『乃木坂46 10年の歩み』感想:記録が仄めかすドラマ性の重視と健康の軽視

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作品情報

アイドルグループ・乃木坂46の10年間の活動を追った長編ドキュメンタリー。「”10th Anniversary” Documentary Movie」と銘打たれ、2021年に発売されたベストアルバム『Time flies』の完全生産限定盤に収録されている。監督は『友情ピアス』のMVを手掛けた高野寛地。

出演: 乃木坂46 ほか
監督: 高野寛地
発売: 2021/12/15
収録時間: 145分

あらすじ

もう10年なのか
やっと10年なのか
それぞれの答えは、きっと違うだろう
カメラが追いかけつづけた偽りのない感情
何もかもが初めてだった10年を振り返る
笑って泣いて好きになっていく
これは、駆け上がってきた坂の記録

10th Anniversary Documentary Movie「10年の歩み」予告編 – YouTubeより引用
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レビュー

このレビューは『乃木坂46 10年の歩み』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

膨大な記録の取捨選択

2021年、アイドルグループ「乃木坂46」は結成から10周年を迎えました。それを記念して、初のベストアルバム『Time flies』を発売。このドキュメンタリーは、アルバムに収録される特典映像として製作されました。

こうした背景も相まって、劇場公開用に作られたドキュメンタリー映画2本とは異なり、記録映像としての側面が強いです。新しく撮影されたインタビューなどは無く、豊富なメイキング映像とナレーションのみで、10年にわたる歴史が淡々と語られていきます。

グループ全体の歴史を概観した今作は、特定のメンバーにはフォーカスをあてていません。比較的フラットな視点で作られているとはいえ、膨大な映像資料の中から取捨選択は行われています。そこには作り手の主観が少なからず存在し、このドキュメンタリーが伝えたいことを浮かび上がらせます。

ドキュメンタリー映画1作目『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』(2015)は、坂を駆け上がるアイドルの過酷な裏側を映し出しました。恋愛報道に対するメンバーの反応など、センシティブな内容にまで踏み込んでいます。

それから4年後に上映された2作目『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』(2019)では、トップアイドルとしての栄光が描かれました。

乃木坂46が結成された2011年から始まり、一年ごとにチャプターが分かれているこの作品。「~年、それは乃木坂46が、~した年。」というナレーションとともに、その年の重要なイベントを振り返っていきます。このアルバムの発売時に放送されたCMと似たような印象を与えます。

Time flies【完全生産限定盤】 | 乃木坂46 | ソニーミュージックオフィシャルサイト
ソニーミュージックによる乃木坂46公式サイト。乃木坂46の最新ニュースやリリース情報、ビデオ、ライブ・イベント出演情報、メディア情報などを掲載。

今回のドキュメンタリーは、最終オーディションに合格したメンバーを撮影した舞台裏の映像から始まります。冠番組『乃木坂って、どこ?』の初収録の前に行われる円陣には、現在とは全く違うたどたどしさがあり、非常に微笑ましい。

その収録での暫定フロントメンバーのサプライズ発表にはじまり、「お見立て会」と名付けられたお披露目会、そして握手会。AKB48グループを模した、黎明期ならではの運営手法をカメラは捉えていました。

翌年に行われた舞台『16人のプリンシパル』(2012)からも、メンバー同士の競争を煽る当時の運営方針が分かります。初期に始まった慣習のいくつかは、現在にまで残っています。

しかし本作では、2014年の生駒里奈さんのAKB48兼任や、松井玲奈さんの乃木坂46兼任には一切触れらていません。一方『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』では、大きなトピックの一つでした。この変化から、「AKB48の公式ライバル」といったイメージからの脱却が見受けられます。

ストーリーへの線引き

このアルバムが発売された年には、結成初期から在籍する1期生と2期生が、相次いで卒業しました。同作発売当時に在籍していた1期生は6人、2期生は4人。グループの世代交代が着実に行われていた時期と言えます。

作品後半では、メンバーの卒業が多くなるにしたがって、メンバーのラストライブや卒業コンサートの映像が増えていきます。彼女たちに用意された花道の数々からは、他のメンバーやグループの成長が垣間見れました。

結成10周年を記念して作られた曲『他人のそら似』が最後に流れたあと、各期生による「乃木坂46です!」の口上で、作品は締め括られます。アニバーサリーイヤーを寿ぐ、祝祭感が溢れる明るいラストでした。

