どうしてここまで違うのか。
作品情報
2013~16年に『月刊少年ガンガン』で連載されたヨシノサツキの同名漫画をアニメ化。『ばらかもん』の主人公である書道家・半田清舟の高校時代をギャグタッチで描く。アニメーション制作は、ディオメディアが担当する。
原作: ヨシノサツキ
出演: 島﨑信長 / 興津和幸 / 広瀬裕也 / 柿原徹也 / 細谷佳正 / 山下大輝 ほか
監督: 湖山禎崇
脚本: 横手美智子 / 國澤真理子 / 平見瞠
シリーズ構成: 横手美智子
放送期間: 2016/07/08 – 09/23 話数: 12話
あらすじ
書道の大家の息子にして、
ストーリー|TBSテレビ:はんだくんより引用
自らもその道で活躍する 高校生書道家・半田 清。
学校ではその近づきがたい佇まいから
孤高のカリスマとして 一目置かれているのだが、
本人はそれを 「嫌われている」 と思い込んでいた・・・。
レビュー
このレビューはアニメ『はんだくん』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
全てが一新されたスピンオフ
シリーズ累計発行部数が1000万部を超える、ヨシノサツキさんの漫画『ばらかもん』。彼の出身地である五島列島を舞台に、若き書道家・半田清舟と島民たちの交流が描かれます。琴石なるをはじめとした明るい登場人物たちのスローライフの描写は、日々の生活に癒しを与えてくれます。
『はんだくん』は同作のスピンオフとして、2013年に『月刊少年ガンガン』で連載を開始しました。『ばらかもん』本編から6年前、17歳の半田を主人公に、彼とその周囲を取り巻くクラスメイトの高校生活をギャグテイストで描いた、いわゆる前日譚にあたります。
「半田清舟」という名前は、書道家としての雅号です。彼の本名は、半田清。常にネガティブ思考の彼は、人見知りが激しいため友人は少なく、部活動にも所属しない孤高な存在でした。いかにして彼の人格が形成されていき、やがて『ばらかもん』1話の言動にいたったのかが分かります。
さてアニメ『ばらかもん』は、2014年に日本テレビ系列で放送されました。それから約2年後に『はんだくん』もアニメ化されるのですが、放送局はTBS。それだけでなく、キャスト陣、監督や脚本などのスタッフ、アニメーション制作のスタジオ、その全てが一新されました。
この物語自体、『ばらかもん』本編では語られない高校時代の話なので、登場人物のほとんどがスピンオフの新規キャラ。ただし主人公の半田と、彼の親友・川藤の二人は『ばらかもん』にも登場していました。二人を演じる声優は、同作から変更されています。
今回、半田に声を当てているのが島﨑信長さん。どこまで意識していたのか定かではありませんが、小野大輔さんによる半田の雰囲気がしっかりと感じられます。また川藤を演じる興津和幸さんも、諏訪部順一さんが作り上げた川藤に近いような印象を抱きました。
全編にわたって、お二方の演技が素晴らしい。年齢が若く設定されているのもあって不自然さはなく、お二方ならではの半田と川藤に仕上がっていました。とはいえ元の声を知っていると、声の違いには驚くかもしれません。
またアニメーション制作もディオメディアに交代し、よりシンプルなタッチが採用されています。この点に関しては、話のほとんどが学校の付近で展開される今作には、景色に劇的な変化がないため違和感はありませんでした。むしろギャグ主体の作風と合っているように思われます。
このように製作体制が丸ごと変わった理由は、明かされていません。なので単なる想像に過ぎませんが、プロモーション映像からは、全体的にアニメ『ばらかもん』を連想させないように、徹底的に同作の雰囲気を消している、という印象を抱きました。
しかし『はんだくん』と『ばらかもん』は切っても切り離せない関係。当然ながら『ばらかもん』ファンからの期待に応える必要は少なからずあったでしょう。つまり放送前の時点で、大きな矛盾が生じているのです。
半田とのズレ、視聴者とのズレ
『ばらかもん』と『はんだくん』はどちらもコメディでありながら、笑いの方向性は大きく異なります。「ハートフル日常島コメディ」と称されている前者は、キャラの掛け合いによって生まれるナチュラルな笑いをメインとしていました。
対して後者、つまり本作のキャッチコピーは「ネガティブ青春ギャグコメディ」。個性的なキャラによる突飛な言動に焦点を置いた、ギャグアニメの色合いが非常に濃くなっています。
そんなギャグのテイストを象徴しているのが、アニメ『はんだくん』第1話のAパート。半田に心酔するクラスメイトのグループ「半田軍」の面々が、『はんだくん』のアニメ化に際し、半田のことについて好き放題に言い合っている。
『ばらかもん』を観ていれば、かろうじて半田の存在は知っていますが、未見の視聴者にとっては「知らない人が知らない人について楽しそうに話している」状態。
