これからも新しい記録を続々と打ちたてそう。
作品情報
2019年に放送されたテレビアニメの劇場版。原作は2016~20年に週刊少年ジャンプに連載された、吾峠呼世晴(ごとうげ こよはる)による同名漫画。単行本7~8巻にあたる「無限列車編」を映像化する。アニメーション制作は、『Fate』シリーズを手掛けるufotable。
原作: 吾峠呼世晴
出演: 花江夏樹 / 鬼頭明里 / 下野紘 / 松岡禎丞 / 日野聡 / 平川大輔 ほか
監督: 外崎春雄
脚本: ufotable
公開: 2020/10/16 (PG12)
上映時間: 117分
あらすじ
大正時代の日本。鬼に家族を皆殺しにされ、生き残った妹の禰󠄀豆子も鬼に変貌してしまった炭治郎は、妹を人間に戻し、家族を殺した鬼を討つため、鬼狩りの道を進む決意をする。蝶屋敷での修業を終えた炭治郎たちは、短期間のうちに40人以上もの人が行方不明になっているという無限列車に到着する。炭治郎、禰󠄀豆子、善逸、伊之助は、鬼殺隊最強の剣士の1人、煉獄杏寿郎と合流し、無限列車の中で鬼と立ち向かう。
劇場版「鬼滅の刃」無限列車編 : 作品情報 – 映画.comより引用
レビュー
このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
なぜ人はこんなに鬼滅を観るのか
コンビニにあるお菓子や飲み物から、衣類や腕時計にいたるまで、街に出て周りを見渡せば、あちこちでコラボ商品を見つけることができる『鬼滅の刃』。そのブームは劇場版の公開で加速し、衰える気配は見えません。「鬼滅」関連の話題が連日Twitterのトレンドに入っているのを見て、「これが社会現象なんだ」ということを日々実感しています。
今月公開された劇場版は、公開から10日間で興行収入100億円突破という前人未到の記録を作り出しました。累計観客数は既に1000万人を超えています。私は公開初週の平日のレイトショーで観てきました。普段の同じ時間帯では考えられないような席の埋まり具合に、作品の人気ぶりを改めて思い知らされました。
今作がここまでヒットした要因として挙げられる3つの要素を、それぞれ述べていきます。
漫画の持つ面白さ
これはブームの前提として当然のことかもしれませんが、週刊少年ジャンプに連載されていた原作漫画が面白い。原作漫画が持つ魅力を、ここでも3つに分けて触れていきたいと思います。
信念ぶつかるアツいバトル
一つ目の魅力は、バトルものとしてストーリーがシンプルで面白いこと。少年ジャンプの三大原則として掲げられている「友情・努力・勝利」。古くは『キン肉マン』から受け継がれてきた、ジャンプ系作品に共通する「ジャンプらしさ」と言えます。『鬼滅の刃』も、その三大原則を体現しており、読んでいて「アツくなる」物語です。
物語の中で特筆すべき点は、覚悟を決めた人々の物語であること。もちろん他のバトルものの主人公たちも、つらい境遇や出来事を乗り越えて戦っています。この物語の主人公・竈門炭治郎は、「鬼」と化した妹の禰󠄀豆子を人間に戻す方法を探します。彼が入隊する鬼狩りの組織「鬼殺隊」のほとんどが、彼と同様もしくはそれ以上に、鬼に対する憎しみを抱いており、鬼の討伐のためには手段を選びません。
登場人物一人ひとりが信念を強く持っているため、葛藤や迷いをしないことが特徴的です。彼らの信念がブレないことで、私たちは「彼らは信頼できる」と安心して物語を読んだり観たりすることが出来ます。
またストーリーが比較的シンプルで、善と悪の対立構造がはっきりしています。物語の単純明快さが、子供から大人まで幅広い層の人気につながっています。「主人公がスカッと敵を倒す」という展開は、今年続編が放送された『半沢直樹』にも見られ、近年のヒット作の共通点と考えられます。
現代的なスピード感
