悩みなんざ吹っ飛ぶ面白さ。
作品情報
昔話『桃太郎』をモチーフにしたスーパー戦隊シリーズ第46作。桃から生まれたドンモモタロウと4人のお供たちの活躍を描く。前作に続き白倉伸一郎がチーフプロデューサーを担当し、『鳥人戦隊ジェットマン』の井上敏樹がメインライターを務める。
原作: 八手三郎
出演: 樋口幸平 / 別府由来 / 志田こはく / 柊太朗 / 鈴木浩文 ほか
演出: 田﨑竜太 ほか
脚本: 井上敏樹 / 八手三郎(ドン26話)
放送期間: 2022/03/06 – 2023/02/26
話数: 50話
あらすじ
21年前。
暴太郎戦隊ドンブラザーズ ドン1話 あばたろう | 東映[テレビ]より引用
ある男の前に桃型のカプセルが流れてきた。その中には赤ん坊が乗っていてー
そして現在。
デビュー作「初恋ヒーロー」でいきなり漫画賞を受賞した女子高生、鬼頭はるかに突然転機が訪れる。
謎の怪物に襲われ、謎のヒーローに助けられ、謎のサングラスをかけたら、謎の世界が見えてしまい…さらには自分自身が謎のヒーロー”オニシスター”にチェンジしてしまった!
わけがわからず困惑するはるかの前に現れたのは…
ド派手な桃をオデコに付けた真っ赤なヒーロー”ドンモモタロウ”だった!!
レビュー
このレビューは『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』および関連作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
前代未聞だらけの革命
2021年12月22日、スーパー戦隊シリーズ最新作がベールを脱ぎました。
「アバター」と「桃太郎」を掛け合わせた「暴太郎」と、「どんぶらこ」を想起させる「ドンブラザーズ」という意味不明なタイトルと、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014)にも似た、全長220cmのピンクと3頭身のブラックを含めた凸凹シルエット。衝撃の第一報でした。
『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975-77)以降、45作も続いてきたスーパー戦隊。玩具売上の減少のせいか、一部ではシリーズ存続の危機が囁かれていました。そんな中、前作『機界戦隊ゼンカイジャー』(2021-2022)で東映のプロデューサーを務めたのは、白倉伸一郎さんと武部直美さん。
同作で約27年ぶりにスーパー戦隊に復帰した白倉さんは、平成仮面ライダーシリーズの2作目『仮面ライダーアギト』(2001-02)、3作目『仮面ライダー龍騎』(2002-03)、4作目『仮面ライダー555』(2003-04)に立て続けに携わり、以降の平成仮面ライダーの礎を築き上げました。
機械生命体4人を含む斬新な構成の『ゼンカイジャー』は、『動物戦隊ジュウオウジャー』(2016-17)や『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』(2018-19)を描いた香村純子さんや、シリーズ初期を支えた作曲家の渡辺宙明さんを迎え、斬新かつ王道な作品を成立させました。
玩具売上の回復にまでは至りませんでしたが、おそらく製作陣が見据えているのは、もっと未来。変身前の着ぐるみキャラや、毎回異なる名乗り、モーションキャプチャCGのロボ戦、CGキャラと実写の融合など様々な挑戦をしており、シリーズの可能性を模索している段階なのでしょう。
そこで今回呼ばれたのは、平成仮面ライダーで最も多くメイン監督を務め、約23年ぶりにスーパー戦隊のメイン監督を務める田﨑竜太さんと、『アギト』『555』『仮面ライダーキバ』(2008-09)で知られ、約30年ぶりにスーパー戦隊のメインライターを担当する井上敏樹さん。
つまりこれは、平成仮面ライダー初期の布陣。昭和に作り上げられた仮面ライダーのイメージを見事に塗り替えた座組が、スーパー戦隊においても、シリーズの「再定義」をしようとしているのが想像できます。
それを体現するかのごとく、今作は前代未聞の試みだらけ。『ゼンカイジャー』第42話に主人公・ドンモモタロウが登場しただけでなく、彼のマシン「エンヤライドン」はジュランティラノと合体してロボになり、『ドンブラザーズ』序盤でも活躍しました。
