『シカゴ7裁判』感想:巧みな演技と編集が生み出す軽快な重厚感

Netflix映画『シカゴ7裁判』独占配信中

重厚なテーマながら、テンポよく最後まで観られます。

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作品情報

『ソーシャル・ネットワーク』のアーロン・ソーキンによるオリジナル脚本作品。1969年にイリノイ州シカゴで実際に行われた裁判を描く。2020年大統領選挙のタイミングで、Netflixにて独占配信開始。第93回アカデミー賞では作品賞や脚本賞など6部門にノミネートされた。

原題: The Trial of the Chicago 7
出演: エディ・レッドメイン / サシャ・バロン・コーエン / ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世 / ジョセフ・ゴードン=レヴィット ほか
監督: アーロン・ソーキン
脚本: アーロン・ソーキン
配信: 2020/10/16
上映時間: 129分

あらすじ

1968年、シカゴで開かれた民主党全国大会。会場近くでは、ベトナム戦争に反対する市民や活動家たちが抗議デモのために集結。当初は平和的に実施されるはずだったデモは徐々に激化していき、警察との間で激しい衝突へと発展。
デモの首謀者とされたアビー・ホフマン(サシャ・バロン・コーエン)、トム・ヘイデン(エディ・レッドメイン)ら7人の男〈シカゴ・セブン〉は、“暴動を煽った”罪で起訴されてしまい、歴史に悪名をとどろかせた《類を見ないほどの衝撃的な裁判》が幕を開けることに。

シカゴ7裁判より引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

冒頭10分で語られる歴史的背景

本来はパラマウント・ピクチャーズの配給により劇場公開される予定でした。しかし新型コロナウイルスの影響で映画館での上映が困難になったことで、Netflixに配給権が売却されました。アメリカ大統領選挙の直前となる2020年10月から全世界で配信されています。

脚本・監督を務めたアーロン・ソーキンさんは、これまで実話ベースの作品をたくさん手掛けてきました。代表作は『ソーシャル・ネットワーク』(2010)や『スティーブ・ジョブズ』(2015)。監督作としては、『モリーズ・ゲーム』(2017)に続いて本作が2作目です。

今作の舞台となるのは、「シカゴ・セブン」と呼ばれる被告たちの実際の裁判。鑑賞後に一つ感じたのが、当時のアメリカ政治やベトナム戦争について最低限の情報を知っているほうが、物語が一段と入ってきやすいということです。

劇中に登場する固有名詞の多くは、アメリカで生活している人であれば、学校の歴史の授業で習うような一般教養です。しかしながら日本にいては馴染みの薄い単語も出てくるように感じました。

1960年代、ソ連や中国の支援を受けていた北ベトナムと、親米政権であった南ベトナムの対立が深刻化していきました。当時のジョン・F・ケネディ大統領は、南ベトナムの共産化を阻止するという名目のもと、南ベトナムに軍事的支援を始めます。

後任のリンドン・ジョンソン大統領は、前政権が行った軍事介入を本格化。国内に住む若者のベトナム戦争への派兵を推し進めました。

実際に行われた徴兵制度については、劇中でも当時の資料映像が引用されています。くじによってランダムで日付を選び、その日に生まれた20歳から25歳の男性が徴兵の名簿に載るというもの。個人的にはキリキリと胸が痛くなるような決め方だと思いました。

そして本作の舞台である1968年。人権活動を牽引してきたマルコムXやキング牧師が暗殺され、代わりにブラックパンサー党が台頭を始めます。民主党では、ベトナム戦争推進派のヒューバート・ハンフリー副大統領を指名する動きにありました。

しかしベトナム戦争介入を批判する声も多くありました。8月にシカゴで行われた民主党全国大会の際は、若者たちによる数千人規模の集会やデモが繰り返し開かれました。

結果的に民主党は選挙に敗北し、共和党のニクソン政権が誕生します。それから半年ほど経って、シカゴでのデモの主要人物7人が、反戦運動を扇動した共謀罪で起訴されます。

ここまで述べたような政治状況が、撮影した映像と実際のニュース映像を組み合わせながら、ものすごい情報量とスピードで描写されます。このような手法は『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017)など近年の映画で多く用いられ、当時の時代背景をスピーディーに観客に伝えます。

背景知識をほとんど知らずとも楽しめる娯楽性がある作品ですが、知識を入れてから観ると鑑賞後に違った印象と余韻を与えることは間違いありません。

豪華キャストの演技合戦

スピード感のある編集がされたオープニングのあと、公判初日のシーンへ移ります。冒頭で顔出ししていたシカゴ・セブンと呼ばれる被告たちが、ここで一気に登場。テンポの良さが相まって、初見時は話を追っていくだけで精一杯でした。

