの世界。キャットン家の面々が浮世離れした日々を過ごしている一方、オリヴァーは労働者階級の家庭で育った。二人の境遇の違いをまざまざと映し出した序盤は、映画『あのこは貴族』(2021)を彷彿とさせます。

ただしイギリスは、階級が文化の中に深く入り込んでおり、他の国とは異なる独特な価値観があると思います。大学においても金持ちたちがヒエラルキーのトップにいる、という構図からは、庶民と貴族の階級の違いによって人生が決まっていくさまを痛感させられました。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、MeToo運動以降におけるジェンダー観の問題を、総括的に暴き、社会に突き付けました。同作に加え、『バービー』(2023)でも製作として素晴らしい仕事をしていたマーゴット・ロビーさんが、この映画の製作にも参加しています。

そのため本作は、一見すると格差社会の闇をえぐり出し、提言をする作品のように思われます。しかしそうした期待は、良い意味で裏切られました。というのも主要キャラ全員が意図的に気持ち悪い人物に設定されており、庶民側にも貴族側にも共感できないのです。

奇人キャスティングの妙

物語中盤からは、ソルトバーンの邸宅に舞台が移ります。そこではキャットン家の面々が、悠々自適な暮らしを営んでいた。世間知らずな倫理観や凝り固まった偏見を持っている彼らは、正直に言って奇人ばかり。観ていて嫌悪感を抱くのは必然でしょう。

階級の違いゆえに当初は距離を置かれていたオリヴァーですが、徐々に一族の面々と打ち解けていく。庶民出身の彼が、裕福な家庭を「侵食」していく展開は、『パラサイト 半地下の家族』(2019)と似ています。

一族の後継者と目されるフィリックスを演じるのは、『ユーフォリア/EUPHORIA』(2019)で知られるジェイコブ・エローディさん。妖艶な雰囲気を纏っており、立ち姿一つで貴族としての説得力がありました。終始凄まじい色気があり、彼の背後から光が差すカットはその象徴と言えます。

フィリックスの母エルスペスを演じるのは、『ゴーン・ガール』(2014)のロザムンド・パイクさん。だんだんとオリヴァーに惹かれていく様子が印象的でした。他にもフィリックスの姉ヴェニシア役のアリソン・オリバーさんなど、脇を固める俳優陣もみな濃厚な演技を見せています。

さらに、キャットン家の執事・ダンカン役のポール・リスさんが独特な存在感を放っていました。終始表情を崩さない彼の不気味さは、豪邸の出で立ちと相まって『シャイニング』(1980)を連想させます。劇中に出てくる木の迷路のミニチュアは、明らかに同作のオマージュと考えられます。

このように『プロミシング・ヤング・ウーマン』に続き、キャスティングの妙が感じられる今作。中でも最も輝きを放っていたのが、陰キャ大学生の仮面を被ったサイコパス主人公オリヴァーを演じるバリー・キオガンさんでしょう。

『イニシェリン島の精霊』(2022)でのアカデミー賞助演男優賞ノミネートも記憶に新しいキオガンさん。今回演じるオリヴァーは、強烈な印象を残した『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017)の役とも通じており、彼の十八番とも言えます。

憧れていた人物への感情が、妬みや憎しみへと変わっていく。オリヴァーのような気持ち悪い役が似合うのは、年齢不詳感のある見た目と、本心が読めない演技の気味悪さがマッチしているからではないでしょうか。

舐める、すする、悶える。陰湿な行動の数々は、実に気持ち悪い。特にバスタブのシーンと墓の前のシーンの2か所は、衝撃が走ったと同時に、ドン引きしました。最初から最後まで狂い続けるオリヴァーを体現した類稀なる怪演は、本作の白眉に違いありません。

平気な顔をしてフィリックスに嘘をつき続けていたオリヴァー。父親は健在だし、母親も健康そのもの。両親に対して彼は、「大学では討論部に所属し、演劇やボートにも励み、首席で卒業した」と報告していた。彼の虚言の数々が明るみになったとき、私は背筋が凍りました。

痛快で気持ち悪いラスト

フィリックスに嘘がバレたオリヴァーは、あっさりと関係を切られてしまった。程なくして彼は、最愛の友人であるフィリックスの死体を目にする。そこから物語は加速し、一人、また一人と一族の面々がソルトバーンから退場していく。

フェネル監督は『プロミシング・ヤング・ウーマン』でも直接的な暴力描写を出来るだけ避けており、省略や余白を効果的に使っていました。今回も直接的な血や暴力を含むシーンを避けながら、登場人物の顛末を間接的に描写しており、明らかに監督の作家性の一つと言えます。

その後、オリヴァーも一度は邸宅を去るものの、エルスペスを利用しソルトバーンに戻り、一族の持っていた全てを掌握する。この物語の発端になる出来事から、ずっと彼の手のひらで踊らされていたことが明らかになる演出には、思わず鳥肌が立ちました。

映画『哀れなるものたち』(2023)にも通ずる、主人公の「勝利」エンディング。行動そのものは醜悪極まりないにもかかわらず、ラストに流れる『Murder on the Dancefloor』による開放感も相まって、痛快さすら感じられました。

自身の計画を成し遂げた後の、一糸纏わぬオリヴァーのダンスは、いわば「勝利の舞」。このラストのために、それまでの2時間があったと言っても過言ではありません。入学式を映したオープニングの長回しとの対比にもなっており、構成的な美しさも垣間見れます。

このダンスシーンに代表されるとおり、ここぞ、というタイミングでポップスを流していたのも素晴らしかった。個人的には、誕生日パーティの日にオリヴァーとフィリックスが会話をするシーンで流れる『Satisfaction』が印象に残りました。

そして何より、フェネル作品の特徴であるオシャレな絵作りが全編にわたって炸裂しています。当時のイギリスを表現したようなフォントを含め、映像美に圧倒されました。何も起こっていないのに、序盤からずっと不穏な雰囲気に包まれている。不穏でありながらも、映像的には美しいのです。

ドロドロとしたサイコスリラーでありながら、直接的な描写はほとんどなく、なおかつクスッと笑えるやり取りが随所に仕込まれています。ジャンルや題材のわりに見やすく、スクリーンで観られないのが悔やまれる良作でした。

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最後に

特権と欲望に翻弄される人々を描いた、醜悪ながらも美しい作品。サイコスリラーの中では見やすい作りだと思うので、ぜひ観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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