『ザ・スイッチ』感想:男女入れ替わりものへの現代的解答

(C)2020 UNIVERSAL STUDIOS

またもや前人未到のジャンルの組み合わせ。

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作品情報

2020年に製作されたブラムハウス・プロダクションズによるホラーコメディ。殺人鬼と身体が入れ替わった女子高生が、自身の身体を取り戻すために奮闘する。『ハッピー・デス・デイ』シリーズで知られるクリストファー・B・ランドンが脚本・監督を務める。

原題: Freaky
出演: ヴィンス・ヴォーン / キャスリン・ニュートン ほか
監督: クリストファー・B・ランドン
脚本: クリストファー・B・ランドン / マイケル・ケネディ
日本公開: 2021/04/09 (R15+)
上映時間: 102分

あらすじ

ミリーは、片思い中の同級生にも認識されない地味な高校生。親友たちと普通の学校生活を送っていたが、ある13日の金曜日、連続殺人鬼”ブッチャー”に襲われ謎の短剣で刺されてしまう。間一髪、命は取り留めたミリーだが、次の朝目覚めるとミリーとブッチャーの身体が入れ替わっていた。女子高生姿のブッチャーが虐殺計画を進めるなか、中年男姿のミリーは24時間以内に身体を取り戻さないと一生元の姿に戻れないことを知り…。

映画『ザ・スイッチ』公式サイトより引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

ホラー×入れ替わり

『ゲット・アウト』(2017)や『透明人間』(2020)を送り出し、低予算ホラー映画製作会社として知られるブラムハウス・プロダクションズ。同スタジオの『ハッピー・デス・デイ』シリーズでは、クリストファー・B・ランドンさんの手によりコメディとホラーの両立が見事に成し遂げられました。

ブラムハウスとクリストファー・B・ランドンさんのタッグが再び実現した『ザ・スイッチ』。今作でもコメディとホラーを両立させており、もはや監督の十八番のテイストだと言ってもいいと思います。

この映画のテーマは、心と身体の入れ替わり。『ハッピー・デス・デイ』ではホラーとタイムループという異ジャンルを組み合わせていましたが、同じように『ザ・スイッチ』はホラーと入れ替わりものを混ぜ合わせています。

複数の人物(主に男女)の心と身体の入れ替わりによって巻き起こる、ドタバタやハプニングの数々が描かれるこのジャンル。『転校生』(1982)や『君の名は。』(2016)をはじめとして、古今東西さまざまな作品が作り続けられています。

日本に限らずとも、『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』(2017)に代表されるように、フィクションの定番モチーフの一つとして世界的に広まっています。

唐突に変化した自分の姿に驚愕。未経験の服やトイレで緊張。こういったドタバタから始まり、なんやかんやあって、その二人が恋愛関係に発展する話が多くあります。ただし女子高生と中年男性が「スイッチ」する本作には、二人のベタベタなラブコメ展開は全くありません。

映画冒頭に映し出されるのは、高校生の男女4人が豪邸でパーティを開催し、どんちゃん騒ぎする様子。その邸宅にやってきた何者かによって、彼らは命を奪われた。犯行に及んだのは連続殺人鬼・ブッチャー。彼はそこで手に入れた謎の短剣を使って、通りすがりの女子高生・ミリーを襲撃する。

翌朝になって目を覚ますと、短剣の呪いによって二人の身体が入れ替わっていた。それでも次々と殺人を続けるブッチャーを止めるため、そして元の身体を取り戻すためにミリーが友人たちと奮闘する。

劇中ではブッチャー(身体はミリー)の手によって、悪人たちが次々と殺害されていく。ホラー映画の定石に沿った、因果応報なストーリーは古典的で分かりやすく、安心して観ていられます。

話の種明かしの部分に関しても、途中で予想できてしまう方もいるでしょう。事件解決のための時計を使ったワンアイデアも「まあ、そうだよね」といった印象で、半ば想定通りのまま話は進んでいきます。

ジャンル的アップデート

物語の流れは今までのホラー映画を多分に踏襲している本作ですが、そういった作品とは大きく異なる点があります。それは、登場人物の配置です。

これまで作られてきた入れ替わりものは、男性視点で語れるのがほとんど。男性が女性の身体を手に入れたときに抱く、ワクワクやドキドキが中心に描かれます。女性の身体で「あんなことやこんなこと、うへへ」といった展開。多かれ少なかれ、必ずと言っていいほどある要素です。

しかしこの作品には、そんな場面はありません。殺人鬼ブッチャーは、女性への変化に対して好奇心を一切抱かないのです。鑑賞していて私がビックリしたのが、想像していたよりも彼が「殺人鬼」である点。語弊を恐れずに書くと彼は、話が通じない本物のサイコパスです。本当に関わりたくない。