制作発表会見では、『ゼンカイジャー』五色田介人役の駒木根葵汰さんの続投も明らかに。変身アイテム「ドンブラスター」には、同作のアイテム「センタイギア」を使用できる互換性があります。キャラクター、アイテム、ロボ全てに橋渡し要素を入れ、作品ごとに世界観を一新してきたスーパー戦隊の常識を打ち破りました。
主役の樋口幸平さんは「今までのスーパー戦隊のシリーズを見て真似しようとか、ヒーローっぽいことをしようとか(中略)なくていい」「革新的な作品にしたい」と、顔合わせの時に言われたそうで、作り手の方々の意気込みが伺えます(※1)。
※1:「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」制作発表会見 – YouTubeより引用
「戦隊」になるまでの物語
放送前の予告を見ても、ストーリーは謎のまま。数々の名作を生み出してきた作り手のカムバックにより、期待の声が寄せられる一方、不安の声も少なくありませんでした。
それを吹き飛ばしたのは第1話。これでもかと情報が詰め込まれ、わけが分からないまま30分が過ぎました。盗作の汚名を着せられた女子高生漫画家の鬼頭はるかが、オニシスターの能力を得て、戦いに身を投じていきます。狂言回しにあたる彼女は、実質的な主人公です。
吹っ切れた変顔と的を得たツッコミが冴え渡っており、彼女のコメディエンヌぶりがとにかく最高。演じている志田こはくさんの熱演と愛嬌と顔芸により、唯一無二の魅力的な人物に仕上がっていました。個人的には本作最大の功労者だと思います。
ドンブラザーズは互いの素性を知らずに日常を過ごしており、敵が現れると変身し、戦場へと瞬間移動させられ、面識がないまま共闘する。バラバラな場所にいるメンバーそれぞれのドラマが、徐々に交差していく展開は、スーパー戦隊の定石を外しており、予測不能の連続です。
井上さんが担当した『鳥人戦隊ジェットマン』(1991-92)でも、結城凱が仲間入りを拒否し続け、メンバー全員が揃うのに時間がかかりました。これは白倉さんの「戦隊が集まるところに面白さがある」という考えに基づいています。
スーパー戦隊のカタルシスは、変身ではなく「揃いぶみ」(合体ロボふくめて)だからなのかもしれません。
暴太郎戦隊ドンブラザーズ ドン2話 おおもも、こもも | 東映[テレビ]より引用
ただし、ここに落とし穴があるような。
ヒーロー5人が揃いぶみするためには、まず変身前の5人が揃わないといけない。変身前の時点でもう揃っちゃってたら、ヒーローが揃った! というカタルシスにならないのでは……
メンバーの正体の他にも、キャラごとに知っている情報に差があるため、会話の中で頻繁にすれ違いが生じます。そのすれ違いが発端となり、喜劇にも悲劇にも話が転じていきます。『アギト』や『555』にも見られる、井上脚本の特徴の一つです。
第11話でイヌブラザーを除いた4人の顔合わせが済んでからは、4人は喫茶どんぶらに集まって茶番を繰り返していく。序盤で各々のドラマを濃密に描いてきたからこそ、その後の話にも深みが出ていて面白いです。
また彼らは、スーパー戦隊のお約束である「名乗り」をほとんど行いません。展開上重要な3回のみで名乗った『ジェットマン』に対し、数少ない名乗りすら『ゼンカイジャー』同様にふざけ倒していました。だからこそ、唯一しっかり名乗った最終話にカタルシスがありました。
熟練の技が光る横軸
個性豊かな面々で構成されるドンブラザーズの中でも特筆すべきは、ドンモモタロウこと桃井タロウ。何でも出来る完璧超人だが、完全すぎるがゆえに正義や正しさを他人にも一方的に押しつけてしまう。そのため幼少期から周囲に嫌われ、孤独に生きてきた。
人の気持ちが分からない彼の傍若無人な振る舞いは、『ジェットマン』のリーダー・天堂竜に通ずるところがあります。彼の持っているレッド特有の強権的な性格を誇張し、笑いに昇華したキャラがタロウなのかもしれません。
生まれながら嘘をつく機能に欠けているタロウは、嘘をつくと物理的に死ぬ。厳密には脈が止まるものの、その後、平然と生き返る。一年を通してギャグ的に繰り返していたその件を、第49話の誕生日会での感動的なやり取りに繋げるのだからズルい。
