YouTubeに予告動画すらも上がっていないけれど、傑作だったドラマの話。
作品情報
2013年に発表された『他人を支配する黒すぎる心理術』を元にしたオリジナルストーリー。心理術を操る謎の女・クロノサキが、人々を翻弄していくさまを描く。サキを演じるのは、連続ドラマ初主演となる乃木坂46の久保史緒里。2話完結形式になっており、各章ごとにゲストが登場する。
出演: 久保史緒里 ほか
監督: 木村弥寿彦 / 石田陽希 / 髙山浩児 / 髙野有里
脚本: 吹野剛史
放送期間: 2021/04/23 – 06/11
話数: 8話
あらすじ
「気がつくと、いつもあの人の思い通りになっている」誰もが一度はそんな思いを抱いたことがないだろうか?何気ない言動やしぐさを使って他者の行動や感情までも支配し、思いのままにコントロールすることができるすべ、それが“ブラック心理術”。人類の歴史に大きな影響を与えてきたともいわれる、この心理術を巧みに操る謎の女がいた。
女の名はクロノサキ(久保史緒里)。ドSで毒舌。そして神出鬼没。対人関係に悩む人の前にふっと現れては、「あんたバカ?」と見下しながらも、その悩みを解決するための“ブラック心理術”を指南する。しかし、それは使い方を間違えると、人の性格すら変え、ときに相手を社会的に抹殺してしまうほどの力を持つ。サキが授ける“ブラック心理術”とは、人との関係を良好にする良薬なのか?それとも、使った者の人生さえも壊してしまう劇薬なのか?
クロシンリ | 関西テレビ放送 カンテレより引用
レビュー
このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
ブラックユーモアある物語
このドラマは関西テレビとBSフジ共同制作のオリジナルストーリーですが、劇中に出てくる心理術には元ネタがあります。出典元は、マルコ社による『他人を支配する黒すぎる心理術』。心理学的な見地からコミュニケーションに役立つテクニックを記しており、ドラマでは参考文献としてクレジットされています。
「支配する」「黒すぎる」と少し物騒なタイトル。しかしながら中身は、相手を思い通りに動かすための心理テクニック、言い換えれば、人間関係を円滑にするテクニックが書かれています。日々の生活にも取り入れられるものばかりで、割と簡単に実践できるものが多いように感じました。
そのためこの本やドラマを観たあとは、「これやってみたいな」と思えるものが一つは頭の中に残っていると思います。個人的には「相手に自分の要望を受け入れさせる」方法を、ぜひ実践してみたいところ。
心理術を使った人々が、どのように人生を変えていくのかを描いているのがこの作品。2話で1つの章になっており、各章ごとに異なる背景を持った悩める人々が登場します。『仮面ライダーダブル』(2009-10)でおなじみのスタイルですね。家族や学校、職場などさまざまなシチュエーションで物語は展開していきます。
悩みを抱えた人々に心理術を教える存在が、本作の主人公である「クロノサキ」。常に赤いコートに身を包み、フードを被った特徴的な外見をした謎の女性です。ナレーションいわく「人類の歴史にさまざまな影響を与えたと言われる心理術を使って、人の心を支配しもてあそ」んでいる。
彼女のことを見たり、彼女と会話したりできるのは、選ばれた人間だけ。普通であれば認識することすらできない存在なのです。いわば神のような全能の存在。ナレーションや視聴者に語りかけるなど、フィクションと現実の境界を軽々しく越えるのも特徴的です。
似たようなキャラクターとしては『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造が挙げられます。女性版の赤い喪黒というイメージを持っていただければ、大きくズレていないでしょう。
目の前に突然現れて、他人の人生を変えたら、知らぬ間に去っていく。当人たちは必ずしも幸せな人生を歩むわけではなく、中には災難を被る人もいます。そういったブラックユーモアには、藤子不二雄Aを連想せざるをえません。そういった系統の話が好みであれば、今作も面白く思えるのではないでしょうか。
しかし喪黒とは異なって、人間に接する態度は冷徹そのもの。必ず「あんた、バカよねえ」と罵詈雑言を吐くドSぶり。もしかしたら俯瞰して他人を観察しているからこそ、その人にとって適切な心理術を教えられるのかもしれません。
それとは対照的に、お酒が飲めなかったり、エロが苦手だったり、水鉄砲を持っていたり、少女のような一面があるのも非常に印象的。そういった多面性も、彼女の謎を一層深める要因になっています。
クロノサキの体現
そんな謎多き主人公を演じるのは、久保史緒里さん。乃木坂46のメンバーとして活動するほか、雑誌『Seventeen』の専属モデルに抜擢されたり、舞台版『夜は短し歩けよ乙女』に黒髪の乙女役で出演したりするなど、活躍の幅を広げています。
過去の映像作品や、コント番組『ノギザカスキッツ ACT2』(2020-21)で経験を積んでいるとはいえ、本作が連続ドラマ初主演。そんなことを感じさせないほど、演技が堂々としていて達者であるということを声を大にして言いたいのです。
