『華氏119』感想:生々しく切り取られた現代アメリカ

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これからの4年間はどういった道を歩んでいくのでしょうか。

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作品情報

『ボウリング・フォー・コロンバイン』や『シッコ』で知られるマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画。タイトルの由来は、ドナルド・トランプが大統領選挙の勝利宣言をした2016年11月9日。2004年に公開された『華氏911』同様、監督自ら取材を重ね、アメリカの社会や政治問題に鋭く切り込む。

原題: Fahrenheit 11/9
出演: ドナルド・トランプ ほか
監督: マイケル・ムーア
脚本: マイケル・ムーア
日本公開: 2018/11/02
上映時間: 128分

あらすじ

16年の大統領選の最中からトランプ当選の警告を発していたムーア監督は、トランプ大統領を取材するうちに、どんなスキャンダルが起こってもトランプが大統領の座から降りなくてもすむように仕組まれているということを確信し、トランプ大統領を「悪の天才」と称する。今作では、トランプ・ファミリー崩壊につながるというネタも暴露しながら、トランプを当選させたアメリカ社会にメスを入れる。

華氏119 : 作品情報 – 映画.comより引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

事前知識なしで楽しめる

2016年11月9日。ドナルド・トランプの大統領選挙当選が確実となった日です。今日に至るまでのアメリカ、ひいては世界、の行く末を決定した一日と言っても過言ではありません。前日まで多くのメディアは、民主党候補ヒラリー・クリントンの勝利を確信していました。クリントンの支持者が彼女の当選を確信して歓喜している場面から、この映画は始まります。支持者の様子を映すときに大音量で流れているのが、レイチェル・プラッテンさんの『ファイト・ソング』。そのポップで明るい曲調が、後に起こる結末の悲惨さを皮肉にも強調しており、支持者が落胆している様子から「お先真っ暗」感がひしひしと伝わってきます。

こういった海外の政治ドキュメンタリーを観るうえで、「事前知識が無いと楽しめないのではないか」「話についていけないのではないか」といった、危惧を抱く人も少なくないと思います。しかしながら本作に関しては、アメリカ政治素人でも話についていける観やすい映画になっています。

政治に詳しくない人にとっても、この作品が観やすい要因の一つとして挙げられるのが、映像のつなぎ方。多用される実際のニュース映像やモノクロ映画と、マイケル・ムーア監督自身のナレーションによってアメリカの現状が説明されていきます。異なる種類の映像がテンポよく繋げられていることで、話のスピード感が保たれており、最後まで集中して観ることが出来ました。この編集が観ていて心地よく、クスッと笑えます。しかし同時にその映像が描き出している真実を知ると、ハッとさせられます。

補足情報として付け加えると、この映画は日本語字幕版が素晴らしいです。字幕版では台詞以外にも、登場人物や年代の軽い説明がなされています。それによりアメリカ社会に馴染みがない私たちにとって、起こっている出来事の背景が飲み込みやすくなっています。これは字幕監修をした池上彰の功績によるものだと思います。

なぜトランプが、前日までの大方の予測を覆して大統領になることが出来たのか。娘イヴァンカとのやり取り。人種差別や女性蔑視を公然と行う姿勢。大統領就任後のツイッター炎上やスキャンダル。ざっと挙げるだけで問題ありまくりな彼について、テンポよく語られるのが作品の序盤です。彼の戦略は稚拙に見えるものの、その奇抜さに注目するメディアが踊らされていることがよく分かります。

監督のフェアな姿勢

話が中盤に入ると、監督の出身地であるミシガン州にフォーカスが当たっていきます。ミシガン州で2014年から問題となっているのが、フリントの水汚染公害。もともとフリントは、ヒューロン湖を水源にして水道水を引いていました、それを経費削減のために、近くのフリント川からの給水に変更しました。しかし川の水質には問題があり、水道管から出た鉛が水に溶け出していきます。フリント住民の健康問題に大きな影響を与えることになりました。

この政策を指揮したのが、ミシガン州知事である共和党リック・スナイダー。この映画の事実上の悪役。映画を観進めると、どんどん悪役顔に見えてきます。トランプと仲良しで、やることなすこと彼と似ています。権力第一主義な彼の言動は、観ていて不快になる場面もあります。そしてフリントの子供たちが苦しむ姿を生々しくとらえた映像は、この問題の深刻さを痛々しく観客に伝えています。加えて水道水汚染の問題は、能動的に調べようと思わない限り、日本にいるとほとんど入ってこない情報だということを思い知らされました。