召集されたお供たちも変人ばかり。盗作疑惑の女子高生漫画家に加え、風流人こと職なし俳人、罪状不明の指名手配犯、行き過ぎた愛妻家の会社員、さらに空気の読めない二重人格の青年もやってきた。
各エピソードの内容は、そんな彼らの日常を描いたシュールなドタバタコメディ。白倉さんと井上さんがタッグを組んだ『超光戦士シャンゼリオン』(1996)のような、不条理ギャグやブラックジョークが繰り出されます。
『暴太郎戦隊ドンブリーズ』と『暴太郎戦隊ドンフレグランス』という、偽PVを流す悪ふざけを制作発表会見で行った『ドンブラザーズ』。思い返せば、この時点から今作の作風は一切ブレていませんでした。
井上さんの荒唐無稽な脚本は、スーパー戦隊お決まりの話の「型」を破っていきます。先の読めないぶっ飛んだ展開ながらも、毎回しっかりと面白い。視聴者の予想は裏切り続けるけれど、期待には応え続けてくれる安心感があります。
その理由は、一話ごとの完成度の高さにあります。丁寧に練り上げられた台詞回しにより、キャラクターに実在感があり、話の都合で動かされているように感じられません。
意味不明な内容なのに、最後には不思議とまとまっていき、オチにはホッコリさせられる。突拍子もない話に見えて、伏線を積み重ねていたりする。「はちゃめちゃに暴れ」ているようで、実は巧みに計算している熟練の技術力が光っていました。
複雑に絡まり合う縦軸
コメディな作風ながら、作品全体の謎を巡る縦軸がいくつも張り巡らされている本作。一話の中に、複数の縦軸の話や新要素がごちゃごちゃに詰め込まれているため、いつになっても話の全貌が見えてきません。なので毎週の放送後には、色々な考察がネット上に溢れていました。
物語の発端となるのは、はるかの盗作問題。『暴太郎戦隊ドンブラザーズ THE MOVIE 新・初恋ヒーロー』(2022)を含め、折に触れて登場した椎名ナオキ。第43話でその正体が明かされますが、それでも「彼女」を目標とし続けるはるかの心構えは、ヒーローそのものでした。
『ジェットマン』の小田切長官しかり『アギト』の小沢澄子しかり、昔から井上作品には自律した芯のある女性が出てきました。同級生から「トウサク」呼ばわりされても、強靭なメンタルで生きる彼女は、その系譜に位置付けられます。
追加戦士の桃谷ジロウは二重人格であり、各人格がドンドラゴクウとドントラボルトに変身する。彼が育った華果村の正体に迫った第45話で、育ての親・寺崎がペンギンの獣人であり、幼馴染たちが彼によって作られた幻である事実を知り、ジロウは絶望する。
恐ろしく残酷な真実を容赦なく描きつつ、ずっと孤独を感じていたジロウと、そんな彼を陰から支え続けた闇ジロウが一つになる展開は感動的でした。
そしてイヌブラザーこと犬塚翼の彼女・倉持夏美と、キジブラザーこと雉野つよしの妻・みほを巡る「なつみほ問題」は、最大の縦軸でしょう。二人が同一人物であることが示唆された第5話以降、写真を見せる見せないのやり取りや、ニアミスが度々起こり、その度にハラハラしました。
一見平凡なサラリーマンだが、妻の話になると「みほちゃんを奪う奴は、友達だろうと容赦しない」と過激思想になる雉野。ヒトツ鬼を脳人に倒させ、友達の犬塚を警察に売り渡し、ついには人形を妻と思い込むところまで到達する。彼絡みのエピソードは、かなりホラーでした。
みほの正体は、夏美をコピーした鶴獣人。獣人の森に囚われていた夏美を救出し、鶴獣人を倒すと、みほは消滅。憔悴しきった雉野の様子は、観ながら本気で心配でした。そのため最終話で示唆された一筋の希望には、ホッとしました。
彼らの関係性は、脳人の一人・ソノニを巻き込んだ四角関係へ発展。愛を知らず無感情だった彼女は、犬塚と会話を重ねていくうちに「恋する乙女」へと変わっていきます。
そんな四人の関係性がどのように決着するのか全然想像できず、ドキドキしながら観ていました。『キバ』に代表されるように、愛には必ず憎しみが伴うことを描いてきた井上脚本らしいストーリーです。
これらの縦軸のホラーさやシリアスさからも、決して子供騙しな内容ではないのが分かります。劇中には他にも、ドン家やムラサメをはじめとした様々な謎が潜んでおり、そうしたピースの一つ一つが繋がり始める後半以降は、話の面白さがどんどん増していきました。