同じ乃木坂46メンバーが主演したドラマとして、『電影少女 -VIDEO GIRL MAI 2019-』(2019)があります。周囲の人々を惑わし、狂わすビデオガールを山下美月さんが演じていました。テレビから出てきたビデオガールという存在の持つ、妖気と狂気が伝わってくるキャラクターでした。演じた役柄のキャラが濃いという点で、このドラマと共通しています。
先述したようにクロノサキは、人間味がなく冷徹ながらも、ときにチャーミングな一面を覗かせます。そういった特殊な人物なので、それほど演技が上手でない方が演じていたとしたら、ただのイタい人にしか見えない役回りかもしれません。しかしながら彼女はこの役をしっかり自分のものにして演じており、サキを魅力的なキャラクターにしています。
ドラマの中で印象的なのが、彼女が劇中で唯一、怒りを露わにする場面。ターゲットのことを怒りながら説教するシーンが最終話にありました。彼女の演技から迫力と凄みが感じられて素晴らしいです。
各章ごとに出演する俳優陣にも触れておきたいです。例えば『惡の華』(2019)のヒロインの一人・佐伯を演じた秋田汐梨さん、『ペンギン・ハイウェイ』(2018)で主人公アオヤマ君を演じた北香那さん、実写『ちはやふる』シリーズで駒野勉を演じた森永悠希さんなど、注目のキャストが出演しています。
価値観の見つめ直し
ようやく物語の中身へと話を移します。初回となる第1章のターゲットは、冴えないサラリーマン・村上和也。日常的にパワハラを繰り返す部長との関係に悩んでいました。サキの心理術を駆使して上司に気に入られることで、会社で地位を築いていきます。
しかし付き合っていた同僚の坂崎恭子によって、部長の賄賂が暴かれたことで、部長と和也は異動になります。彼女はその証拠を得るためだけに彼に近づいていました。バッドエンドだが因果応報な結末になっていて爽快さがあります。
高校を舞台にした第2章では、内気な女子高生・酒井田杏が登場。分け隔てなく誰にも優しく接する松沼に好意を寄せるものの、彼は先生である川原恵美に好意を寄せています。心理術を使って、一途だった彼を自分に振り向かせることができました。付き合ったことで垢抜けて、幸せな結末に見えます。
しかしながら松沼には裏の顔がありました。恵美へのストーキングだけでなく、彼女の心を射止めた西本先生を階段から突き落としたり、付き合った杏に暴力をふるったりする男だったことがラストに明らかになります。なのですごく後味が悪いです。
つづく第3章のターゲットは、夫の不倫に気づいたセレブ妻の太田美奈子。愛人としての関係を続けたい浮気相手・絵里と、惨めなマウントの取り合いをしていました。しかし夫がさらに別の女性と関係を持っていることが判明すると、二人とも男との別れを決意します。浮気相手が全員同じ職場なのが、リスクマネジメントできていなさすぎて面白い。
美奈子は「男に結婚されたいと思われる」ことが女の価値と疑いを持ちませんでしたが、サキとの出会いを通じてその考えを変えました。美奈子と絵里は自身のやりたい事を見つけて、それぞれの道を歩んでいきます。二人とも男への依存を断ち切り、シスターフッド的な展開になっているのが特徴的。
最後となる第4章は、医者である木下正人。大人になっても「まーくん」と呼ぶ過保護な母親に手を焼いていました。彼の私生活はすべて母親に把握されており、何かを決めるときもすべて母親の言いなりになっていました。
だからこそ自分が失敗したときは、何かと理由をつけて他人のせいにしてきました。サキと出会うことで、彼がそういった間違った考えを改めるまでを描いています。
4つのお話を観てみると、ハッピーエンドとバッドエンドの両方あることが分かります。心理術を使った人間の人生が良いほうに転ぶのか、悪いほうに転ぶのか、話の最後まで分かりません。
というのもサキは、意図的に他人を不幸にしようとしているわけではありません。第4章では、偽物のヒカリと本物のヒカリが登場し、正人に選択を迫ります。彼女たちはどちらともサキの差し金だと、個人的には推測しています。サキはいろいろな選択肢を一人の人間に差し向けており、当人がどういった選択をするかを楽しんでいるように見えました。
第1章では部長に気に入られるのではなく距離をとったほうが良かったし、第2章では恋に対して盲目にならない冷静さが必要でした。一方で自身が固執していた価値観を見つめ直した、3・4章の登場人物は幸せを掴んでいます。心理テクニックはただの道具にすぎず、何のために使うかを自分で判断することが重要であることを伝える物語でした。
最後に
8話しかなくて観やすい長さです。ただ私はもっと観てみたかったという思いが強いので、ぜひ続編を作ってほしい。そんな良ドラマでした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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