しかしながら公判初日の様子だけ見ても、被告8人がきっちりと描き分けられていることが分かります。

  • トム・ヘイデン:人種差別撤廃や反戦を掲げる民主社会学生同盟(SDS)の創設者。
  • レニー・デイヴィス:民主社会学生同盟のメンバー。
  • アビー・ホフマン:反戦を掲げる政党・青年国際党(イッピー)の共同創立者。スタンダップコメディアンとして舞台にも立つ。
  • ジェリー・ルービン:青年国際党の共同創立者。
  • デヴィッド・デリンジャー:ベトナム戦争終結運動(the Mobe)のリーダー。
  • ジョン・フロイネス:反戦活動家。
  • リー・ワイナー:反戦活動家。
  • ボビー・シール:ブラックパンサー党の全国委員長。警官殺害の罪で既に逮捕されている。

このように彼らは全員が同じ組織に所属していたわけではなく、バラバラに活動していました。つまり無理やり共謀罪をでっち上げられたのです。

そういったキャラクターの性格が見た目や言動に表れており、演出の手際の良さが光っています。

アビー・ホフマンやジェリー・ルービンは、ヒッピー的な衣装に身を包み、公判中も裁判長に何度も反抗的な態度をとります。対照的にトム・ヘイデンは、学生らしく清潔感のある風貌。ふざけた言動をするイッピーの二人に怒りを見せます。

彼らを演じているのは、豪華キャストの面々。主人公であるトム・ヘイデンを演じるのは、エディ・レッドメインさん。『博士と彼女のセオリー』(2014)や『ファンタスティック・ビースト』シリーズでも知られています。30代後半ながら大学生役を見事に演じていました。

アビー・ホフマン役は、自身もコメディアンとして活躍するサシャ・バロン・コーエンさんが演じています。

他にも、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)などのマイケル・キートンさんが、裁判のカギを握る前司法長官役を演じています。保守派の検事リチャード・シュルツを演じるのは、『(500)日のサマー』(2009)でも好演を見せたジョセフ・ゴードン=レヴィットさん。

といったように、主役クラスの役者が多くキャスティングされているこの作品。劇中の台詞にも出てくるように、まさに「オールスター」映画と言えます。俳優陣の巧みな演技を見ているだけで、本当に楽しい作品です。

退屈させない法廷劇

法廷もの映像作品というと、どうしても裁判所の中だけで物語が展開してしまいがちです。さらに会話劇が多くを占めるため、映像的な見せ場に欠けることもあり、退屈に感じる人もいると思われます。

しかしながら今作には、そのような閉塞感や間延び感は一切ありません。これは上述したオープニングに象徴されるような編集のキレの良さが、全編を通して光り輝いているからです。

例えば、反戦デモの参加者の中に潜入捜査官がいたことが次々と明らかになるシーン。「この人も?え、この人も?」といった畳みかけは、主人公たちからすればピンチですが、テンポが良く観ていて楽しい演出になっています。

それに加えて、裁判所以外のシーンの色彩や、そこで使われるBGMが明るめのものが使われています。視覚的・聴覚的にも一辺倒な構成にさせない工夫がされており、公判シーンとそれ以外のシーンの緩急でぐっと引き込まれます。

実質的な悪役なのがジュリアス・ホフマン裁判長。被告の名前を間違える。発音を間違える。被告の一人と同じ苗字だけど、血縁関係ではないと強調する。自分に楯突いた人には法廷侮辱罪を適用する。なんとも自分勝手すぎる判事です。

物語序盤から既に心象が最悪な彼ですが、人種差別的な面もあらわになります。被告の一人ボビー・シールの身体を拘束する、という奴隷制を彷彿とさせる罰を法廷内で与える。その様子を見た他の被告たちは、裁判長への怒りから、ついに団結を始めます。

法廷における最大の権力者に対して、シカゴ・セブンが出来る最大限の抵抗。クライマックスでそれがエモーショナルに描かれます。レニー・デイヴィスが手帳に毎日書いてきたベトナム戦争の死者の名前を一人ひとり読み上げていきます。彼らがようやく成し遂げられた反抗のカタルシスに、否応にも感動がこみ上げてきました。

史実的には劇中で描かれたよりも前のタイミングだそう。また判決自体は、5人に対して有罪が下っているため、その場だけ切り取ると反抗が結果に結びついていません。なので普通に映画化してしまうと、これほど感動的にはならなかったでしょう。

この裁判の中で最もカタルシスを感じられるこの場面を、あえてラストシーンに持ってきたのは素晴らしい脚色です。

本作が2020年に映像化・配信されており、Black Lives Matterトランプ政権といった現実の出来事を連想させます。そんな中で作品の最後に力強く放たれる「世界は見ている」という台詞。この一文こそ、そういった欺瞞に溢れた世界に対する反抗の狼煙ではないでしょうか。

この台詞は現代のアメリカだけではなく、どの時代にも、そしてどの国にも通用する普遍的なメッセージだと思います。もちろん現代の日本も当てはまっています。

The Whole World is Watching.

正義が最後に勝利する。そんな世界を信じて生きていきたくなりました。

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最後に

アカデミー賞の選考対象に配信作品が含まれたことで、ノミネートされている作品が気軽に観れるようになっています。

歴史もののようで、現在の世界に対する風刺にもなっている本作。このタイミングで観ておくことをおススメします。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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