10年経った現在から過去を振り返っているため、今作のナレーションには、未来を知る者としてのバイアスがかかっています。

例えば、秋元真夏さんが結成から一年遅れて活動を開始したのに際し、2012年を「未来のキャプテンが復帰」と強調しています。また齋藤飛鳥さんのセンター抜擢は、「後にも先にもない、アンダーメンバーを経験したメンバーからのセンター就任」と説明されていました。

このように多くのドキュメンタリーは、対象者のドラマ性が強調される傾向にあります。これは「ストーリーを好み、ストーリーを作りたがる」気持ちが、人間の根底にあるからだと思います。

映画やドラマの登場人物の言動を考察するのと同じように、ファンはアイドルの関係性や構図を想像します。自分には見えていない空白の部分を想像で埋め、その中にストーリーを見出し、ときにエモーショナルに思ったり。「この人は、こういう人だから」という偶像を、勝手に作り上げていくのです。

本作のようなドキュメンタリーを製作できるのも、カメラが常に回っている特殊な環境下に、メンバーたちが置かれているから。カメラに偶然映り込んでいる複数のカメラマンは、プライベートの「コンテンツ化」の象徴ではないでしょうか。

当然ながら、アイドルも一人の人間。他の芸能人や著名人にも当てはまりますが、私たちが見ている彼らの言動は、彼らにとって一部でしかありません。勝手に当てはめた偶像から逸脱したからといって、当事者たちを非難することは決して許されません。

芸能人のプライベートへの過度な干渉に対する批判は、時代が進むにつれて高まっているように感じられます。ただしこういった線引きの意識は、コンテンツを生産・消費するうえで、これからも常に心に留めておくべきだと思われます。

カメラに映らない過酷さ

ベストアルバムの完全生産限定盤に収録されていることからも、明らかに乃木坂46のファンを対象としているこのドキュメンタリー。劇場で公開された2本の映画と比べて、より美談的なストーリーに仕上げられています。

今作で大々的に取り上げられるのが、バースデーライブとアンダーライブ。リハーサルから本番にいたるまで、メンバーは何時間も動き回ります。作中では、公演中あるいは公演後にメンバーが流す涙に焦点を当てており、感動的に演出されていました。

対照的に彼女たちのパフォーマンスの裏側にある、体力の消耗は描かれていません。アイドルのライブでの運動量は、プロスポーツ選手よりも多いと言われています。グループアイドルならではのハードなセットリストは、間違いなく彼女たちに身体的な負荷をかけています。

長年アイドルシーンに携わってきた振付師の竹中夏海さんは、著書『アイドル保健体育』で「現代のアイドルはこうしたケアの時間がほとんどとれず、ライヴの直後には慌ただしく準備をし、休む間もなく特典会や握手会を行なうことが少なくない。パフォーマンスの前後でケアを行なうための時間が考慮されていない」と述べています。

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乃木坂46に関しても、ライブ終演後すぐにラジオ生放送など、他の仕事が入っている場合がしばしば。そうした過酷なスケジュール体制からは、ライブ直後のメンバーに対して、フィジカルのケアが十分に考慮されていないように考えてしまいます。

また作中では、『じょしらく』(2015)や『すべての犬は天国へ行く』(2015)の公演映像が使われていました。同二作のほかにも、個人で舞台に出演するメンバーは少なくありません。自主練や稽古など稼働時間の長い舞台仕事と、グループ活動の両立の困難さは、容易に想像できます。

メンバーは身体的だけでなく、精神的にも消耗しています。その原因として挙げたいのが、シングルリリースごとに開催される握手会。どんな人が会いに来ても、笑顔で接しなくてはいけない。そういった無言の重圧は、稼働時間の長さとともに、彼女たちの疲弊に直結しているでしょう。

コロナ禍ではオンラインに変更され、少なからず負担は軽減されていると感じられます。とはいえシステムの本質は変わっていないのです。

こうしたスケジュールの過酷さや稼働時間の長さを鑑みると、「アイドル」であり続けることの大変さが浮き彫りになります。休業するメンバーが出てくるのも仕方ない、と思わざるを得ません。応援する側も運営する側も、メンバーの身体的ないし精神的健康に、さらなる配慮が必要ではないか。アイドルビジネスについて、そんな考えを逆説的に巡らせるきっかけとなる作品でした。

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最後に

アルバムを購入した人だけが鑑賞できる長編ドキュメンタリー。乃木坂46という長い歴史を持つエンターテイメントを象徴する作品でした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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