マイケル・ムーア監督は、自身のサイトにて『5 Reasons Why Trump Will Win』という記事を発表し、トランプが大統領になることを予測していました。その内容や映画の題名からして、一見してトランプ批判映画に思える本作。「トランプ最低」「スナイダー最悪」といった、一方的な結論におさまっているわけでは決してなく、民主党の落ち度にも触れています。

大統領選挙で民主党が敗北した原因には、もちろん民主党自身も含まれるのです。ヒラリー・クリントンに民主党予備選で敗北したバーニー・サンダース。フリント住民から希望を奪ったオバマ前大統領。彼らの問題点にも触れられており、監督のフェアな姿勢が伺えます。

本作を語るうえで忘れてはならないのが、自ら徹底取材するマイケル・ムーアの姿勢。ただただカッコいい。スナイダー知事の「豪邸」に向かって、フリントの水をシャワーでぶっかける姿は、とても爽快でした。またコップの水を持って知事室に直撃しようとする場面は、緊張感がこちらにまで伝わってきてハラハラします。これもドキュメンタリーならではの臨場感ではないでしょうか。

映画の予告でも使われているトランプの声をヒトラーに当てた映像。これぞブラックジョークの極みだと思いました。自国第一主義、政治経験の無さ、メディア戦略、人種差別、フェイクニュース。これらの要素すべてが、面白いまでにトランプと符合しています。みな最初は危機感を抱いていなかったというところも似ている気がします。一番滑稽なシーンではありますが、おかしさより怖さのほうが増して笑えない場面でした…

海の向こうの現実を観て何を思うか

アメリカと日本が、身近なようで全然違う社会の仕組みを持っている国であることを改めて実感しました。一番大きな違いと言えるのが、国のトップの選び方。日本には国のトップを直接的に選ぶ手段はありません。国民が支持する政党を選んで、一番支持を集めた政党が国のトップを選ぶ。一方でアメリカは、民主党と共和党それぞれが候補を一人ずつ選出して、国民がどちらかを選ぶ。両国が正反対な仕組みをとっていることを改めて知り、興味深くなりました。

本作の中で印象的だったのが、教師たちのストライキをはじめとして、民衆が自分たちの声を上げるために行動する場面です。日本では海外のデモやストライキの「事実」だけが報道される傾向にありますが、その裏側にある真実を本作を通して知ることが出来ます。2017年、白人極右集会に抗議する人たちの間に自動車が突っ込み、結果として一人が死亡した事件の映像。あまりにショッキングな映像は、トランプ政権以後の人々の分断を象徴しており、『帰ってきたヒトラー』(2015)のラストシーンでも使われていました。この映像や、銃乱射事件の生存者のスピーチを映画の最後に持ってくるところに、監督の一番の政治的メッセージが込められています。

このドキュメンタリーを通じて、監督が伝えたいことは沢山あると思います。その中でも今回の大統領選に通ずることだと感じたのが、「投票したいと思える候補が一人もいないのであれば、少しでもマシなほうを選べ」「つまり選挙に行って投票しろ」というメッセージです。日本とは異なり、アメリカでは地域によって、選挙に行くという行為に大変さが生じているのが、アメリカの現状です。しかしながら大統領選の期日前投票の数が過去最多になった事実を鑑みても、2016年からの4年間を通して、このメッセージが人々に伝わったと言えるでしょう。

民主党や共和党といった一方的な視点だけでなく、出来るだけ多角的な視点からアメリカ社会の暗部を切り込んでいます。ただし本作を100%事実として鵜呑みにするのは、間違いだと思います。フェアな視点を心掛けてはいるものの、監督の視点がある以上は、やはり監督の価値観や思想が多少は組み込まれています。これは映像を撮影するうえで避けられないことです。この映画をきっかけにして、アメリカ社会や政治について様々なことを知り、自分自身で考えることに本作の意義があると私は考えます。

これは余談ですが、この映画ではいろいろな映画のシーンが引用されています。正直何の映画か分からない映像も多かったので、もっと幅広く映画を観ていきたいと思わされました。引用されていた映画について知っていると、監督が伝えたい文脈をより読み取れることには違いありません。もちろん詳しい知識が無くても楽しめます!

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最後に

アメリカ大統領選挙が終わったばかりの今だからこそ、より考えさせられる映画であることには違いありません。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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