4月。この映画を観て、新しいことを始めてみるのも良いのではないでしょうか。
作品情報
2013年に発表された書籍『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』の映像化。学年で成績最低だった女子高生が、日本最難関の私立大学に合格するまでを描く。主人公・さやかを演じるのは有村架純。彼女を指導する塾講師の坪田先生を伊藤淳史が演じる。
原作: 坪田信貴
出演: 有村架純 / 伊藤淳史 / 野村周平 / 吉田羊 / 田中哲司 ほか
監督: 土井裕泰
脚本: 橋本裕志
公開: 2015/05/01
上映時間: 117分
あらすじ
高2の夏に学年ビリ、学校からは人間のクズと罵られていたある女の子が、ひとりの塾講師に出会い、偏差値70の超難関・慶應義塾大学現役合格を目指すことになる。周囲の反対、思うように伸びない成績、友達と遊べない孤独。それでも多くの障害を乗り越え、慶應合格という夢に向かって突き進むさやかの姿は、やがて、周囲の人々を変え、崩壊寸前だった家族の絆を取り戻していく―。
映画 ビリギャル – 映画・映像|東宝WEB SITEより引用
レビュー
このレビューは作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
有村架純のアイドル映画
原作となった書籍は、単行本と文庫本の累計発行部数が100万部を突破したノンフィクション作品。塾講師である坪田信貴さんが、教え子である小林さやかさんの大学受験の様子を綴った実話です。
主演を務めるのは有村架純さん。NHK連続テレビ小説『あまちゃん』(2013)や『ストロボ・エッジ』(2015)などに出演し、当時から清純派の印象が強かった彼女。今回演じるのは、そういった役柄とはかなり対照的。金髪にミニスカートのギャルに変貌した姿が、強烈な印象を与えます。
土井監督も、
有村さんが、金髪に変えミニスカートの制服で目の前に現われたその瞬間、映画の世界が音を立てて動き出しました。
有村架純の金髪ギャル姿公開&伊藤淳史が塾講師役に、映画『ビリギャル』続報 – 映画・映像ニュース : CINRA.NETより引用
と絶賛していました。
彼女が最初に画面の前に登場する場面で、私も同じような感情を抱きました。さやかが塾を訪れる場面です。言葉遣いやお辞儀の仕方から感じられるバカっぽさが素晴らしい。しかしながら先生の問題に対して真剣に答えている様子には、愛らしさが滲み出ています。
この作品は主人公さやかにフォーカスした物語になっており、彼女を演じる有村架純さんのアイドル映画であると言っても過言ではないでしょう。
アイドル映画という言葉は、
「アイドル」を主演に起用した映画
として使われることが多いです。ジャニーズや坂道グループなど特に若いアイドルの場合に用いられる傾向にあります。しかしそれとは別に、
ある俳優に焦点をあて、彼/彼女を魅力的に映し出す映画
という意味で用いられることもあります。もちろんアイドルを魅力的に撮ることもあれば、アイドルとジャンル分けされないような役者にも当てはまると思います。今作と似ている作品としては、映画『ちはやふる』三部作は広瀬すずさんのアイドル映画と言うと伝わりやすいでしょうか。
さやかは劇中でいろいろな感情の変化を見せていきます。
- 自分を塾に通わせるための母親の苦労を知ったとき
- 志望大学の過去問を初めて読んだとき
- 将来への不安から雨の中で号泣するとき
これらの感情の変化が、アップで映し出される彼女の表情ひとつで感じ取れます。これは有村架純さんの演技力の高さの賜物です。
また監督を務めた土井裕泰さんの手腕も大きいでしょう。土井監督といえば、登場人物一人ひとりを実在感を持って画面に収めることが特徴であることが、後の作品群からも伺えます。『花束みたいな恋をした』(2021)の麦と絹が、まさに実際に存在するかのごとく、リアルに描かれていたのも記憶に新しいです。
主要人物だけでなく、脇役にいたるまで一人ひとりが魅力的に撮られています。『罪の声』(2020)に登場する幼少期の生島姉弟や『花束みたいな恋をした』の主役二人のそれぞれの両親といったように、脇役をただの引き立て役とせず、一人の魅力ある人間として描いているのです。
今作でもさやかの高校の3人の友人や、同じ塾に通う森玲司など、印象的なキャラクターが登場します。本作は彼女自身の物語に重きが置かれているため、劇中で多くの見せ場があるわけではありません。しかしその言動一つひとつから溢れる実在感が確かにあり、それゆえに魅力的に映っています。
閉じた世界や可能性を広げる話
ストーリー自体は、とてもシンプル。原作のタイトルそのまま「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格する」話です。結末までタイトルに書いてくれる親切設計。映画のタイトルは「ビリギャル」に変わっていますが、作品冒頭で原作の名前も大きく表示されます。つまり私たちは結末を知っている状態で、この映画を観始めるのです。
