傑作だった一作目からレベルアップした傑作。
作品情報
2018年に公開された白石和彌監督の映画『孤狼の血』の続編。柚月裕子による同名小説シリーズを原作とした、完全オリジナルストーリーを展開する。前作から3年後、ある男の出所をきっかけにして広島県呉原市の秩序が再び崩壊していく。主演の松坂桃李をはじめ、豪華俳優陣が顔をそろえる。
原作: 柚月裕子
出演: 松坂桃李 / 鈴木亮平 / 村上虹郎 / 西野七瀬 ほか
監督: 白石和彌
脚本: 池上純哉
公開: 2021/08/20 (R15+)
上映時間: 149分
あらすじ
3年前に暴力組織の抗争に巻き込まれ殺害されたマル暴の刑事・大上の後を継ぎ、
映画『孤狼の血 LEVEL2』公式サイトより引用
広島の裏社会を治める刑事・日岡(松坂桃李)。
しかし、刑務所から出所した“ある男”の登場によって、その危うい秩序が崩れていく…。
やくざの抗争、警察組織の闇、マスコミによるリーク、身内に迫る魔の手、
そして圧倒的“悪魔”=上林(鈴木亮平)の存在によって、
日岡は絶体絶命の窮地に追い込まれる…!
レビュー
このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
容赦ないバイオレンス
『凶悪』(2013)や『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)で知られる、白石和彌監督初の続編ものである本作。前作『孤狼の血』(2018)では、昭和末期の広島県の架空都市・呉原市を舞台に繰り広げられる暴力団同士の抗争を、大上章吾という一人の荒くれ刑事を中心にして描きました。
原作は第69回日本推理作家協会賞を受賞した警察小説。この小説には既に続編が存在し、2作目『凶犬の眼』(2018)と、3作目にして完結編である『暴虎の牙』(2020)の二作が刊行されています。
前作の原作と映画版はほとんど同じストーリーですが、クライマックスが大きく異なっています。原作では、命を落とした大上の意志をバディの日岡秀一が受け継ぐまでが語られます。その後の展開は、年表としてエピローグ的に記すのみに留めていました。
対して映画版には、日岡が尾谷組に対して、対立する五十子会の会長への襲撃を仕向ける、という展開が最後に加えられました。それにより日岡は、尾谷組若頭の一ノ瀬の逮捕に成功。大上の意志を受け継ぐように、初めてタバコを吸うシーンで幕を閉じます。
原作の続きである『凶犬の眼』に繋がらない終わり方になったこともあり、今回の映画は小説にはないオリジナル脚本となっています。
タイトルは『孤狼の血 LEVEL2』。ゲーム用語のような題名ですが、キャストや演出をはじめ、まさに随所が一作目からレベルアップしていることが伺える出来でした。
まず特筆すべきは、容赦ない暴力演出の数々でしょう。白石監督作品ではお馴染みになっていますが、前作にも養豚場での惨劇や五十子会への襲撃をはじめ、暴力や人体破壊の場面がありました。ただ今作は、そういった描写がより多く、よりエグくなっているように感じました。
五十子会の会長が襲撃されて3年後、親組織である広島仁正会に属する上林組の組長・上林成浩の出所から物語は動き出します。出所するやいなや彼は、服役中に世話になった刑務官の家を訪れ、その妹を惨い手口で殺害します。
そんな衝撃的な冒頭のあと、二又一成の印象的な渋い声によるナレーションで、今作にいたるまでのあらすじが簡潔に説明されます。3年前、日岡の手引きによって仁正会と尾谷組で手打ちが行われ、両者の抗争には終止符が打たれました。そうして呉原市の治安は守られてきたのです。
手打ちに納得のいかない上林は、五十子会会長を殺害した尾谷組と、それに加担した刑事への復讐に燃えています。強引な手段を駆使して、自身に反対する仁正会の幹部たちを次々に排除。あっという間に自分の帝国を築きあげるとともに、尾谷組との抗争も激化していきます。
目的のために手段を選ばない上林は、殺害方法も非情そのもの。冒頭の殺人シーンでもあったように、相手の目玉をくり抜くのが特徴。これがシンプルにグロい。思わず目をそむけたくなる。劇中で一度だけ、くり抜かれた眼球を見せるカットがあるが、これも非常に気持ち悪かった。
彼の狂いっぷりはそれだけに収まりません。やるとなったらペットも人も関係ない。宇梶剛士さん演じる仁正会理事長・溝口を、アイスピックを使って一刺ししたり、寺島進さん演じる二代目五十子会会長を、言葉にするのも憚れるほどにいたぶったり。銃や刀での戦いがメインだった一作目にはなかったエグみがあります。
このように全編を通して一貫して「狂人」として描かれています。中盤で彼の生い立ちの悲しさも語られますが、それは事実としてあっさりと提示するだけで、決して話をウエットな方向には持っていきません。最後まで上林を狂ったラスボスとして描き切るためと考えられます。
演技強者たちの闘い
凶悪犯・上林に立ち向かうのが、マル暴の刑事・日岡。大上の後を継いで尾谷組と癒着を続けながら、市内の治安を守ってきました。またチンタと呼ばれる一人の青年を従えており、「あと一回だけ」と言ってこれまで何度も危険な仕事につき合わせてきました。