一つ目と関連しますが、ストーリーのテンポの速さも、作品の魅力として挙げられます。バトルものの漫画を読んでいると、「一回の戦いで何話またいでいるんだ」と思うことがあります。それ自体が悪いことだと言うつもりはありません。しかしそのような展開が続くと、物語のスピードが停滞して、飽きに繋がってしまいます。
「鬼滅」の場合はどうかというと、複数の場所で行われる戦いを並行して描くことはあっても、その一つ一つの決着はあっさりつくことが多いです。何度も形勢が逆転する戦いでは、なるべくスピーディーに攻守の逆転を描いています。そのためバトルものとしてのスピード感が保たれたまま、次の話の展開へ移ります。
同時期に連載していた『約束のネバーランド』も同じく、バトルを無理に引き延ばすことはありませんでした。一回のバトルの中で攻守を逆転させるのではなく、一度退却して戦略を練り直してから、再び戦いに挑むという傾向がありました。
これらと対照的な作品として代表的なのが、『ワンピース』。一回のバトルが長かったり、ある人物による回想が延々と続いたりします。「まだこの話やってるの」と感じてしまうような全体的なテンポの遅さから、個人的には苦手です。
週刊連載と切っても切り離せないのが「引き延ばし」。人気作であるほど、新しい登場人物や設定を追加することで、無理やり漫画を延命させる手段です。これにより元々あったテンポ感が損なわれることもしばしばあります。引き延ばしは、週刊連載の宿命であり、弊害でもあります。しかしながら「鬼滅」は、人気の絶頂だった今年に完結しました。引き延ばしに(おそらく)抗ったところにも、スピード感が重要に考えられていることが伺えます。
愛すべきキャラクターたち
忘れてはならないのが、個性的なキャラクターです。ジャンプ作品の中では、『銀魂』と似たような印象があります。具体的に言うと、キャラクターそれぞれがカッコいい面と笑える面の両方を持っています。例を挙げると、我妻善逸には普段は三枚目キャラなのに、覚醒するとカッコいいという二面性があります。
この辺りはアニメ化によって、より強化された魅力だと思います。次回予告の「大正コソコソ噂話」をはじめ、キャラクターをデフォルメさせ、一時的に戦場から離脱させてあげることで、視聴者が彼らに愛着を持てるように演出されていることが分かります。そういったキャラクターの「素」や、キャラ同士のやり取りがウケたのが『おそ松さん』です。『銀魂』や『おそ松さん』も含まれますが、キャラクターにフォーカスが当てられるようになった作品は、当然グッズがたくさん作られるようになるので、人気がより強固になる傾向にあると思います。
まとめると…
これまで挙げた魅力を全て満たしている漫画は稀有だと思います。ただし『進撃の巨人』はこれら全ての要素を含んでおり、両者は似ているという印象が強くあります。主人公エレンらは巨人の駆逐という使命を、心に刻んでいます。物語の謎が徐々に明らかになるので、スピード感は変わらないし、ちょっとしたギャグ描写やスピンオフにて、キャラクターの違った一面を知れます。この共通点を挙げて分かるのが、『鬼滅の刃』には現代のヒットの法則が、実は詰め込まれていたということです。
原作リスペクトのアニメ化
2019年4月から深夜帯で放送されたテレビアニメ。ストーリーが原作に準拠していることをはじめ、先ほど述べた原作の持つ魅力が丁寧に、そして的確にアニメへとトレースされています。「鬼滅」のブームはアニメ化によって加速するわけですが、この的確さこそがヒットの要因だと考えます。
多くの人がアニメ版の長所として挙げるであろう、ufotable制作によるアニメーションのクオリティが高さは見逃せません。アニメの序盤で、炭治郎は「育手」である鱗滝左近次のもとで修業します。鱗滝が仕掛けた罠を飛び越える描写ですら、炭治郎はぬるぬる動きまくるので、観ていて気持ちいいです。もちろんアクションシーンの作画も素晴らしく、必殺技の演出はとても爽快です。アクションの自然なぬるぬるさと、キャラクターが繰り出す技の絵的なカッコよさが相乗効果を呼んでいます。
