『あの頃。』感想:アイドル文化へのリスペクト

(C)2020「あの頃。」製作委員会

モーニング娘。やハロー!プロジェクトを知らなくても楽しめる作品です。

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作品情報

2014年に発表された劔樹人による自伝的コミックエッセイ『あの頃。男子かしまし物語』を実写化。2000年代初頭の大阪を舞台に、ハロー!プロジェクトに魅せられた男たちの遅れてきた青春を描く。個性的なハロプロオタクたちを、松坂桃李や仲野太賀らが演じる。

原作: 劔樹人
出演: 松坂桃李 / 仲野太賀 / 山中崇 / 若葉竜也 / 芹澤興人 / コカドケンタロウ ほか
監督: 今泉力哉
脚本: 冨永昌敬
公開: 2021/02/19
上映時間: 117分

あらすじ

大学院受験に失敗し、彼女なし、お金なし、地獄のようなバンド活動もうまくいかず、どん底の生活を送っていた劔(つるぎ)。ある日、松浦亜弥の「♡桃色片想い♡」のMVを見たことをきっかけに、劔は一気にハロー!プロジェクトのアイドルたちにドハマりし、オタ活にのめり込んでいく。藤本美貴の魅力を熱く語るケチでプライドが高いコズミンをはじめとした個性的なオタク仲間と出会い、学園祭でのハロプロの啓蒙活動やトークイベント、また「恋愛研究会。」というバンドを結成しライブ活動を行うなど、くだらなくも愛おしい青春の日々を謳歌する劔。しかし時は流れ、仲間たちはハロプロのアイドルとおなじくらい大切なものを見つけて次第に離れ離れになり…。

松坂桃李主演 映画『あの頃。』予告編|2月19日(金)公開!! – YouTubeより引用
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レビュー

このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

輝かしい青春

漫画家やバンド「あらかじめ決められた恋人たちへ」のベーシストとして活躍する劔樹人さんのエッセイを実写化した本作。ハロー!プロジェクトのオタク=「モーヲタ」時代の彼の物語です。映画版では一部の登場人物が省略されていますが、ストーリー自体は実話ベースになっています。

映画の撮影にあたって、劔さんからグッズや衣装など実際の私物が多く提供されました。また実際のライブ映像やミュージックビデオ、ラジオ音源が使用されているといった、ハロプロの全面協力ぶり。そのため世界観の実在感がすごく、鑑賞開始から一気に引き込まれていきます。

時は2002年。劔樹人は大学院受験に失敗し、バンドマンとしても上手くいかず、先の見えない生活を過ごしていた。そんなある日、友人からもらった松浦亜弥の『♡桃色片想い♡』(2002)のMVをなにげなく見ると、彼女の太陽のような眩しさに惹かれます。

世界に光が差し込んだとは、まさにこのこと。その足でCDショップに直行。後日そこで開催されるモーヲタたちの座談会に参加し、「自分と同じ気持ちを抱いた人がこんなにいるんだ」という嬉しさに包まれます。登壇していたのは、ハロプロあべの支部の面々でした。

  • コズミン:ミキティ推しのネット弁慶
  • ロビ:石川梨華推しのリーダー的存在
  • 西野:後藤真希推しでオタグッズを自作する
  • ナカウチ:楽曲派のCDショップ店員
  • イトウ:ハロプロ全般推しのいじられキャラ

それぞれのメンバーが個性的で、彼らのやり取りがくだらなくも面白い。これは演じている芸達者なキャストたちによるものでしょう。特にコズミン役の仲野太賀さんの演技は一つ抜きんでており、ネット弁慶のイキり具合や、他人から見れば笑えるほど真剣に熱弁する様子を見事に表現しています。

さらにアイドルファンの扱い方に注目していただきたい。2000年代は「映画『電車男』のヒットやAKB48の台頭により、アキバやオタクの存在を、正に『電車男』のようなネルシャツにバンダナ、ケミカルウォッシュのジーパンを履いたステレオタイプなイメージ像にもとづいて世の中に提示していきました」(※1)。

*1: 第124回 1億総「オタク」社会の到来!?あなたは何「オタク」ですか? | 日本生命保険相互会社より引用

しかし今作はオタク文化の内側にいた人が原作者なだけあり、アイドルファンのリアルな姿が描かれています。いわゆる「真っ当な」生き方をしている人もいれば、はたから見れば「おかしく」見える人もいる。西田尚美さん演じる馬場さんが象徴的だと感じました。

近年ではドラマ『トクサツガガガ』(2019)でも、似たような描かれ方がされており、オタクのステレオタイプは解消されつつあるのかな、という印象です。

また「アイドル=擬似恋愛の対象ではない」ことを提示したのも画期的。楽曲が好き、同姓の憧れとして好き、などアイドルを好きになる理由はさまざまです。ただこういった題材のとき、安易に擬似恋愛と結び付けられる印象があったので、多様な応援の形を描いているのが新鮮に映りました。