一人残らず魅力的な登場人物
こういった複雑な設定や展開もさることながら、『ドンブラザーズ』最大の魅力と言えるのは、人間味溢れるキャラクターたちの群像劇。登場人物一人残らず個性が立っており、一癖も二癖もある濃いキャラで、みんな好きになってしまいました。
ドンブラザーズの中で唯一何の縦軸にも絡まないのが、サルブラザーこと猿原真一。お金に触れると火傷したり、空想のラーメンを食べたりするエピソードの濃さだけでなく、事あるごとに俳句を読むが、ときどき感情を露わにするところが愛おしかった。
ヒーロー側だけでなく、敵役やライバルも魅力的なのが井上脚本の特徴。『五星戦隊ダイレンジャー』(1993-94)の魔拳士ジン、『アギト』の北條透、『555』の草加雅人など、枚挙にいとまがありません。
今作における「敵幹部」の脳人三人衆は、ドンブラザーズと個々に関係を深め、感情を知っていきます。ソノイはタロウの最大の理解者へ。ソノニは犬塚に恋する乙女へ。ソノザははるかに漫画を指導する熱血編集長へ。どの関係性も魅力的で、人間味溢れるやり取りが見ていて楽しかった。
そんなドンブラザーズと脳人の会議は、シリアスな因縁関係ながら、ギャグみたいな作劇なので全く緊張感がありません。最終的に完全に打ち解けて、彼らが仲間になる展開もアツく、和解できた世界線の『555』メンバーにも見えました。
準レギュラーやゲストキャラも、キャラが濃い人ばかり。『RIDER TIME 仮面ライダー龍騎』(2019)の木村しかり、『仮面ライダージオウ』(2018-19)キバ編に登場した北島祐子しかり、少ない出番でも視聴者の脳内にこびりつく人々を、井上さんは描きます。
ポンコツ具合が憎めないソノシ、ソノゴ、ソノロクをはじめ、何度もヒトツ鬼になった大野稔や、おでん屋のおやじ、はるかの叔母・鬼頭ゆり子、雉野の上司である山田部長など、脇役にいたるまで一人ひとりが印象深かったです。
今回のジャンルはコメディだけど、視聴者にはドンブラザーズの主要キャラの誰かに「来週も会いたい!」と思わせたい。そのためには登場人物たちに少し弱点をもたせてやる。例えば主人公のタロウは完璧な男だけど、嘘をつくと死んじゃうくらいのバカ正直。そういう“かわいらしさ”みたいなものがあったほうが、人間くさくて人の心を掴むんだよ。強烈なキャラがあれば子供でもわかりやすいし、大人でも楽しめる。
『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』脚本家・井上敏樹が語る、“常識をぶち壊す”物語の秘密 | 日刊SPA! | ページ 2より引用
この言葉のように、どこか欠陥のある人間だからこそ愛おしく思える登場人物たち。「またあいつらに会いたい」と楽しみにしながら毎回観ていたし、最終話が終わっても「あいつら何してるかな」と想いを馳せてしまいます。
演者のアンサンブル
一年を通して番組を観るため、演者たちの成長に思い入れてしまうのが、スーパー戦隊や仮面ライダーの醍醐味。メインキャストみんなハマり役でした。
タロウ役の樋口幸平さんは、ドンブラダンスのキレからも身体能力の高さが分かるし、スーツアクター・浅井宏輔さんの演技も相まって、常に最強なドンモモタロウに説得力がありました。回を重ねるごとに狂気を増す、ドスの効いた声も素晴らしかったです。
はるか役の志田こはくさんは、先述したとおり狂言回し兼コメディエンヌとして最高の立ち回りをしていました。志田さんの好演によって生まれたであろう第40話は必見です。
犬塚役の柊太朗さんは寡黙に見えて天然な一面があり、雉野役の鈴木浩文さんはインタビュー等での受け答えが社会人の雉野と重なります。シリーズ史上類を見ないキャラながら、お二方とも役を自分のものにしており、目が離せませんでした。
猿原役の別府由来さんは、穏やかで理路整然とした話し方がまさに「教授」。ジロウ役の石川雷蔵さんは、タロウ同様、センターに相応しい華を持っている方です。
ソノイ役の富永勇也さん、ソノニ役の宮崎あみささん、ソノザ役のタカハシシンノスケさんは、人間の感情を知らない状態から、感情を知って人間味を増していく過程を、見事に表現していました。