この作品に登場する「全集中の呼吸」の演出は、全体的に浮世絵のような雰囲気を感じました。テレビシリーズでは、水面斬りなど炭治郎の「水の呼吸」がメインで描かれていました。劇場版では、煉獄杏寿郎が放つ「炎の呼吸」が主に描かれますが、こちらも日本絵画的でカッコいい。特に序盤のモブ鬼相手に無双するシーンは惚れ惚れします。
アニメ版の特徴の一つでもあるのが、グロテスク描写。映像になることで漫画よりも、グロテスクな場面に対する印象が強くなっています。目玉ぎょろぎょろとか、首ちょんぱとか、ゴールデン帯では放送できないような描写があるのは確かです。この容赦ない演出は劇場版にも受け継がれており、PG12指定で公開されています。前述した目玉や首についても映画で観れますが、本作で注目すべきは鬼の精鋭部隊「十二鬼月」の一人、下弦の壱・魘夢(えんむ)が変化した姿です。ぬるぬるしていて、ぐちょぐちょしていて、質感がこちらまで伝わってくるようで最高に気持ち悪かったです。
このように原作の魅力に、アニメだからこそ可能になった表現が加わったことで、ブームは加速していきました。
タイミングに恵まれた末の映画化
この作品を社会現象にまで押し上げた要因として、上記に述べた内的な要因だけでなく、2020年という特異な時代のことを考慮しないといけません。ご存じの通り今年は、人々の生活習慣が大きく変化した一年です。なるべく家の中で活動するようなりました。新作のドラマやアニメの多くが放送延期になっことで、必然的に過去の映画やドラマ、アニメ等を観る機会は多くなりました。おうち時間を利用して、気になってはいたものの今まで見ていなかった人気作や注目作を観た、という人も少なくないでしょう。
『鬼滅の刃』はAmazon Prime等で配信されており、しかも2クール(全26話)という長さで、100話以上あるような大作と比べると見やすい長さに収まっています。今年訪れた非常事態が、元々あった人気に図らずも拍車をかけたことは間違いありません。他に大作映画が公開されていないことだけでなく、作品の人気の底上げも、今回の劇場版が観客数を増やしている要因であることは明白です。
無限列車編の映画化
さて、ようやく今回の劇場版「無限列車編」の話に移りたいと思います。
最終回のラストで描かれた、炭治郎、善逸、伊之助の3人が無限列車に乗る場面から今作は始まります。まさにテレビシリーズから地続きの物語です。なので「鬼滅」のことを全く知らない方が戸惑う構成になっていることは確かだと思います。ただしその後列車内で描かれる3人のやり取りによって、それぞれのキャラクターが簡潔に描き分けられています。炭治郎がおばあちゃんの荷物を棚の上に運んであげる優しい少年であることや、伊之助が文字通り「猪突猛進」する野性的な人物であることが分かります。
また設定が非常にシンプルであることも、初見の人にとって分かりやすい要因の一つになっています。「鬼殺隊」と呼ばれる鬼を狩る人々と、人間を食らう鬼の戦い。このように善と悪がはっきりしているため、初めて観ても飲み込みやすい設定と言えます。
「無限列車編」はその名の通り、全編通して列車が舞台となっています。『オリエント急行殺人事件』や『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)など、乗り物を舞台にしている映画を挙げると、枚挙にいとまがありません。これらに共通する面白さは、乗り物が動いていることで、同時に物語も動き続けている点にあります。本作でも列車という限定的な舞台設定が、物語の推進力を高めており、終盤までハラハラを持続させています。