今回はスパイとして上林組に送り込まれるチンタですが、序盤から全体的に死亡フラグが立ちまくっています。決定的なフラグなのは、パスポートの件ですかね。そのため彼が登場する場面は、ずっと緊迫感が続いています。
正体を疑われないように、指詰めをしたりして上林に対して必死に忠誠心を見せます。しかし最終的には、スパイであることがバレてしまいます。そんな彼の最期は、とても直視できない無惨なものでした。
チンタ役の村上虹郎さんの演技が、とにかく素晴らしい。ある時は日岡の手下。ある時は上林の手下。二人の主人に仕える「犬らしさ」を見事に表現しています。そして本編では詳細に言及されない壮絶なバックボーンを、観客に想起させる深みも感じられました。
日岡は事件の捜査をする際は、公安出身の刑事・瀬島と行動を共にしていました。警戒心から距離をとっていましたが、彼の猛アプローチにより心を開いていくようになります。しかし彼はあるときを境にして、姿を消します。
「悪い顔をした悪人より、正義面した悪人のほうがたちが悪い」という台詞や、瀬島の家で二人で会話する場面の不穏な演出など、少しずつ伏線が張られていました。そのため勘の良い人は観ている途中で、「この人、裏切るな」と勘付くかもしれません。
とはいえ、それが決定的になった「あの描写」には驚きました。演じる中村梅雀さんがこれまでの作品で演じてきた役柄から連想される「いかにも善人」というイメージを、逆手にとったナイスキャスティングだと思いました。
チンタの姉・真緒からも拒絶され、バディを組んでいた瀬島にも裏切られ、さらには尾谷組からも嫌われ、本当に一人きりになった日岡。ボロボロの体を押し切って、上林と対決します。迫力あるカーチェイスから流れるような肉弾戦は美しかったです。
上林役の鈴木亮平さんは、一番の怪演と言ってもいいのではないでしょうか。『HK 変態仮面』(2013)や『俺物語!!』(2015)に代表されるように、役に合わせた身体づくりが凄い方ですが、本作でも登場しただけで暴力団の長としての存在感に圧倒されます。もちろん主役を務める松坂桃李さんの演技力は言わずもがな。今回も彼のカメレオンぶりを堪能できます。
彼だけでなく、やくざたちを演じる演技強者な俳優陣によって、この世界観が説得力を持って伝わってきます。特に印象的だったのが、序盤の仁正会の法事が執り行われる場面。吉田鋼太郎さん、宇梶剛士さん、寺島進さん、かたせ梨乃さんが一堂に会するシーンは、まさに歴戦の猛者が勢揃いしているようで、圧巻の光景でした。
ダークでリアルな世界観
この映画を観たあと強く印象に残ったのが、姿なき中心としての大上です。一作目の回想が使われているのですが、大上が映った映像は一切使われていません。他のキャラクターは軒並み登場していたので、おそらく意図的なものでしょう。
いかにして大上が呉原市の治安を守ってきたのか。それがどれほど大変なことだったのか。本来は無関係のチンタを抗争に巻き込んでしまった日岡の気持ちを、この演出によって観客側にも伝えています。
白石監督の作品は、決して全てをハッピーエンドにして終わらせない、という傾向があるように思います。
『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(2010)では、生きづらい世の中を生き続けるための「ある方法」が描かれました。『凪待ち』(2019)は絶望的な状況にありながらも、一縷の希望が見いだせる終わり方でした。
ハッピーエンドにもバッドエンドにも振り切れない「リアル」な結末。それは監督が題材として選ぶ、警察の不祥事や殺害事件の加害者といった、普段私たちが触れないようなダークで露悪的な物語とも非常に合致しています。
今作でも警察組織上層部の悪事が暴かれます。日岡が軟禁されている横でのんきに野球中継に夢中になっているなど、日岡と対立する刑事たちはバカっぽさを誇張して描かれていることからも、警察の腐敗がテーマだと分かります。
また映画のラストも警察自体が刷新されることはないため、限りなくバッドエンドに近い印象を受けました。あくまで非現実的で突飛な展開にはしない、という信念が見受けられます。
それでいて緊迫した物語の中に、最高にくだらない笑えるやり取りが出てきたり、アクション的な見せ場があったり、きっちりエンターテインメント作品として楽しめるように作られているのも素晴らしい。
一年に何本も新作を発表している多作な白石監督。これからもダークで露悪的な作品を観続けていたいし、2022年春スタート予定の『仮面ライダーBLACK SUN』や、制作発表がされたばかりの今作の続編も今から楽しみです。
最後に
グロやエロ描写が苦手でなければ、文句なく楽しめるエンターテインメント作品です。ぜひ気力や体力に余裕があるとき観ていただきたいです。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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