夏美、みほ、鶴獣人を演じ分けた新田桃子さんも忘れられません。序盤から謎に包まれた彼女の存在が、間違いなく縦軸を魅力的にしていました。同時期に放送していた『あざとくて何が悪いの?』の企画でも恋愛に悩む女性を演じており、個人的には両者を重ねて観ていました。
TELASAや東映特撮ファンクラブ(TTFC)で配信されているバラエティ番組『ドンチャン!』での、キャスト同士の仲の良いわちゃわちゃを観ているだけで幸せになります。鈴木さんがGロッソの脚本を執筆するなど、演者本人の人柄や才能も、確実に作品人気に繋がっていました。
スーパー戦隊の多くは、放送中に柔軟に脚本を変えていきます。本作も視聴者からの反響を物語に取り入れていました。こうした「ライブ感」は近年の仮面ライダーでよく指摘されますが、以前から行われているのです。
特に井上さんは積極的に役者陣とコミュニケーションをとる方で、役者の人柄に合わせて人物造形や展開を変えます。例えば脳人三人衆は、企画当初では途中で退場する予定だったようです(※2)。
※2:「ドンブラザーズ」富永勇也&宮崎あみさ&タカハシシンノスケが本編を振り返る!脳人座談会 – YouTube参照
豊富な食事描写
『シャンゼリオン』のサバに、『アギト』での津上翔一の手料理やG3ユニット御用達の焼肉、『ファイズ』で乾巧たちが囲む鍋料理、『仮面ライダー剣』(2004-05)の鯛焼き、『キバ』のオムライス。井上作品には印象に残る食べ物が沢山出てきます。
本作にもきび団子やラーメン、ジャンボカツサンドなど、事あるごとに食べ物が登場。料理人の犬塚は、ボンゴレ・ビアンコやナポリタンなど色々な料理を振る舞っていました。はるかが得意とするビーフストロガノフや、寺崎の手料理の筑前煮も劇中に度々出てきます。
第33話の喫茶どんぶらのシーンでは、猿原がほうじ茶、はるかがチョコレートパフェ、雉野がところてん、赤ソノイがきび団子、ソノニがアイスティー、ソノザがコーヒーを注文。第47話では、タロウがきび団子、犬塚がカプチーノ、ソノイがレモンティーを注文します。
人間は食事をするときに、人間らしさや本性が必ず表れるもの。キャラ一人ひとりの個性を表現するために、食べ物が用いられています。劇中には食べ物を粗末に扱うシーンもあり、それが受け入れられないといった意見も頷けます。しかしその描写も、人間性表現の一つかもしれません。
育ての親・桃井陣におにぎりを作ってあげたり、二人でケーキを食べたりした幼い頃のタロウ。そうした過去に呼応するように、ドンブラザーズが彼の誕生日を盛大に祝ったり、陣と握り合ったおにぎりを食べ合ったりする様子が終盤に描かれました。食べ物を通して、人間の成長が端的に表現されています。
極めつけは、タロウの好物・おでん。彼におでんの美味しさを教えられたソノイは、おでんの力で自我を取り戻す。すっかりその味にハマった彼は、最終的にはおでん屋を開くまでにいたります。
終盤の重要な場面は、おでん屋か喫茶どんぶらで繰り広げられていました。おでんの一つ一つの具材は、決して味が交わらず、同じ出汁の中で互いに味を浸透させています。一体化せずに個を尊重する『ドンブラザーズ』のテーマ性を、この料理が象徴しているとすら思えます。
もちろん全ての描写が、開始当初から意図されたものではないでしょう。一年という長期スパンゆえの、「元々は意図していなかった要素を途中から見立てる」マジックが働いているのは間違いありません。
異質の中にあるカッコよさ
ドラマパートを濃密に描いているため、あくまで戦闘パートは二の次。『ジェットマン』でも恋愛シーンの直後、唐突に戦闘が始まっていましたが、今作では戦いの場所への瞬間移動が、設定としてギャグ的に話の中に組み込まれています。
なんならスーパー戦隊十八番の巨大ロボ戦がない回もあります。特に序盤は、各キャラの説明にしっかり時間を割いていました。そんな時に、前作との橋渡しマシン「エンヤライドン」の出番。玩具自体は先行登場時期に発売したため、販促のために活躍の出番を作る必要性が薄いのです。
スーパー戦隊と切っても切れない関係にある「販促」。今回、玩具のラインナップにも大胆にメスを入れたことで、ドラマの作り方までも変えました。物語の自由度の高さもそのためだと思われます。