テレビシリーズでお馴染みのコメディ的なやり取りが、序盤に盛り込まれています。デフォルメされた登場人物はどれも愛おしいです。炭治郎たちはそれぞれの夢の中で戦うことになるのですが、個人的には、ここで伊之助が見る夢とかバカバカしくて最高でした。しかしながらこのコメディ要素が、物語が大きく展開する前に次々と出てくるので、その描写に冷めてしまう人も若干いるかもと思いました。
敵の特異性
テレビシリーズで出てきた鬼は、私たちに感情移入の余地を与えさせてくれる鬼が多かったです。例えば下弦の伍・累は、家族の絆を追い求めて擬似家族を形成するものの、それが本当の家族ではないことを知ります。死ぬ間際に彼は、人間だった頃の両親との絆を思い出します。他にも、響凱の物書きだった頃の境遇や、矢琶羽と朱紗丸が抱く十二鬼月へのあこがれなど、鬼たちのエピソードが所々に挟まります。これにより人間側だけでなく、鬼側にも感情移入させる作りになっていました。
劇場版の敵キャラとして登場するのは、下弦の壱・魘夢。十二鬼月の一人である彼は、鬼の祖である鬼舞辻無惨によって他の下弦の鬼全員が潰される中で、唯一チャンスをもらいました。そんな彼は最初から最後までサイコパスです。「他人の不幸を見るのが大好き」や、「人間の歪んだ顔が大好物」など、彼の台詞一つ一つから悪役ぶりが見て取れます。徹底した悪役ぶりが本作の不気味さを強調しています。
彼の血鬼術=能力は、敵を眠らせて夢を見させること。その人にとっての理想や願望を夢の中でかなえさせます。そうすることで直接戦わずして炭治郎たちを倒すことを企みます。いかにして彼らが夢の世界から抜け出すのかが、序盤で描かれます。あるショッキングな方法で、炭治郎は夢の世界から現実の世界に戻ります。後の戦闘中のある展開にも、この方法がちゃんと呼応していて、抜かりないなと思いました。
煉獄杏寿郎という男の物語
今作「無限列車編」の実質的な主人公と言えるのが、「煉獄さん」こと、炎柱・煉獄杏寿郎です。鬼殺隊の精鋭「柱」に選ばれた一人です。主題歌『炎』も彼のことについて歌っており、今回の映画が彼の物語であることを示唆しています。
公開初週は伏せられていた上弦の参・猗窩座(あかざ)の存在。彼を演じる声優が誰なのか。これについては公式発表される前に観たので、シンプルに驚きました。そんな猗窩座と煉獄さんの戦いが、本作のクライマックスで繰り広げられます。この戦闘シーンの迫力はすさまじい。アクションを大画面で観て、この迫力を体感するだけでも映画館で観る価値は十分にあります。
これまでの物語を通して、「柱」たちのパーソナルな部分はほとんど描かれてきませんでした。胡蝶しのぶの姉のエピソードくらいです。なので煉獄さんの家族や過去について、劇場版で初めて描かれます。彼のエピソードに関しては、映画の物語の中心である鬼との戦いを邪魔しておらず、過不足なく端的に描かれていると思います。
両親の彼に対する想い、登場人物全員の号泣、感動的な音楽など観客のエモーションを最高潮に持っていくための仕掛けが積み重ねられています。この積み重ねが爆発するラスト。原作の話を知っていないとしても、大方予想できてしまう展開ではあると思います。これは物語の構成のシンプルさが影響していると思います。ただしそれでも感動的な気持ちになってしまいました。
そしてこの場面は、観ている私たちを泣かせにきている演出であることは間違いありません。私が観た回でもすすり泣きがあちこちから聞こえてきました。それだけで私はこの作品を映画館で観れて良かったです。
最後に
これ観ていないと続きの話ついていけないですよね。アニメ見た人は絶対映画館で見るべきだし、今年一番の「祭」な映画であることに違いないので、原作やテレビシリーズ未見だとしても、とりあえず観てみるのはいかがでしょうか。個人的には結構ありだと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
Comments