高橋由美子版『南くんの恋人』感想:小人と王子のプラトニックラブ

(C)1994 テレビ朝日・渡辺企画

『南くんの恋人』の映像化作品を順番に扱っていきます。今回はその第1弾です。

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作品情報

1986~87年に『月刊漫画ガロ』で連載された内田春菊の同名漫画を、主演・高橋由美子でドラマ化。テレビ朝日系列「月曜ドラマ・イン」枠で放送された。岡田惠和が脚本を担当し、武田真治が恋人「南くん」を演じる。翌年にはスペシャルドラマとして続編が放送された。

原作: 内田春菊
出演: 高橋由美子 / 武田真治 / 千葉麗子 / 高田純次 / 草刈正雄 ほか
演出: 中山史郎 / 今井和久
脚本: 岡田惠和
放送期間: 1994/01/10 – 03/21
話数: 10話

あらすじ

堀切ちよみ(高橋)はSTルイス学園高校に通う高校3年生。幼なじみで同級生の南くん(武田)を想い続けている。南くんは卒業後アメリカに旅立つ予定。離れ離れになる前に想いを告げたいちよみは、南くんの18歳の誕生日に2人で来る約束をしていた海辺のレストランで告白することを決意。ところが、同級生の野村リサコ(千葉)が南くんにキスするなどショックな出来事が相次ぐ。傷心のまま部屋を飛び出したちよみにトラックが。翌朝、目覚めると身長15cmほどに。戸惑いながらも、ちよみは約束の場所へ向かう。

VHS『南くんの恋人 vol.1』パッケージより引用
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レビュー

このレビューは高橋由美子版をはじめとした、歴代『南くんの恋人』映像化作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

可愛くも残酷なポルノ

東京電力のマスコット「でんこちゃん」のキャラクターデザインでも知られる漫画家・内田春菊さん。代表作の一つである『南くんの恋人』では、平凡な高校生の南浩之と、突然身長が15cmに縮んだ彼女・堀切ちよみの奇妙な同棲生活が、特徴的な可愛らしいタッチで描かれます。

読み切り漫画『言いなりになりたい』をベースに、1985年に同作の第1話が発表されました。その後『月刊漫画ガロ』で連載を開始したものの、およそ一年間で終了。1987年刊行の単行本に描き下ろされた最終話をもって完結を迎えました。

ポルノ的な描写が多いのが特徴的であり、ちよみの下着姿や全裸、キスだけでなく、自慰行為や生理などの生々しい場面も多々あります。またグロテスクな描写もあり、夢の中でちよみが文字通りバラバラになる第4話の一コマには、かなり恐怖を覚えました。

ちよみへの感情は、『一寸法師』や『親指姫』に似た「小人萌え」の一種なのかもしれません。ただし絶対的な強者が異性を好き勝手にできる関係は、気持ち悪さを孕んでいます。この作品は単なる恋愛感情の機微だけでなく、そうした一方的な権力構造も浮き彫りにしているのです。

彼女の姿が小さくなっても、浩之は恋人のままでいられるのか。それとも子供、あるいは玩具に抱くような気持ちに変わってしまうのか。劇中では男女のすれ違いが鋭く描かれていながらも、そういった彼の焦りや揺らぎが語られていました。

しかしながら物語の結末は、前触れなく訪れます。浩之が旅行先で車に追突され、その衝撃でちよみを握り潰してしまい、最終的に彼女は命を落とす、という残酷なラストが待っていました。

この唐突な幕引きには、無理やり終わらせられた印象を抱きました。文春文庫『南くんの恋人』の「あとがき」にて、内田さんは結末の理由を「あの頃私は一度は子どもを持つことをあきらめたからなのじゃないかな」と想像しています。ちよみは子どものように大切な存在であり、彼女が傷ついていくのが耐えられなかったのかもしれません。

文春文庫『南くんの恋人』内田春菊 | 文庫
高校生の南くんとちよみが繰り広げる、少し甘く、ちょっぴり切ないラブ・ストーリー。漫画史上燦然と輝き続ける青春恋愛ドラマ

そんな悲劇的な作品ながらも同作は、映像化を繰り返しながら語り継がれています。初の映像作品は、1990年4月28日にTBS系列で放送された『南くんの恋人』。「ドラマチック22」枠の2時間の単発ドラマでした。ちよみを石田ひかりさんが、浩之を工藤正貴さんが演じたのだそう。

しかし2024年7月現在までソフト化や配信が行われておらず、視聴手段が皆無です。Wikipediaによれば、ちよみが小さくなるのは家系が原因であるという設定が加えられ、ラストは行方不明になった彼女が風船に掴まって戻ってくるのだそう。

