現実との一致により、一躍有名になった作品。
ある意味で2020年を象徴する一本。
作品情報
『オーシャンズ』シリーズの監督スティーブン・ソダーバーグによるスリラー映画。新型ウイルスの感染が広まっていくパンデミックの恐怖を描く。マット・デイモンとグウィネス・パルトローが夫婦役で出演するほか、ジュード・ロウ、ケイト・ウィンスレットなど豪華キャストが共演する。
原題: Contagion
出演: マリオン・コティヤール / マット・デイモン / ローレンス・フィッシュバーン / ジュード・ロウ ほか
監督: スティーブン・ソダーバーグ
脚本: スコット・Z・バーンズ
日本公開: 2011/11/12
上映時間: 106分
あらすじ
香港出張からアメリカに帰国したベスは体調を崩し、2日後に亡くなる。時を同じくして、香港で青年が、ロンドンでモデル、東京ではビジネスマンが突然倒れる。謎のウイルス感染が発生したのだ。新型ウイルスは、驚異的な速度で全世界に広がっていった。
【ワーナー公式】映画(ブルーレイ,DVD & 4K UHD/デジタル配信)|コンテイジョンより引用
米国疾病対策センター(CDC)は危険を承知で感染地区にドクターを送り込み、世界保健機関(WHO)はウイルスの起源を突き止めようとする。だが、ある過激なジャーナリストが、政府は事態の真相とワクチンを隠しているとブログで主張し、人々の恐怖を煽る。その恐怖はウイルスより急速に感染し、人々はパニックに陥り、社会は崩壊していく。国家が、医師が、そして家族を守るごく普通の人々が選んだ決断とは──?
レビュー
このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
綿密な科学考証
ウイルスパンデミック映画として、2020年に注目を集めたこの映画。本作の特徴として挙げられるのが、最初の感染者の出現から世界的な感染拡大にいたるまで、圧倒的なリアリティを持って語られる点にあります。
香港やロンドンなど世界各地で、原因不明の咳に苦しむ人々が現れるところから物語は始まります。ミネソタに住むミッチ・エムホフの妻・ベスもその一人。出張から帰国してから咳が治まらず、数日経って亡くなります。その後、息子のクラークも同じ症状で亡くなりました。
正体不明のウイルスが接触感染で広がるため、感染者数は爆発的に増加していきます。専門家によると、感染していても無症状の人もいるため、人体への潜伏期間や二次感染を防ぐべきだという見解。そのため感染者やその疑いがある人は隔離され、家族とも触れ合うことができずにいました。
ウイルスが接触によって広まっていることを示すため、バスの手すりやグラスなど複数の人が触る「もの」をアップで映したカットがたびたび挟まれます。
そのもの自体は何の変哲もない。しかし何の変哲もないからこそ、目に見えないなにかがその場所に存在しているように思える演出です。緊張感を煽るBGMとともに意識的に差し込まれているそれらのカットからは、底知れない恐怖を感じられました。
ベスの発症からわずか一週間で、アメリカ全土に感染は拡大し、一日で数千人規模の感染者が出ていました。医療機関が人々でごった返している場面も映し出されます。
今作以外にも、ウイルスによるパニックを扱った作品はいくつも存在します。例えば『復活の日』(1980)や『感染列島』(2009)、『FLU 運命の36時間』(2013)など。しかしながら『コンテイジョン』は、そういった同ジャンルの映画とは一線を画しています。
というのも、はっきりとした悪役が登場するわけではなく、ラストでどんでん返しが起きるわけでもありません。つまりエンタメ要素が少ない。その代わり、実際に発生しうる感染症の危機と対策が、非常にリアルに描かれていると言えます。
世界保健機関(WHO)や米国疾病予防管理センター(CDC)への数年間にわたる取材が、脚本製作にあたって行われました。また感染症専門家のイアン・リプキンさんによって、医療監修がしっかりなされています。このように徹底した科学考証が、物語のリアリティを裏付けています。
2011年に製作された今作。その背景にはおそらく、2003年のSARSや、2009年の新型インフルエンザの流行が影響していると考えられます。製作年からすれば新鮮だった当時の記憶が、作中の人々の行動心理に表れていると思える場面も、中盤以降に多々見られるようになります。
2020年の現実との一致
ここまで述べた序盤のあらすじを見るだけで、2020年を経験した誰もが思うこと。
「これ、私たちの身に起きたことじゃん。」