何なら『ばらかもん』を観ていたとしても、スピンオフにしか登場しない半田軍に関しては全く知らない状態です。放送開始して間もないながら、製作陣との認識のズレに戸惑ったシーンでした。
基本的に原作漫画を忠実に映像化しているこのアニメですが、このパートはアニメオリジナルのエピソード。どうせメタネタを盛り込むのであれば、声優や制作スタジオの交代に触れてほしかったです。わざわざこのパートを、しかも第1話の冒頭に追加する必要性は全く感じられませんでした。
半田軍を構成するのは、委員長選挙で半田と争った相沢順一、モデルとして彼に嫉妬していた二階堂礼緒、彼に不登校を止めるきっかけをもらった筒井あかね、そしていつの間にか加入していた近藤幸男の4人。他人からは取り巻きと認知されているものの、実態としては只のストーカー集団です。
謎のカリスマ性がある半田。半田軍をはじめとした周囲の人々は、説明不足な彼の言動をポジティブに解釈する。そのためネガティブな半田とは全く意思疎通が取れず、ひたすら会話が嚙み合わない。そのおかしさが、本作のギャグコメディとしてのキモと言えます。
ただし劇中で最も客観的な視点を持った近藤が出てくるまでは、登場人物のほとんどがボケに回っており、ツッコミが視聴者に委ねられる箇所が多いので、個人的には困惑しました。まともなツッコミ役である彼が登場する第3話以降は、比較的安心して観られました。
「半田ウォール」と揶揄されるほど、他人とのコミュニケーションを拒絶していた高校時代の半田。ひたすら周りと話がすれ違っていく様子は、『月刊少女野崎くん』(2014)の主人公・高校生少女漫画家の野崎梅太郎を連想しました。
加えて彼に対する周囲の人々の態度は、積極的にコミュニケーションを図る『ばらかもん』の島民たちとは対照的です。笑いの方向性だけでなく、展開にも対照的な部分があるのを示すポイントに思いました。
笑えないリアリティ
ギャグコメディならではの突飛さや過剰さがある、劇中のキャラクターの言動。物語が進むにつれ、その傾向はエスカレートしていきます。それだけでなく毎話ごとに個性的な新キャラが登場するので、バリエーションがあって楽しい。
そんな中、半田とのすれ違いというワンパターンな展開に帰着するので、途中で飽きてしまう可能性はあります。しかしながら最終話で、彼の被害妄想が行くところまで行った、すれ違いの局地が描かれるのは滑稽でした。
個人的に好きだったのは、エンディング映像。第1話では半田が一人で歩いているだけですが、回を追うごとに新キャラが追加される演出がワクワクする。本編で一宮旭役でもあった鈴村健一さんが歌う『HIDE-AND-SEEK』が、のちに訪れる半田の開けた未来を想起させるような解放感がありました。
舞台となる高校は共学ですが、メインキャラクターの大半は男子です。男子高校生特有のホモソーシャルなノリは、本作と同様にガンガン系漫画をアニメ化した『男子高校生の日常』(2012)を想起しました。
『男子高校生の日常』との違いは、妙なリアリティにあります。同作は、コメディを描くうえでノイズとなるであろう、現実に蔓延る深刻な問題をあえて排除し、楽しい高校生活をフィクショナルに描いています。
対して今作には、筒井が過去に上級生からいじめを受けていたり、生徒会長・天王寺佐和子が女性の地位向上を謳っていたり、現実的な問題とリンクした設定が用意されています。
しかしながら、筒井をいじめた上級生は特に罰されないままフェードアウト。どうしても彼らの扱いにはモヤモヤします。
また天王寺に関しても、彼女の動機には共感できるものの、女子の制服で一年間生活することを彼女が「罰」と認識しているのが理解できないし、単純に面白くない。副会長の力丸が女性用の下着を着けた姿が露わになるオチは、とても見ていられませんでした。
2016年は、フェミニズムの意味や概念について、現在ほど一般には広まっていなかったにしても、誤解を招きかねないエピソードに思わざるを得ません。記憶喪失中の力丸による全然笑えない発言からは、こうした問題に対する製作陣のスタンスが垣間見えました。
『ばらかもん』の笑いが合う人には『はんだくん』の笑いは合わないし、逆に『はんだくん』の笑いが合う人には『ばらかもん』の笑いは合わない。そういった傾向があるように考えられます。私は『ばらかもん』派でした。
最後に
アニメ『ばらかもん』とは正反対の方向性で作られている本作。なので同作にそこまでハマらなかった人こそ、楽しんで観ていただける作品なのではないでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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