2人きりではない恋愛ドラマ

初の映像化から4年経たずして、再び実写化された『南くんの恋人』。こちらはワンクールの連続ドラマで、VHSとDVDが発売されています。内容を漫画から大幅に膨らませており、大半のエピソードは今作オリジナルと思われます(石田ひかり版の影響の可能性はありますが)。

例えば浩之がカメラを趣味にしていたり、クラスのマドンナ・野村が彼に誘惑を仕掛けたり、原作の要素は踏襲されています。それだけでなく印象的な台詞も残っており、特に最終話の展開は最も顕著でした。

第1話の本編が始まって間もなく映し出されるのは、タンスから下着を取り出しながら「結ばれちゃったりして」と呟くちよみや、寝起きの浩之を見て「健康な18の男の子」とはしゃぐ姉。ストレートな下ネタの連発には度肝を抜かれました。

とはいえ原作のディープな下ネタではなく、コメディタッチに包まれたライトなものになっています。これにより性の香り漂うポルノからファンタジックなラブコメへと変化を遂げています。おそらくこれは、家族そろってテレビを見る20時代に放送されたためでしょう。

ちよみと浩之は、家族ぐるみで仲の良い幼馴染。同じ学校に通う高校3年生で、いつの間にか交際に発展していた。そんな中、ちよみの心配の種は、浩之に誘惑を仕掛けてくるクラスメイトの野村リサコだった。

ある日彼女は、父の再婚を受け入れられずに家を飛び出す。するとトラックに衝突される。しかしその場から彼女の身体は消え、彼女が目を覚ますと自分の身体が1/10に小さくなっていた。原作にない物語の「きっかけ」なのですが、あまりの唐突さにツッコミを入れたくなりました。

ちよみの行方不明に周囲が混乱している中、浩之は幼い頃に交わした約束を思い出し、海辺のレストランへと向かう。そこで再会した2人は、彼の部屋で秘密の共同生活を開始する。

本作の主軸の一つが、恋愛模様。2人きりで話が展開される原作の閉鎖的な関係性とは対照的に、同級生や家族と関わることで話が広がっていきます。加えて各話のクリフハンガーも素晴らしい。初めてドラマ全話の脚本を担当した岡田惠和さんの手腕が、この時点から見受けられます(※1)。

※1:岡田惠和 | U.F.O. カンパニー参照

オリジナリティに長けたストーリーが魅力的ではあるものの、随所にツッコミどころがあるのも事実。特に第8話にて、リサコがラブホテルで制服を着たままシャワーを浴びているシーンは味わい深かったです。

身長差を表現するためにブルーバック合成を多用しているこのドラマ。アヒルから逃げるスペクタクルだけでなく、食事をはじめとした何気ない日常生活を送ることの困難さが伝わってきました。とはいえ30年後の現在からすれば、当時のCG技術の限界が伺えます。後の『シン・ウルトラマン』(2022)などの樋口真嗣さんがビジュアルプランナーとして携わっている点も興味深い。

三者三様のアイドルの輝き

主人公たちの恋愛模様と同様にストーリーの主軸と言えるのが、主要キャラ3人の家族描写。原作の浩之の母親は、顔すら描かれていませんでした。一方で今作では、三者三様の家庭環境が描き込まれており、それぞれのキャラクターに厚みを持たせています。

浩之役を務めたのは、「フェミ男」としてアイドル的人気を獲得し、ドラマやバラエティで活躍していた武田真治さん。原作の眼鏡をかけた垢抜けないキャラクターとは一線を画す好青年を演じており、30年前の武田さんの初々しさが画面から溢れていました。

制服の胸ポケットにいるちよみを懸命に守る姿は、まるで王子様のよう。第1話序盤、登校中にバランスを崩したちよみをさり気なく助ける。そんな彼の仕草のカッコよさは、作品人気の要因の一つとして挙げられます。コメディ演技も見事でした。

リサコを演じたのは、『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(1992-93)も記憶に新しかった千葉麗子さん。ちよみの恋敵ながらも、彼女の目撃情報をインターネットで募っていた。この展開は、千葉さんの「電脳アイドル」の一面を反映させているのではないかと考えられます。

家のテレビを壊したり、壁にペンキを塗ったり、過去には自殺未遂もしたりしていたリサコ。家族からの愛情に飢え、荒んでいた彼女が、終盤に母とその連れ子と食卓を囲む場面には感動させられます。ちよみとは異なりセクシーさを表現していたとはいえ、全編にわたる棒読み演技には驚かされます。

そして主人公・ちよみを、高橋由美子さんが演じています。浩之に対する上目遣いに代表されるように、超が付くほどのぶりっ子であるちよみ。「20世紀最後の正統派アイドル」と称され、主題歌も担当している高橋さんのぶりっ子演技が、見事に役にハマっていました。