新しいアイテムやパワーアップをお披露目するのであれば、そこにいたるまでにドラマが用意されているはず。そんな多くの視聴者の考えは、『ドンブラザーズ』には通用しません。唐突に全員がロボタロウになるし、オミコシフェニックスは前触れなく登場します。
1号ロボ「ドンオニタイジン」の戦闘シーンでも、メンバーたちは好き勝手に文句を言いながら合体していた。『ゼンカイジャー』を超える騒がしさです。そのポップさとは対照的に、武将を連想させる、ストレートにカッコいい見た目のロボにやられました。
ドンオニタイジンは、スーパー戦隊ロボの特徴だった高度な変形合体やコレクション性、内臓ギミックを廃し、デカさと可動性で勝負しました。その結果、毎週活躍するわけではないにも関わらず、めちゃくちゃ売れました(※3)。この実績は今後の玩具展開の指標となるに違いありません。
あと単純に、ドンブラザーズや脳人のデザインもカッコよく、彼らが戦うヒトツ鬼に関しても、篠原保さんによって歴代戦隊のモチーフが上手くデザインに落とし込まれていました。白倉さんが担当した『仮面ライダージオウ』(2018-19)のアナザーライダーにも似ています。
必殺技の演出も外連味たっぷりで、BGMに童謡『桃太郎』の要素が盛り込まれているのも良かったです。戦闘シーンはドローンやCGを積極的に駆使しており、映像的に荒い部分もありましたが、従来の特撮とは異なる新鮮さがありました。
カッコいいといえば、MORISAKI WIN(森崎ウィン)さんによる主題歌。OP『俺こそオンリーワン』はとてもノリやすく、彩木エリさんの振り付けも相まって踊りたくなります。ED『Don’t Boo! ドンブラザーズ』もカッコいい曲で、次回予告の裏に流れていたのがオシャレでした。
正邪の混濁
ドンブラザーズが戦うのは、何らかの欲望や煩悩に取り憑かれた人間が変貌した怪人「ヒトツ鬼」。一般的は「悪い」とされていない向上心や功名心も怪人化のトリガーになったり、中にはタロウの暴言に傷ついてヒトツ鬼になった人もいました。
人の欲望を憎み、ヒトツ鬼を消去しようとする存在「脳人」。旧来的なヒーローのごとく怪人をやっつける彼らを、ドンブラザーズは必死に止めます。脳人三人衆は絶対悪ではなく、ドンブラザーズとは別の正義を掲げていました。この対立関係から、本作の多様な正義の在り方が伺えます。
雉野は妻への想いの強さゆえの、一線を越えた狂気が垣間見える瞬間が度々ありました。ついには自身がヒトツ鬼になってしまう。その後も懲りずに何度も怪人化しており、いわゆる「ヒーロー」とは程遠い人間です。
彼だけでなくドンブラザーズの面々は、どこかしら世間に後ろ指を指された経験があります。人は何度でも過ちを犯す。ヒーローだって間違うことはある。なので、たった一度の失敗でレッドカードを出すべきではない。彼らが必死に生きている世界からは、そんな優しさを感じ取れました。
脳人が消去した人々も、「許しの輪」を脳人が使用したことで復活。この贖罪により、三人は晴れてドンブラザーズに加入しました。許しの輪は終盤に突如として登場しましたが、ヒトツ鬼化した人々は基本的に無罪なので、序盤の時点から消去以外の結末を目指していたはずです。
脳人三人衆が象徴するように、劇中には絶対的な悪は存在しません。悪役とされているキャラにも正義があるし、ヒーローも怪人化する。明確なラスボスも登場しないし、明確な正義も存在しません。
中でもソノイとタロウは、『555』の乾巧と木場勇治のように、互いに正体を知らないまま仲良くなります。敵対関係を知ってもなお、決闘を続けていた二人は、最大のライバルであり、最高の理解者であり、最良の友でもありました。
この関係が悪と正義の二元論や勧善懲悪とは正反対な、井上脚本の作風を体現していました、ヒーローが怪人を倒すという展開の問い直しが、現代的な潮流とマッチしたのも『ドンブラザーズ』ヒットの要因の一つでしょう。
井上節溢れる人間讃歌
『ゼイリブ』(1988)的なサングラスやアバター世界、ムラサメにマザーに元老院、脳人と獣人とドン家の関係、マスターの正体や目的、歴代戦隊を模したヒトツ鬼にいたるまで、設定や要素の多さゆえに、物語の謎の全ては明らかになりませんでした。
