『おカネの切れ目が恋のはじまり』感想:物語と現実が交差して伝える彼への気持ち

(C)TBS

この作品の放送に向けて尽力された方々には、感謝の気持ちでいっぱいです。どんな形であれ放送された、このドラマを観ることができて本当に良かったです。

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作品情報

2020年に放送されたTBS製作の連続ドラマ。『凪のお暇』の脚本家・大島里美によるオリジナル作品。金銭感覚が正反対な二人が織りなすラブコメディ。主人公の九鬼玲子を演じるのは、『コウノドリ』などに出演し、ゴールデン帯連続ドラマ初主演の松岡茉優。『ブラッディ・マンデイ』をはじめ、数々のドラマに出演する三浦春馬の最後のドラマ作品となった。

出演: 松岡茉優 / 三浦春馬 / 三浦翔平 / 北村匠海 / 南果歩 / 草刈正雄 ほか
監督: 平野俊一 / 木村ひさし
脚本: 大島里美
放送期間: 2020/09/15 – 10/06
話数: 4話

あらすじ

中堅おもちゃメーカーの経理部で働く主人公・九鬼玲子(くき・れいこ)は、とある過去が原因で「清貧」という価値観で生きるアラサー女子。金銭感覚が独特で、お金の価値ではなく、自分が愛する“モノ”の本質を大切にして暮らしている。その玲子が勤めるおもちゃメーカーの御曹司・猿渡慶太(さるわたり・けいた)は、「浪費」にかけては天賦の才能を持った男。営業部に在籍していたが、浪費のしすぎで玲子がいる経理部に異動になる。そんな金銭感覚が両極端な、「清貧女子」と「浪費男子」が出会い、ひょんなことから鎌倉にある玲子の実家に慶太が住み込むことになり…。

はじめに|TBSテレビ 火曜ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』より引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

当て書きしたような実在感

7月14日、このドラマの制作が発表されました。この第一報を見たとき、私は飛び上がりました。何しろ松岡茉優さんが主演を務める連続ドラマだからです。ラブコメディという個人的には苦手な分野でしたが、観ないという選択肢はありませんでした。

主人公の九鬼玲子は、玩具メーカー「モンキーパス」の経理部で働く会社員。テニススクールの先輩である早乙女健に、15年間も片思いをしています。経理部としての仕事ぶりや、想いを寄せる人に対するこじらせ方は、どうしても『勝手にふるえてろ』(2017)で彼女が演じていたヨシカを連想させます。同作でイチを演じた北村匠海さんもこのドラマに出演している点を含めて、共通点が多く見られます。

玲子はお金や恋愛に対する独自の世界観を確立しており、芯がブレない人物です。愛想が良く見えない彼女は、周囲から「世捨て人」と言われています。私は無愛想というよりは、世の中に対して見切りをつけている、もしくは人生を達観しているように見えました。『劇場』(2020)の沙希と似たような、着飾った外面に隠されている内面の精神的な危うさが、玲子にもあります。このように松岡茉優さんという役者に当て書きしたと思えるほどに、役者とキャラクターが重なって見える瞬間がいくつもあります。

役者とキャラの一致と言えば、経理部の面々にも同じことが言えます。鴨志田芽衣子役のファーストサマーウイカさんや、猪ノ口保役の稲田直樹さん(アインシュタイン)など、演じている方自体の「その人らしさ」が生かされています。とにかく実在感がすごいです。こういった脇役の登場人物一人とっても、魅力的に設定されていて、観ていて飽きません。

玲子の家に居候することになる猿渡慶太は、彼女と対照的に金遣いが荒いです。狂ったように浪費する慶太の様子は滑稽に描かれており、本作のコメディ要素を担っている人物です。駄目駄目なんだけど憎めない人に見えるのは、演じている三浦春馬さんの持つチャーミングさから来ているのだと思います。

そして忘れてはならないのが、慶太のペットである猿彦。その正体は「LOVOT」という最新のテクノロジーによって生み出された次世代型ロボットです。私自身このロボットについて知らず、ホームページを見たら思ったよりハイテクなロボットで驚きました。この猿彦がとにかく可愛い。私も猿彦と一緒に過ごしたい。彼を見ていると辛いことなんて忘れられる気がします。本当にいとおしい。

日々の生活を見直すきっかけ

タイトルからも分かる通り、今作のテーマは「お金」。経費の定義や、消費と浪費、投資の違いといった、お金の基本を改めて教えてくれます。これらを説明する場面等で、画面に実際に文字が出てきたり、さらにはイラストが動き出したりします。こういった現実から飛躍したコミカルな演出は、『逃げるは恥だが役に立つ』(2016)にも見られました。おそらく現代のコメディドラマの一つの特徴なのでしょうか。