工藤さやかは私立の名門中高一貫校に入学。エスカレーター式で進学できる環境から、勉強をしてこなかった。さらには高校2年の一学期、たばこを所持していたことで無期停学を言い渡された。別の大学へ受験するため向かった個人指導塾・青峰塾で坪田先生と出会い、慶應大学を目指すこととなる。
劇中で印象的なのが、坪田先生の「超」が付くほどに前向きな性分です。そんな彼から生み出される金言の数々は心に刺さります。個人的に刺さった言葉を挙げておきます。
- 「知識って魔法」
- 「傷つきたくないから目標を下げるの?」「目標を下げたらどんどん低いほうへと流れていく」
- 「プレッシャーがあるってことは、受かる自信があるってこと」
- 「意志のあるところに、道は開ける」
演じている伊藤淳史さんの演技も絶妙に良い。それほど若くない方が、若い子のカルチャーを熱心に勉強している感じが伝わってきました。
大学受験を描いた本作は、勉強描写がきっちりしています。テキストの問題を解き終わると本にに”ok”と書き込んで自分の習熟度を知ったり、英文読解のとき文法を理解するための記号を書いたり、「あるある」と感じられるような地に足ついた演出が随所に見られます。
模試の結果でE判定が続いたスランプの時期に、「身の程知らず」「こんなに頑張って来たのに」といった後ろ向きなことばかり浮かんでくる様子もリアルに感じられました。
そんな本作において受験は、閉じた世界からの解放を意味していると思います。これが分かるのが、冒頭に登場する飛び出す絵本。飛び出す絵本は、次のページをめくると、立体的に開いていた世界が再び閉じてしまうものです。小学生のときに開けていた可能性が、落ちぶれていったことで狭まってしまった序盤のさやかを象徴しているのではないでしょうか。
今作で素晴らしいのが、主人公が慶應大学に合格してこれから新生活を始めるという時点で物語が終わるところ。エピローグ的にその後の大学生活を描いてしまうと、彼女の未来がこの作品によって決定づけられてしまいます。大学合格で物語を終えることで、彼女の将来は開けており、無限の可能性が広がっているという印象を与えます。
一つの家族の再生の物語
この映画が原作と大きく違う点として、登場人物の名前をはじめとした固有名詞のほとんどが変更されています。例えば、さやかの苗字は、実際は「小林」ですが映画版では「工藤」になっています。坪田先生も、下の名前が「信貴」から「義孝」に変わっています。
こういった変更は「実話とは違いますよ」「多かれ少なかれ脚色をしていますよ」という製作陣からのメッセージと捉えられます。つまりフィクションにすることで物語に「家族再生」という寓意を持たせたかったのでしょう。実在の名前をそのまま使って性格を変えると、「事実と違う」と批判されかねないですよね。
父親の徹は、典型的な亭主関白や女性蔑視の思想を持っている男性として描かれています。一人息子である龍太の野球は応援するが、娘たちの活動にはいっさい無関心。「この家族は失敗」やら「口答えする女が大嫌い」やら言いたい放題。正直言ってダメ男の極みにしか見えません。
そんな彼がさやかの努力に気づいて、はじめて応援の言葉を口にする終盤のシーン。受験当日に大雪で交通機関が乱れたため、会場まで娘を送ったあとに交わされます。さやか同様に「今更調子いいこと言ってんじゃねーよ」と思いつつも、垣間見える彼の不器用さに少し共感してしまいました。
対して母親のあかりは、家族から「ああちゃん」と呼ばれており、若干過保護と思えるほど二人の娘を溺愛しています。慶應を目指して塾に通う娘のため、保険を解約し、親戚からお金を借り。夜中に運送会社で働いています。
映画終盤、さやかが家に帰ってきたところから始まる家族崩壊シーンは本作の白眉と言っていいでしょう。今まで感情を押さえつけてきたああちゃんが、気持ちを爆発させるのはまさに圧巻。両親を演じる田中哲司さんと吉田羊さんの演技の迫力が凄い場面です。
さやかの二個下の弟・龍太も、忘れてはいけません。父親が果たせなかった野球のプロ入りの夢を押し付けられていました。高校入学後に実力を痛感してドロップアウト。ヤンキーのパシリになってしまいます。しかしながら彼もまた父親と同じく、姉の努力する姿を見て改心しました。
今作は先述したように、一人の女子高生とその家族に焦点を当てた、非常に小規模な話です。そのため一つの家族が、彼女の努力する姿を見て成長するさまが、丁寧に描かれています。リアリティを持って描かれていることで、普遍的に共感できる物語になっています。
最後に
どん底からの這い上がりストーリーとして、シンプルに面白いこの映画。今まさに何かに挑戦している人、何かを始めようとしている人におススメです!
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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