しかし登場人物の生き様に注目していたため、伏線回収や考察は途中から気にしていなかったです。話の全貌が見えない序盤は「分からないのに面白い」を打ち出し、後半以降は「面白ければ、話が全て分からなくても良い」感覚を視聴者に与えた、非常に画期的な作品でした。
スーパー戦隊といえば、仲間や家族などの強固な連帯を連想しがち。それに対して劇中で語られる「縁」は、たまたま出会った人同士の緩やかな連帯。抜けようと思えば抜けられます。そんな仲間ほど近くはないが、他人ほど遠くもない距離感こそ「縁」なのです。
各々の個性が尊重され、個人同士で人脈が生まれる時代に合った、現代的な戦隊と言えるドンブラザーズ。そんな彼らの連帯は、決して薄弱なわけではありません。脳人やムラサメまでも縁を通じて広がっていく関係は、可能性に溢れていました。
「見える景色がちょっとずつ違う」けれど、その「チガイはマチガイじゃない」。考え方や境遇も全く違う人だけど、せっかく知り合ったんだから、優しさを持ち合ってその縁を大切にしようよ、という人間讃歌的なメッセージを、全編を通して受け取りました。
そのメッセージが、配達員として働くタロウや、ドンモモタロウの口上「袖振り合うも他生の縁、躓く石も縁の端くれ」と合致しており、「縁ができたな」に始まり「縁ができたな」に終わる幕引きも美しかった。
これまで登場人物の日常を大切に描いてきた井上作品。『ジェットマン』や『シャンゼリオン』では、戦いが終わった後の戦士たちの日常が、エピローグとして挟まれます。今作を締め括るはるかの表情は、『アギト』のラストカットを彷彿とさせます。
個人的には、なつみほ問題の決着の仕方が印象に残りました。みほにアイデンティティを預けていた雉野が、彼女の喪失から立ち直ろうとするラストに安堵するとともに、ドンブラザーズを誇りに思っている彼の姿にはグッときました。
人間たちの生き生きとしたドラマを巧みに描く井上さんは恐らく、ヒーローと怪人のアクションや話の整合性には、そこまで興味を抱いていないと考えられます。特撮番組にそういった要素を期待している人には、本作は合わないかもしれません。
まぁ、俺はプロの脚本家だからな。さっきも言ったけど、俺は意地でも面白いものを書かなきゃいけない。あと、物語で言うと「謎」ってあるだろ? 普通のドラマだと謎はやがて解明される。でも俺は最近それ以外の道があるんじゃないか?と勘繰っている。すごく抽象的だけど、そこに美しいものが埋まってる予感がする。この“予感”が大事なんだ。物書きは勘で生きなきゃダメなんだよ。そういう意味でも、ドンブラザーズの物語はこれからもっと面白くなる予感がするね。
『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』脚本家・井上敏樹が語る、“常識をぶち壊す”物語の秘密 | 日刊SPA! | ページ 3より引用
既に引用しているような、妙に説得力のある独特な台詞回しをはじめ、井上作品の特徴が満載の『ドンブラザーズ』。そのため好き嫌いは、ハッキリと分かれるでしょう。でも一度見たら忘れられないし、ずっと心に残り続けるに違いありません。
今作はAmazon Prime Videoでも見逃し配信を開始し、TTFCではオーディオコメンタリーを各話ごとに配信。これらは次作『王様戦隊キングオージャー』でも続けられており、施策の好評ぶりが伺えます。特にオーディオコメンタリーは、スピンオフや番外編よりも会員が求めていたコンテンツだと思います。
このように何が面白いのか、何がウケるのかを徹底的に試していた『ドンブラザーズ』。これからも語り継がれるであろう、「オンリーワン」な一作でした。今回行われた数々のチャレンジが、今後のスーパー戦隊にフィードバックされることが期待されます。
最後に
ファイナルライブツアーやVシネマも楽しみにしつつ、キャストの方々の活躍を祈るばかり。ぜひとも第1話を観て、縁を結んでいただきたいです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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