青春の幕切れ

ハロプロあべの支部のメンバーとともにバンド「恋愛研究会。」を結成した劔は、充実した毎日を送る。外から見れば引かれるような言動も、彼らにとっては青春の日々だったのです。

しかしその日々は永遠には続きませんでした。恋愛研究会。にとって大きなきっかけになったのが、2005年5月7日に日本武道館で行われた『モーニング娘。コンサートツアー2005春〜第六感 ヒット満開!〜』最終公演。この映画の中盤で出てきます。

実はこの直前、週刊誌『フライデー』の熱愛報道が原因で、メンバーの矢口真里さんの脱退が突如発表。モーヲタは「彼女の幸せを応援する」派と「恋愛は許さない」派に分かれました。発表後に彼女の残留嘆願署名運動が行われたほどです。

矢口真里さん残留嘆願署名~やはり自主退団 - noharm
Hello!Project-OfficialSite-モー娘。矢口が電撃退団…小栗とのツーショット撮られモー娘。は27日に新曲「大阪恋の唄」を発売するが、ジャケット写真の差し替えは間に合わないため、矢口が写ったままのものになる。20年前のア...

ファンという存在は、好意的な意見を言うときもあれば否定的な意見を言うときもある。好きだからこそ運営批判や作品批判をするときもある。ファン同士で対立するときもある(あまり良くないですが)。応援の熱が大きければ大きいほど、その歯止めはかかりにくいかもしれません。

この映画が特徴的なのは、前述の脱退事件をはじめとした実際に起きた揉め事をいっさい省き、楽しかった場面だけに絞っていること。武道館公演の場面でも、署名運動などの描写はなく、石川梨華の卒業ライブでもあった当公演に参加する劔のみが描かれます。

私たちが過去を振り返るとき、楽しかった思い出と辛かった思い出の両方が出てくるのが一般的だと思います。そのため実際の揉め事を省いているのは明らかに意図的で、おそらく彼らの青春が楽しかったということを強調したかったのでしょう。

とはいえ彼らの青春に共感できるかどうかで、作品への評価は大きく分かれる気がします。全編で繰り広げられる男性同士のやり取りが、とてもホモソーシャルで、女性嫌悪的であることは否定できないからです。

男性コミュニティのやり取りについて、個人的にはそこまで嫌悪感は抱きませんでした。それでも仲間の彼女を寝取ったことをイベントで暴露したり、アニメの女性キャラのフィギュアを棺桶に入れたりするシーンは、何が面白いのか理解できず引いてしまいました。

そういった「正しくない」ことも含めた全てを、「良い」思い出として美化しているように見えるため、そこに不快感を抱く人もいるのではないでしょうか。

「今」の肯定

劇中の台詞にもあるように「中学10年生の夏休み」を過ごしていた恋愛研究会。の面々。夏休みには必ず終わりが訪れます。時を経るにつれて、彼らの夏休みは終わりに近づいていきます。

ガラケーからスマホへ。ミクシィからTwitterへ。そして食べるラー油などの流行の変化。そういったさりげない演出で、時代の変遷を表現しているのが素晴らしい。

就職などの生活の変化やハロプロの方向性の変化が影響して、6人は次第に離ればなれになります。しかしながら完全に疎遠になるわけではなく、ハロプロに全く興味がなくなったわけでもない。物語終盤では、このリアルな距離感が絶妙に映し出されます。

久しぶりに会っても、最近のハロプロ事情について語ったり、くだらないことを話したり、以前のようなノリに戻れる関係が微笑ましいです。

他の仲間が変わっていく中で、コズミンだけは相変わらずアイドルやアニメが生活の中心でした。つまり劔にとっては、モーヲタ時代の象徴であると言えます。

物語ラストでの二人の会話が、現在の劔のモーヲタ時代に対する距離感を示しています。過去の思い出にすがるのではなく、今をしっかり生きることを肯定していると捉えられます。今が一番楽しいと思って生きる「大人な」姿は、カッコよかったです。

片思いも出来なくて
人生つまんないって時期もあった
今 実際 恋愛中
久しぶりに夢中

何度も恋愛研究会。で歌われていた『恋ING』の歌詞のように、ハロー!プロジェクトに夢中になっていたあの日々。であると同時に、もう戻ることができない「青春の1ページ」。エンドロールで原曲が流れたとき、好きなことに熱中することがいかに美しいかが伝わってきました。

モーヲタだけでなくオタク全般、ひいては好きなことに夢中になった「あの頃」を経験した全ての人に刺さる出来になっている本作。観客一人ひとりにとっての、あの頃を思い起こさせる作品です。私自身、何年も会っていない友人に久しぶりに会いたくなりました。

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最後に

ハロプロについては詳しくなくても、好きなことに熱中したことがある人、もしくは今まさに熱中している人であれば、観た後に何か心に残る映画だと思います。

そしてその「好き」をそっと肯定してくれるようなラストになっています。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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