身体の変化を確かめるため胸を触るシーンはありますが、それでもブッチャーが興味を持っているのは、殺人行為の一点のみ。ミリーの身体に変わった彼は、台所に降りてすぐにナイフを手に取って、近くにいたミリーの姉を刺そうとします。

強靭な肉体を失ったために、以前のように上手く殺せない男の姿が、本編で印象的に映し出されます。そう、彼は女性の身体をほぼデメリットにしか思っていません。昔からある入れ替わりコメディに親しんだ身からすると、「もっとすることあるでしょ」とツッコミを入れたくなりました。

とはいえ、従来の入れ替わりものというジャンル全体の男性中心的な雰囲気に対して、古くさいイメージを持っている人も一定数いると思われます。中には嫌悪感を抱く人がいてもおかしくありません。

今作はいままでの男性視点から反転し、女性視点でのコメディ要素が盛り込まれています。例えば、男性用トイレでミリーが用を足したときの「拭くの?」という台詞。これに代表されるように、旧来的なプロットから脱却・アップデートしつつも、しっかり笑えるギャグ演出が随所に用意されています。

そして映画終盤、元の身体を取り戻したミリーが、姉と母と協力して殺人鬼を倒す。女性同士で連帯して巨悪を滅ぼすラストには、爽快感が溢れています。明らかにガールズエンパワーメントやシスターフッドが隆盛している現代だからこそ作られた物語でしょう。

ミリー・姉・母で構成される家族の再生の物語が、付け加えられているのも特徴的。『ハッピー・デス・デイ』でも機能不全になっていた家族が再生するさまが、さらっと描かれていました。この共通点からは監督のポリシーが伺えます。

また人種やジェンダーに対しても、きちんと注意を払っている人物配置になっています。そういった面でも2020年代に製作された作品であることを感じさせられました。

スプラッター演出の妙

本作の特筆すべき魅力は、二つの人格を演じ分ける俳優二人の演技力にあります。ブッチャーを演じるのは、ヴィンス・ボーンさん。大きな体格とは正反対の、女子高生を体現した一挙手一投足がキュート過ぎます。

ミリー役のキャスリン・ニュートンさんは、ブッチャーの人格の間は言葉をほとんど発しません。表情のみで、只者ではない恐怖感を表現しており、演技力の高さをまざまざと感じさせます。彼らの演技だけでも観る価値は十分にあると思いました。

主役二人以外の演技も素晴らしく、ミリーがひそかに想いを寄せている同級生のブッカーは特に良い。他の同級生とは違い、常にどこか遠くを見ているような佇まいをしており、ミリーが惹かれるのも頷ける説得力があります。

俳優陣の演技と同じく印象的なのが、容赦ないスプラッター演出の数々。R15+のレイティングも納得です。そして、やられるキャラクターが性格の悪い人々だらけなので、爽快そのもの。画面に出てきた時点で「この人、やがて殺されるな」と分かってしまうが、殺し方のバラエティが以下のように豊かなので、観ていて楽しかった。

  • 冒頭に殺害される男女4人:喉元にビン、便座に頭打ち、などなど。
  • 高飛車な同級生のライラー:急速冷凍装置でカチンコチンに。
  • パワハラ美術教師のベルナルディ:巨大歯車でギコギコ。
  • ミリーに襲い掛かる男子生徒3人:チェーンソーでズタズタに。

終盤の舞台となる高校のホームカミングの色彩が綺麗で、そこで行われる残虐な惨劇とのコントラストが美しい。ポップなエンドロールにいたるまで、スプラッター描写への映像的なこだわりも見受けられます。

最後に付け加えたいのが、本編中でいくつもの過去のホラー映画へのオマージュが捧げられている点です。この物語のメインとなるのは、13日の金曜日。言うまでもなく『13日の金曜日』シリーズへのオマージュです。特徴的な血みどろのテロップを引用する徹底ぶり。

他にも、殺人鬼が救急車で運ばれている最中に、目を覚まし脱走する展開は『ハロウィン』シリーズを明らかに踏襲しています。ミリーが友人のジョシュに襲ってくるシーンがありますが、『シャイニング』(1980)の有名なあのカットを意識した構図で撮られていました。

ホラーが大好きな監督ゆえ、ここで挙げた以外にも様々な作品から影響を受けているに違いありません。ホラー好きの観客であるほど、そういった小ネタに気づきやすいのではないでしょうか。

これらのオマージュに象徴されるように、古くからある王道的なホラーを意識して作られている今作。しかしながら古典的な物語の中に、MeToo運動以降の流れを汲んだ現代的要素を散りばめており、懐かしさと新鮮さを同時に感じられるように仕上がっています。

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最後に

前作『ハッピー・デス・デイ』が型破り的なホラーとするならば、この作品は対照的に、王道的なホラーです。

二作は同じ世界観を共有していることが明らかになり、今後何らかの共演もあり得るかもしれない、という夢も広がります。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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