本作はラブコメであると同時に、人生におけるお金の立ち位置について考えさせられます。玲子は「清貧」=清く貧しく心静かに生きることを目指しています。例えば茶碗が欠けると、金継ぎをして繕う。身に着ける服やバッグも自分で作ります。松岡さんも出演した映画『リトル・フォレスト』2部作にも見られた「丁寧な暮らし」を体現しています。あの映画で東北の集落に住むいち子やキッコの生活を観て、普段の生活の荒さを思い返した観客も少なくないでしょう。彼らの生活を全て真似することは出来なくとも、自身の生活や食について振り返るきっかけを与えてくれる作品です。玲子も同様に、視聴者の金遣いの荒さを振り返らせてくれます。

くるみクッキーや草饅頭、玲子はその一つ一つに感謝を忘れません。日常の中にある、つかの間の小さな幸福を見出しているのです。2020年という先行きが不透明な現代だからこそ、こういった地に着いた幸せを描くことで、現代の私たちが共感しやすくなっています。また、早乙女を遠くから愛でているだけでいい、という彼女の恋愛観からは変化を恐れていることが伺えます。変化することで悪いほうに転ぶ危険性があるからです。この考えも現代を象徴している価値観だと思います。付け加えると、山鹿がオンライン飲みをしている場面が出てきて、「今っぽいな」と感じました。

先行きが分からないからこそ、余計に私たちはお金に振り回される。板垣純や早乙女まではいかないものの、大なり小なり自分事として考えてしまうテーマです。ただ自分のことだけ考えるのではなく、一度立ち止まって周りをよく見ることも大切。そういったメッセージが、玲子の性格や鎌倉という舞台に表れています。お金は生活と切っても切り離せない存在だけど、それだけを追ってはいけない。このドラマが伝えたいのは、そういった誰の身にも当てはまるようなメッセージではないでしょうか。

現実と重なる特殊な最終話

失恋した玲子に慶太がキスをする場面で、3話は終わります。これから二人が恋愛関係になるのかならないのか、非常に気になるところでした。しかしながら最終話にあたる4話では、慶太が朝早くに行先を告げずにどこかに行ってしまいます。翌日になっても姿を現しません。

このあらすじから察せられるように、最終話は三浦さんの死後に撮影された回なのです。慶太が登場するのは、布団で気持ちよく寝ている冒頭のカットと回想シーンです。「ひょっとして、彼はもう出ないのか」と思いながら観ており、終盤に至っては正気を保って観ていなかったと思います。

最終話では、玲子が自身の過去に決着をつける旅をします。この回の猿彦や板垣の立ち位置は、本来は慶太だったんだろうなとか、玲子の父親の件はドラマ終盤にやりたかったんだろうという思いが、ふとよぎります。しかしそんなことは一切問題ではありません。物語が進む中で、登場人物それぞれが、いなくなった慶太に対する思いを吐露していきます。否応にも私たちは、フィクションの世界と現実の世界をリンクして観てしまいます。この台詞は演じている役者の、彼に対する気持ちではないのか。そう思わざるを得ないし、そういう面も少なからず含まれていたと思います。

本作のラストカット。慶太=三浦さんが家に帰ってきたことを予感させます。このシーンの玲子の表情は、本当に見てほしいです。表情だけで人物の感情を伝える俳優の凄さを、改めて実感した瞬間です。同時にこの場面は、映像の中で登場人物はいつまでも生き続けることを証明しています。彼の新作を観ることは叶わなくなりましたが、この演出が私にとっては救いになりました。

今思うと制作発表の予告を観たとき、やけに顔がこけているけど大丈夫かな、と思った記憶があります。この作品の行方が不安で仕方ありませんでした。当然ながらお蔵入りにする案もあったと思います。これを形にして放送した、スタッフの心意気には頭が上がりません。胸が引き裂けるような気持ちの中で演じなくてはいけなかった役者陣。言葉では言い表せないつらい状況だったと想像します。こういうイレギュラーな形であったとはいえ、本作が放送されたのは製作陣そして視聴者に、彼が愛されている証拠であることに違いありません。もちろん私もずっと大好きです。

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最後に

10月20日に本作のシナリオブックが発売されます。放送予定だった5話以降の全話シナリオが収録されていて、こちらの内容も非常に気になります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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