2020年に起きた実際の出来事と符合する箇所が多すぎます。新型コロナウイルスの世界的な流行と、その後の各国の対応を知っている私たち。最初に鑑賞したとき、この作品の持つ予見性に驚愕しました。
なんといっても劇中に登場する新型ウイルスの特徴が、コロナウイルスのそれと酷似しています。接触感染や、発症するかは人それぞれ、といった両者に共通する性質。とても偶然とは思えない一致のように感じました。
集団感染を意味する「クラスター」や、二次感染、潜伏期間といった用語が、劇中の台詞の中に出てきます。公開当時は、特にクラスターに関しては、耳馴染みが無かった言葉だと思います。ここ一年間で、ニュースでうんざりするほど使われていました。そのため当時の観客よりも物語をすんなり受け入れられることでしょう。
感染拡大後の展開も、まるで現実に生きる私たちを投影しているかのような展開がされます。マスクをして外出する人々。買い溜めする人で混み合うスーパー。封鎖される市街地。2020年4月の緊急事態宣言発令時の記憶を思い起こさせられる描写の数々は。もはや懐かしさすら覚えました。
中盤には市民への配給が行われます。一人ひとりが物資の確保にキリキリしている様子は、悲しくも既視感がありました。彼らを問答無用に責めることはできないのは、彼らの気持ちも実際に経験してしまったからでしょうか。
本作は群像劇のため、主要人物たちが別々の場所で事態と向き合っていきます。特筆すべき人物として挙げたいのが、ローレンス・フィッシュバーンさん演じるエリス・チーヴァー。医療従事者として、率先して事態の収束に動いている人物です。
彼はシカゴ封鎖を公式発表より前に、恋人に知らせていました。それが明らかになり糾弾されてしまいます。「人々はスケープゴートを求めている」という台詞のように、誰かに怒りをぶつけていないとやっていけないほど、つらい日々がそこにある。配給の場面同様に、人々の分断が進んでいることが露わになった象徴的な展開です。
時を同じくして、レンギョウという薬草が感染症を治すという噂が広まります。その真相は、人気ブロガーのアラン・クラムウィディが流した真っ赤なウソ。信憑性のない噂に踊らされる人々は愚かに映っていました。それでも心から笑えないのは、他人事ではなくなったからでしょうか。
コロナ禍で失われる日々
科学考証が生んだ「先見の明」に溢れたこの作品。世界中で感染が拡大し、ついに街から人々の姿が消えたアメリカの街並みが映されます。封鎖された街の中では強盗が横行し、ゴミが溢れかえる。そこまで治安は悪化していないですが、閑散とした市街地は一年前の記憶を想起せざるをえません。
終盤になって、ようやくワクチンが開発されます。接種の順番を決めるために、誕生日ごとのくじ引きが行われました。『シカゴ7裁判』(2020)でも描かれた、ベトナム戦争で行われた徴兵制を個人的には連想しました。公平な決め方とも言えるが、それにしてもモヤモヤが残ります。
この時点で既に、ウイルスによって一変した生活に息苦しさを感じていたミッチの娘・ジョリー。ワクチンの順番が144番目であることを知った彼女は、「失われた144日は二度と戻らない」と怒りを表します。ごもっともですね。
ミッチは娘のために、高校卒業のプロムを家で企画します。友達と一緒に出掛けていた元の生活にはもう戻れない。寂しいけれど「新しい日常」の中にある楽しさを見出すことで、私たちは生き続けられる。ということを強く感じました。
SARSや新型インフルの経験ののちに作られたこの映画。当時の経験を未来へと伝える、警鐘の役割を担っていることが分かります。悲しいことに、劇中の出来事が現実のものになってしまった2020年。この一致は、徹底した科学考証があったからこそ生み出された功名と言えます。
今作には「Nothing spreads like fear」というキャッチコピーがつけられています。作中で描かれるのは、恐怖が人々へ伝染していき、恐怖が人を変え、そして対立が生まれるさま。そんなことしている暇ではないのに。現実が似た状況になっているからこそ、私たちは彼らを反面教師にしなければならないのです。
ウイルスの感染源が明らかになるラストシーン。普段の何気ない仕草によって、動物から人への感染が始まりました。日々の感染予防を徹底しようと改めて思わされる終わりでした。
最後に
正直言って公開当時に見たら、なんか怖いな、くらいに思うだけの映画だったかもしれません。しかしながら間違いなく、コロナ禍に観ることで味わいが何倍にも増す、稀有な作品です。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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