「約束」が口癖であり、とても重い彼女なのは明白。ただし原作のちよみ自体、浩之に対してかなり甘えた口調を使っていたので、そのイメージを踏襲して造形されたのかもしれません。

彼ら3人の物語が魅力的である本作は、3人の役者のアイドルドラマとも言えます。カメラが記録している彼らの輝きは、30年経った現在を踏まえると、当時の彼らにしか出せないものだったと確信できます。

さらに注目すべきは、2人の父親。カフェ「ROUTE66」を営むちよみの父・信太郎は草刈正雄さんが演じており、一挙手一投足がとにかくカッコいい。ただし序盤では快活だった彼が、娘が行方不明になり日を追うごとに元気を無くしていくさまは、観ていて辛かったです。

一方で高田純次さん演じる浩之の父・隆之役は、妻の尻に敷かれている一家の料理担当。一見すると頼りなさそうですが、言動の節々からは確固たる信念が感じ取れます。それに加え、ちよみの姿を見たものの信太郎にその事実を伝えられないシーンには、彼の人間らしさが表れていました。

他にも岡田秀樹さん演じるクラスメイト・竹原直人の強すぎる責任感と思い込みや、ホンジャマカの石塚英彦さん演じる浩之たちの担任・榎本のコメディ的な立ち回りも見どころです。清水ミチコさん演じる留年好きな教師も含め、登場人物みな魅力的でした。

90年代の価値観への問い

リアルタイム世代でない私としては、高校生の飲酒をはじめ、現代では考えられない描写のつるべ打ちに衝撃を受けました。古すぎるジェンダー観や恋愛観には、当時の時代性が如実に反映されています。なのでそうした内容に拒否反応を示す方もいると思われます。

中でも象徴的だったのは、浩之の言動を蔑む人々の視線。リカちゃん売場や手芸部、バレンタインのチョコレート売場など、随所で描かれていました。ギャグ的な使われ方ではあるものの、「他人を気にしない」多様性とは正反対の演出に驚きました。

男性に守られるべき存在として女性を描き、肯定している今作。第8話のちよみとリサコの直接対決の中で、リサコは「守られて生きていくのよね」とちよみを鋭く批判する。リサコのほうが正論を言っているように感じられ、彼女に味方したくなりました。

また個人的に忘れられないのが、第4話で「家出」したちよみを保護した大学生・東山真理絵。思いやりと適切な距離感を持って彼女に接する姿は新鮮で、1990年代の価値観に塗れたドラマとは思えない清涼感がありました。西田ひかるさんの醸し出す大人びた雰囲気も魅力的でした。

真理絵の存在や先述したリサコの台詞は、ちよみはずっと守られながら生きるのか、といった問いを考えるうえで重要な要素に思います。だからこそ真理絵がストーリー終盤に絡んでこないのは残念でした。

ちよみと浩之が長崎旅行に行く最終話では、唐突に死へのカウントダウンのような不穏な描写が挟み込まれます。そしてラストで、既に彼女は死んでいる、と説明される。幸せに包まれた彼女は、消えてしまう。物語の着地として衝撃的で、切なくもありました。

彼女が小さくなった真相は最後まで不明です。神から与えられた最後の時間ではないかと彼女は推測していましたが、それでは衝突事故の時点で肉体が消えたことの説明がつきません。このあたりがファンタジックなまま終わった点は、個人的には消化不良に感じました。

加えて、ちよみはなぜ最後まで父を頼らなかったのか、という疑問は最後まで拭えませんでした。「他のことは一切聞かないから卒業式には来てくれ」と懇願していた父。だが蓋を開けてみれば、娘は既に亡くなっていた。そんな事後報告を受ければ怒り狂うのも当然です。

放送終了後に寄せられた意見を受け、スペシャルドラマ『南くんの恋人スペシャル もうひとつの完結編』が翌年に放送されました。転生する直前に復活させてもらったちよみが、大学生になった浩之の前に現れます。

この続編では、2人が必ず結ばれる運命的な関係のように描かれており、ハッピーエンドな雰囲気も相まって非常に違和感を抱きました。井出薫さん演じる大学生・中原範子の物語も上手く絡められておらず、あくまでファンに向けた後日談でしかありませんでした。

総じて原作の生々しい部分を排除し、高校生のプラトニックな恋愛ドラマに仕上げた本作。しかしながら原作が内包している問いは残っており、最終話まで観た後に漫画を読んでみたくなる人は少なくないでしょう。そういった意味で、漫画実写の一つの成功例と言えるのではないでしょうか。

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最後に

テレビ朝日系列で放送が始まる『南くんが恋人!?』には武田真治さんがレギュラー出演し、岡田惠和さんが同作の脚本を担当しています。最新作と合わせて、こちらもぜひ観ていただきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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